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一度あることは二度ある。
私はキシキシと揺れる隣のブランコの存在を意識しながら、先人の知恵に思いを馳せた。
深夜二時に昨日と同じように音楽を聴きながらミンティアを溶かしていたら、やっぱり彼は来た。
今日はこちらはブドウ味、あちらはカルピスだ。
彼は私が凄くミンティアが好きな人だとでも思っているのだろう。普通に差し出してきた。
「開花予想は六日後だそうですよ」
「ですねえ」
桜の木を見上げながらぽつぽつと会話をする。
「寒くないですか」
「大丈夫です」
本日のお兄さんのパーカーは白、下は昨日と同じ黒のスキニーだ。キャップと黒マスクもご健在。
「あなた、こんな時間にこんな所にいて、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。うち、放任主義なので」
昨日も似た質問されたな。
彼はこちらをまたキャップの影の中から見ている。
暗がりの中にある目は大きくてやや垂れている。二重もはっきりしてるし、これは多分イケメンの類だろうな。としょうもない想像をした。
「お兄さんは、なんでここに?」
「……ロードワークです」
嘘だ。
間があったし、目が微かに泳いでいる。
「そうですか」
あんまり嘘つくの上手くないのかな、と思いながら私は頷いた。別に追求することじゃない。
「近くに住んでらっしゃるんですか?」
「そうですよ」
「へぇ……」
彼は顎に手を当てている。
「お兄さんはどこら辺に?」
「俺もこの近くですよ」
「へえ」
会話は基本、どちらかが問いかけてどちらかが返し、問うた方が短く反応して終わる。そしてそれを繰り返す。
傍から見たら不思議な人達だろう。私も不思議だ。
というか、お互い若干の人見知りがあるような気もする。
「ちんすこうとか好きですか?」
「へ?ちんすこう?」
「はい」
すげえ唐突に聞いてくるやん。ちんすこうってあれだよね、沖縄のお菓子。
「ええ、好きですよ」
一度クラスの子がお土産でくれたことがあった。
優しい甘さと口の中の水分持ってかれる感じを覚えている。
「わかりました」
お兄さんは沖縄にでも行くのだろうか。
三月のこの時期に沖縄。花粉とかないって聞くし暖かそうだし、快適かもな。
「沖縄行かれるんですか?」
「ええ。仕事で」
「へえ」
仕事で沖縄。お兄さんは社会人なのかあ。
見た目は大学生っぽいけど。
「朝から行くので、俺はこの辺で失礼しますね」
「あ、はい」
「それでは」
……朝って、あと数時間じゃん。
こんなとこ来ないで寝た方が良かったんじゃなかろうか。まあいっか。
私はブランコを数回漕いで、公園を出た。
それから三日間、お兄さんは姿を現さなかった。
沖縄に行ったんだろうな、と私はぼんやりと仮定する。
「縁ー、これ見て」
梓がスマホの画面を私に差し出してきた。
「めちゃくちゃイケメンじゃね?」
「あー……」
画面に映し出されているのは「Crazy:B official」というアカウントの投稿だった。
ラフな服装の男性が二人立って、海をバックに微笑んでいる。
「ねね、縁はどっちが好き?」
「どっちって?」
「私はこはくくんが好きなんだけどさ」
梓は右側のピンク髪の男の子を指した。
「……」
左側の男性を、私はじっと見る。
青い髪、高い身長、長い脚、細身の体、やや垂れた二重のはっきりした目。
似てる。あのお兄さんに。
「……こっちかな……」
「ほお。HiMERUとはいい趣味してますな」
「HiMERU?」
「この人、HiMERUっていうの。ESのアイドルだと芸名で活動してるのこの人くらいだよ。元々ソロでやってて結構有名」
「へえ……」
見れば見るほど、本当によく似ている。
「ね、ESってどこ?」
「ESも寮も、あんたの家のすぐ近くよ。ほんといいとこ住んでんね」
「ボロアパートだけどね」
「関係ないよ。アイドルと遭遇できる確率上がんじゃん」
曰く、私の家のすぐ近くにHiMERUが所属している事務所が入っているビルがあるそうだ。
一応伏せられてはいるけど、ファンの間で場所が割れている寮も。
「クレビ沖縄で撮影だったんだって。いいよねー私も海行きたい」
「沖縄……」
お兄さん顔が重なる。
「んー……そゆことか」
「なにが?」
「いや、なんでも」
確実に、言わない方がいいことだろう。この子達にも、本人にも。
「絵里ー縁がHiMERUに興味示した」
「は?!待ってうちのもりちあも布教するから」
ドタドタと走ってきてスマホ片手に語り出す絵里をぼけっと見ながら、私は思考を巡らせた。
「咲きましたね。桜」
「そうですね」
お兄さんが沖縄から帰ってきた。
今日はどうやらプチ花見をするつもりらしく、片手にコンビニ袋を提げて現れた。まず私の手に「お土産です」とちんすこうを一袋置き、それからこちらにコーラとさくら味のミンティアを渡す。
「え、すみません、お金……」
「いいですよ。奢ります」
「ええ……」
「ここで話してくれるお礼だと思ってください」
「はあ……」
本当に不思議な御仁だ。
「開花予想より早かったですね」
「ですねえ」
夜に、薄い色の花弁がぼんやりと浮かぶ。
コーラを一口飲んだ。うめぇ。
「お兄さん、コーラ好きなんですか」
「ええ」
なんだか意外だ。コーヒーとか好きそうな見た目してるけど。
「甘いものは好きです」
「そうなんですね」
「そちらは?」
「私も好きですよ」
甘いものは美味しい。人間の本能だ。
「和菓子と洋菓子だったら?」
「和菓子ですね」
「俺の友人にも、和菓子好きがいますよ」
「へえ」
和菓子は手っ取り早く糖分摂取できて最高だと思う。見た目も可愛いし。
「今度は和菓子も買ってきましょうか」
「いいですよそんな……お兄さんにばっかお金使わせるのはアレですし」
「これでも稼いでるので、そのくらいは大丈夫ですよ」
「私の心の問題です」
「おや」
見た目はシャキッとしたイケメンだけど、この人はたまに抜けてるところがあるらしい。
なんというか、よく出来てんな、と思う。
そういう人間的な抜けが人を魅力的に見せることを、きっと彼は熟知しているのだろう。
それから私達はいつになく長く話した。
お互いの素性すら知らない仲だとは思えないほど長く、まるで友達のように。
別れた後、白む空を背に歩く私の足取りは軽かった。
楽しかったと、久しぶりに思えたからだ。
私はキシキシと揺れる隣のブランコの存在を意識しながら、先人の知恵に思いを馳せた。
深夜二時に昨日と同じように音楽を聴きながらミンティアを溶かしていたら、やっぱり彼は来た。
今日はこちらはブドウ味、あちらはカルピスだ。
彼は私が凄くミンティアが好きな人だとでも思っているのだろう。普通に差し出してきた。
「開花予想は六日後だそうですよ」
「ですねえ」
桜の木を見上げながらぽつぽつと会話をする。
「寒くないですか」
「大丈夫です」
本日のお兄さんのパーカーは白、下は昨日と同じ黒のスキニーだ。キャップと黒マスクもご健在。
「あなた、こんな時間にこんな所にいて、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。うち、放任主義なので」
昨日も似た質問されたな。
彼はこちらをまたキャップの影の中から見ている。
暗がりの中にある目は大きくてやや垂れている。二重もはっきりしてるし、これは多分イケメンの類だろうな。としょうもない想像をした。
「お兄さんは、なんでここに?」
「……ロードワークです」
嘘だ。
間があったし、目が微かに泳いでいる。
「そうですか」
あんまり嘘つくの上手くないのかな、と思いながら私は頷いた。別に追求することじゃない。
「近くに住んでらっしゃるんですか?」
「そうですよ」
「へぇ……」
彼は顎に手を当てている。
「お兄さんはどこら辺に?」
「俺もこの近くですよ」
「へえ」
会話は基本、どちらかが問いかけてどちらかが返し、問うた方が短く反応して終わる。そしてそれを繰り返す。
傍から見たら不思議な人達だろう。私も不思議だ。
というか、お互い若干の人見知りがあるような気もする。
「ちんすこうとか好きですか?」
「へ?ちんすこう?」
「はい」
すげえ唐突に聞いてくるやん。ちんすこうってあれだよね、沖縄のお菓子。
「ええ、好きですよ」
一度クラスの子がお土産でくれたことがあった。
優しい甘さと口の中の水分持ってかれる感じを覚えている。
「わかりました」
お兄さんは沖縄にでも行くのだろうか。
三月のこの時期に沖縄。花粉とかないって聞くし暖かそうだし、快適かもな。
「沖縄行かれるんですか?」
「ええ。仕事で」
「へえ」
仕事で沖縄。お兄さんは社会人なのかあ。
見た目は大学生っぽいけど。
「朝から行くので、俺はこの辺で失礼しますね」
「あ、はい」
「それでは」
……朝って、あと数時間じゃん。
こんなとこ来ないで寝た方が良かったんじゃなかろうか。まあいっか。
私はブランコを数回漕いで、公園を出た。
それから三日間、お兄さんは姿を現さなかった。
沖縄に行ったんだろうな、と私はぼんやりと仮定する。
「縁ー、これ見て」
梓がスマホの画面を私に差し出してきた。
「めちゃくちゃイケメンじゃね?」
「あー……」
画面に映し出されているのは「Crazy:B official」というアカウントの投稿だった。
ラフな服装の男性が二人立って、海をバックに微笑んでいる。
「ねね、縁はどっちが好き?」
「どっちって?」
「私はこはくくんが好きなんだけどさ」
梓は右側のピンク髪の男の子を指した。
「……」
左側の男性を、私はじっと見る。
青い髪、高い身長、長い脚、細身の体、やや垂れた二重のはっきりした目。
似てる。あのお兄さんに。
「……こっちかな……」
「ほお。HiMERUとはいい趣味してますな」
「HiMERU?」
「この人、HiMERUっていうの。ESのアイドルだと芸名で活動してるのこの人くらいだよ。元々ソロでやってて結構有名」
「へえ……」
見れば見るほど、本当によく似ている。
「ね、ESってどこ?」
「ESも寮も、あんたの家のすぐ近くよ。ほんといいとこ住んでんね」
「ボロアパートだけどね」
「関係ないよ。アイドルと遭遇できる確率上がんじゃん」
曰く、私の家のすぐ近くにHiMERUが所属している事務所が入っているビルがあるそうだ。
一応伏せられてはいるけど、ファンの間で場所が割れている寮も。
「クレビ沖縄で撮影だったんだって。いいよねー私も海行きたい」
「沖縄……」
お兄さん顔が重なる。
「んー……そゆことか」
「なにが?」
「いや、なんでも」
確実に、言わない方がいいことだろう。この子達にも、本人にも。
「絵里ー縁がHiMERUに興味示した」
「は?!待ってうちのもりちあも布教するから」
ドタドタと走ってきてスマホ片手に語り出す絵里をぼけっと見ながら、私は思考を巡らせた。
「咲きましたね。桜」
「そうですね」
お兄さんが沖縄から帰ってきた。
今日はどうやらプチ花見をするつもりらしく、片手にコンビニ袋を提げて現れた。まず私の手に「お土産です」とちんすこうを一袋置き、それからこちらにコーラとさくら味のミンティアを渡す。
「え、すみません、お金……」
「いいですよ。奢ります」
「ええ……」
「ここで話してくれるお礼だと思ってください」
「はあ……」
本当に不思議な御仁だ。
「開花予想より早かったですね」
「ですねえ」
夜に、薄い色の花弁がぼんやりと浮かぶ。
コーラを一口飲んだ。うめぇ。
「お兄さん、コーラ好きなんですか」
「ええ」
なんだか意外だ。コーヒーとか好きそうな見た目してるけど。
「甘いものは好きです」
「そうなんですね」
「そちらは?」
「私も好きですよ」
甘いものは美味しい。人間の本能だ。
「和菓子と洋菓子だったら?」
「和菓子ですね」
「俺の友人にも、和菓子好きがいますよ」
「へえ」
和菓子は手っ取り早く糖分摂取できて最高だと思う。見た目も可愛いし。
「今度は和菓子も買ってきましょうか」
「いいですよそんな……お兄さんにばっかお金使わせるのはアレですし」
「これでも稼いでるので、そのくらいは大丈夫ですよ」
「私の心の問題です」
「おや」
見た目はシャキッとしたイケメンだけど、この人はたまに抜けてるところがあるらしい。
なんというか、よく出来てんな、と思う。
そういう人間的な抜けが人を魅力的に見せることを、きっと彼は熟知しているのだろう。
それから私達はいつになく長く話した。
お互いの素性すら知らない仲だとは思えないほど長く、まるで友達のように。
別れた後、白む空を背に歩く私の足取りは軽かった。
楽しかったと、久しぶりに思えたからだ。