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この世は全てが生まれた瞬間に決まる。
美しい人は美しく、愚かな人は愚かに、無個性な人は無個性に。
産み落とされた瞬間に全部が設定されて、そして死ぬまでそこから動けない。
だから、私はもう無理だ。
親が放任主義っていいよな、と私は公園のブランコに揺られながら思った。
時刻は深夜二時。良い子はおねんね、そうでない子はお家でネットに溺れる夜の真ん中。
少なくとも、十七歳の女子高生が外に出ていていい時間ではないのは確かだ。
それでも私はここにいる。桜の開花予定日まであと七日の、ぬるい三月の暗闇に。
1時間前に家を出る時、親は何も言わなかった。
散らばった空き缶の中で、ぼんやりと下世話な内容のテレビを見ていたからだ。
よく飽きもせずにあんなの見てられるなと思う。新人の地下アイドルの不協和音なんて見てらんないのに。
ワイヤレスイヤホンから流れるのは、今流行りのポップスだ。流行りの丸サ進行に、メロウな雰囲気のキーボード。この生ぬるさにはちょうどいい。
ポケットからミンティアのアクアスパークを取り出して、一粒口に放り込んだ。爽やかな酸味と香りが広がる。
カチリと蓋を閉めた時、キシ、と隣の空いてるはずのブランコが軋む音がした。
人が座っている。
私と似たような黒のオーバーサイズのパーカーに、黒いスキニーとスニーカー。脚がめちゃくちゃ長い。
黒のキャップからはみ出た髪は多分青色で、顔には黒いマスクをつけている。
かなり細身ではあるけど、確実に男性だ。
現在の時刻を鑑みると、これはあまりよろしくないことだろう。家に帰った方がいいかもしれない。
「……大丈夫ですよ。危害を加えたりはしませんから」
「あ、はい」
私からの「やべぇ」というオーラを感じ取ったのか、彼はそう言った。低く響く、色気のあるいい声をしている。
腰を浮かしかけたけど元に戻し、私はもう一粒ミンティアを食べた。さっきほど酸味は感じない。
隣のお兄さんもどうやら持っているらしく、シャカシャカと手に出している。あれは多分期間限定のさくら味か。
「食べますか」
「へっ」
気さくなタイプのお兄さんかな?
彼は深く被ったキャップの影からこちらを見ている。淡い色の目だ。
「え、じゃあ頂きます……」
「どうぞ」
私もまた彼の手にころりと一つ白いタブレットを出した。そしてこちらにも、似たような色が転がり出る。
そしてほぼ同じタイミングで口に放り込んだ。
私は掌を口に当てて、彼は摘んで。
午前二時十五分のミンティア交換会だ。なんじゃそれ。
「桜ですか」
彼はまた口を開いた。
「え?」
「桜を見ていたのかと思いました」
「ああ……」
確かに、このブランコの目の前には桜の木がある。
蕾はどんどん綻んできていて、きっとそろそろ咲くだろう。
「まあ、そんなもんです」
「そうですか」
お兄さんはぼんやりと、どこか遠くを見ているらしかった。
「こんな時間にこんな所にいて、大丈夫なんですか?」
「多分」
質問が多いお兄さんだ。話し相手でもほしいのかな。
「俺はもう失礼します。気をつけて帰ってくださいね」
「あ、はい、どうも……」
お兄さんはスタスタと去っていった。いやマジで脚長いな。
学校はうるさい。
これだけはと親が決めたこの女子校は、男の目がない分下ネタとナプキンが飛び交う回数が多かった。
「縁ー、ライブ応募するから名義貸して」
昼休み。
隣の席の梓がこちらに手を合わせた。
「やだよ」
「そう言わずにさあ」
「どこのライブ?」
「クレビ」
「は?ふざけんなよお前」
絵里がパンを千切ながら梓を睨みつける。
「あいつらが流星隊に何したかわかってんの?」
「出たよ過激派」
「は?過激派じゃないし」
絵里は前々から流星隊のファンを公言している。
なんかそのクレビとやらがこの前そのユニットに酷いことをしたらしい。
だから彼女は「クレビ」とかそのリーダーの「天城燐音」というワードを聞くとキレるのだ。
「ねー縁、お願いだから」
「やだってば」
「無理強いすんなよハチ」
「黙れニチアサ」
ギャーギャーと言い争う二人を横目に、私は弁当を完食した。
「縁はほんと少食だねー」
「食べるのあんま好きじゃないから」
ポケットからミンティアを出した。変わらずアクアスパーク。
「そればっか食べてると体壊すよ」
「いいよ別に」
「いや良くはないでしょ」
絵里が心配そうに「食べる?」とパンを差し出してくる。
「いいよ、自分で食べな」
「縁、私のキッシュ食べる?」
「いいってば」
私は席を立った。
「どこ行くの?」
「中庭」
二人にはああ言ったけど、私が実際に来たのは屋上へ続く階段だった。
ドアのそばの小さなスペースに座り込み、頭を抱える。
……少し、ぼんやりしているようだ。
桜味のミンティアがまだ香っている気がしてしまう。ソーダ味でそれなりに打ち消す努力はしているのに。
不思議なお兄さんだった。会ったことはないのにどこかで見たことがあるような、ないような。
丁寧な人だったのに、纏う雰囲気はどこか寂しげで、酷く暗い。
なんで話しかけてきたんだろう。私が警戒して、通報されたらまずいと思ったから?若い女で無害そうだったから?それとも別の何か?
「うあー……」
何となく声を出して、頭をガシガシと掻く。
てかなんで私は知らない人からミンティア貰ってんだよ。そしてあげてんだよ。
いい人というか無害な人だから良かったものの、危ない奴だったらどうすんのさ。
キーンコーンカーンコーン……
「やっべ」
予鈴だ。授業五分前。
私は慌てて立ち上がり、階段を駆け下りた。
美しい人は美しく、愚かな人は愚かに、無個性な人は無個性に。
産み落とされた瞬間に全部が設定されて、そして死ぬまでそこから動けない。
だから、私はもう無理だ。
親が放任主義っていいよな、と私は公園のブランコに揺られながら思った。
時刻は深夜二時。良い子はおねんね、そうでない子はお家でネットに溺れる夜の真ん中。
少なくとも、十七歳の女子高生が外に出ていていい時間ではないのは確かだ。
それでも私はここにいる。桜の開花予定日まであと七日の、ぬるい三月の暗闇に。
1時間前に家を出る時、親は何も言わなかった。
散らばった空き缶の中で、ぼんやりと下世話な内容のテレビを見ていたからだ。
よく飽きもせずにあんなの見てられるなと思う。新人の地下アイドルの不協和音なんて見てらんないのに。
ワイヤレスイヤホンから流れるのは、今流行りのポップスだ。流行りの丸サ進行に、メロウな雰囲気のキーボード。この生ぬるさにはちょうどいい。
ポケットからミンティアのアクアスパークを取り出して、一粒口に放り込んだ。爽やかな酸味と香りが広がる。
カチリと蓋を閉めた時、キシ、と隣の空いてるはずのブランコが軋む音がした。
人が座っている。
私と似たような黒のオーバーサイズのパーカーに、黒いスキニーとスニーカー。脚がめちゃくちゃ長い。
黒のキャップからはみ出た髪は多分青色で、顔には黒いマスクをつけている。
かなり細身ではあるけど、確実に男性だ。
現在の時刻を鑑みると、これはあまりよろしくないことだろう。家に帰った方がいいかもしれない。
「……大丈夫ですよ。危害を加えたりはしませんから」
「あ、はい」
私からの「やべぇ」というオーラを感じ取ったのか、彼はそう言った。低く響く、色気のあるいい声をしている。
腰を浮かしかけたけど元に戻し、私はもう一粒ミンティアを食べた。さっきほど酸味は感じない。
隣のお兄さんもどうやら持っているらしく、シャカシャカと手に出している。あれは多分期間限定のさくら味か。
「食べますか」
「へっ」
気さくなタイプのお兄さんかな?
彼は深く被ったキャップの影からこちらを見ている。淡い色の目だ。
「え、じゃあ頂きます……」
「どうぞ」
私もまた彼の手にころりと一つ白いタブレットを出した。そしてこちらにも、似たような色が転がり出る。
そしてほぼ同じタイミングで口に放り込んだ。
私は掌を口に当てて、彼は摘んで。
午前二時十五分のミンティア交換会だ。なんじゃそれ。
「桜ですか」
彼はまた口を開いた。
「え?」
「桜を見ていたのかと思いました」
「ああ……」
確かに、このブランコの目の前には桜の木がある。
蕾はどんどん綻んできていて、きっとそろそろ咲くだろう。
「まあ、そんなもんです」
「そうですか」
お兄さんはぼんやりと、どこか遠くを見ているらしかった。
「こんな時間にこんな所にいて、大丈夫なんですか?」
「多分」
質問が多いお兄さんだ。話し相手でもほしいのかな。
「俺はもう失礼します。気をつけて帰ってくださいね」
「あ、はい、どうも……」
お兄さんはスタスタと去っていった。いやマジで脚長いな。
学校はうるさい。
これだけはと親が決めたこの女子校は、男の目がない分下ネタとナプキンが飛び交う回数が多かった。
「縁ー、ライブ応募するから名義貸して」
昼休み。
隣の席の梓がこちらに手を合わせた。
「やだよ」
「そう言わずにさあ」
「どこのライブ?」
「クレビ」
「は?ふざけんなよお前」
絵里がパンを千切ながら梓を睨みつける。
「あいつらが流星隊に何したかわかってんの?」
「出たよ過激派」
「は?過激派じゃないし」
絵里は前々から流星隊のファンを公言している。
なんかそのクレビとやらがこの前そのユニットに酷いことをしたらしい。
だから彼女は「クレビ」とかそのリーダーの「天城燐音」というワードを聞くとキレるのだ。
「ねー縁、お願いだから」
「やだってば」
「無理強いすんなよハチ」
「黙れニチアサ」
ギャーギャーと言い争う二人を横目に、私は弁当を完食した。
「縁はほんと少食だねー」
「食べるのあんま好きじゃないから」
ポケットからミンティアを出した。変わらずアクアスパーク。
「そればっか食べてると体壊すよ」
「いいよ別に」
「いや良くはないでしょ」
絵里が心配そうに「食べる?」とパンを差し出してくる。
「いいよ、自分で食べな」
「縁、私のキッシュ食べる?」
「いいってば」
私は席を立った。
「どこ行くの?」
「中庭」
二人にはああ言ったけど、私が実際に来たのは屋上へ続く階段だった。
ドアのそばの小さなスペースに座り込み、頭を抱える。
……少し、ぼんやりしているようだ。
桜味のミンティアがまだ香っている気がしてしまう。ソーダ味でそれなりに打ち消す努力はしているのに。
不思議なお兄さんだった。会ったことはないのにどこかで見たことがあるような、ないような。
丁寧な人だったのに、纏う雰囲気はどこか寂しげで、酷く暗い。
なんで話しかけてきたんだろう。私が警戒して、通報されたらまずいと思ったから?若い女で無害そうだったから?それとも別の何か?
「うあー……」
何となく声を出して、頭をガシガシと掻く。
てかなんで私は知らない人からミンティア貰ってんだよ。そしてあげてんだよ。
いい人というか無害な人だから良かったものの、危ない奴だったらどうすんのさ。
キーンコーンカーンコーン……
「やっべ」
予鈴だ。授業五分前。
私は慌てて立ち上がり、階段を駆け下りた。
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