Flavor of Life
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そして遂に開幕した水泳の授業で、B組一同はいきなり密かに興奮することになった。
「本当だ……!」
「バッキバキのキレッキレじゃん」
「え、高校生だよな?同い年だよな?」
「あれが成績学年一位ですってよ奥さん」
「天は彼に二物どころか三物は与えましたわね奥さん」
「あの体にあの頭にあの顔は贅沢すぎですわね奥さん」
アルハイゼンくんは、ムキムキだった。
もう本当に凄い。坂田さんが言っていた通り、上半身の仕上がりが半端じゃない。
私はプールサイドから向こう岸を歩くアルハイゼンくんを眺めていた。残念なことに、私はこの初回授業と月のものが被ってしまって見学だ。隣には同じ事情の坂田さんがいる。
「あれは拝むべきね」
「美しくなれますように……」とアルハイゼンくんに向かって手を合わせる彼女は相変わらず面白い。彼は美の神か何かだろうか。まあそう言われても納得できる程度には綺麗な人ではあるけども。
「早瀬、坂田、体調は大丈夫か?腹が痛くなったらいつでも言ってくれ」
「大丈夫です」
「大丈夫です先生。今日もお美しいですね」
「はは、ありがとう」
さらりと鍾離先生が笑って去っていく。ほわ……かっこよ……。
彼は今日、「授業も入っていないし暇だから」という理由で補助に入っているらしい。そんなのが通用するのは学内広しと言えども鍾離先生だけなのだけど、もうあんなにかっこいいなら私としてはなんでもいい。風にさらりとお香のような香りを乗せてくるところがもう別格だ。
「ねえ坂田さん、今年もしかして筋肉的な豊作?」
「ええ、そうね……」
坂田さんはいきなりの先生の供給にキャパがオーバーしてしまっているようだ。「生まれてきてよかった……」という呟きが聞こえる。
「アルハイゼンさんが少し遠いのが惜しいけど、それでも素晴らしく眼福であることに間違いないわ」
「そうだね……」
キャッキャと蛍ちゃんと綾華ちゃんが手を振ってくれている。それに応えると、彼女たちは楽しそうに笑ってくるりと前を向いた。
太陽が降り注ぐ中、ホイッスルの音が鳴り響く。
私と坂田さんはペンを手に取り、バインダーに挟んだ見学レポートに書き込む準備をした。
「暑い……」
「大丈夫?水分はあるかしら?」
「まだあるよ……」
今日の最高気温は三十五度を超える。三、四限のこの時間は太陽が南中するし、陽射しの強さは過酷を極めることになる。つまりは鬼のように暑いのだ。ここからまだ気温は更に上がると思うと嫌になる。
そんな中、私は持ってきた水分が尽きかけて困っていた。いやあるにはあるんだけど、あと数口で無くなる分量。プールの近くには自販機があるしお財布も持ってきているけど、先生は全員指導に当たっていて声をかけにくい。鍾離先生は何故そんなに平泳ぎに詳しいのだろうか。
「私の飲みかけで良ければ……」
「いやいいよ、坂田さんのそれ特製ドリンクでしょ。飲んだら悪いし、少ししたら先生に許可取って買いに行くから」
まだ尽きてはいない。私の水筒はまだやれる。
私はす、と煌めく水面に目を向ける。あー飛び込みたい。血を垂れ流す我が身が憎い。制服暑い。特に背中が。
ジリジリと我慢大会をしていると、隣の坂田さんが「キャッ」と可愛らしい声をあげて私を揺さぶった。
「早瀬さん、早瀬さん」
「なあに?って、あ」
目の前に、よく見知った姿が立っている。キャップを外してタオルを持ったアルハイゼンくんだ。近くで見ると大胸筋の迫力が凄い。腕が太い。水も滴るいい男を体現しておられる。
夏と青春とイケメンの爽やかさを詰め込んだその姿に、私も思わず手を合わせそうになった。ダメだ、暑さで頭がやられてる。
「はい、これ」
彼はこちらにペットボトルを差し出した。糖分と塩分が効率よく摂取できるスポーツドリンクだ。確かすぐそばの自販機で百二十円。学校の自販機はなんで安めなんだろう。
「えっ、」
「君は先程から水筒に口をつけていなかっただろう。そのままでは熱中症になるぞ」
「えっ、あ、うん。ありがとう」
「この日差しに帽子も被っていないのだからリスクは跳ね上がる。気を抜くな」
「はい……」
ド正論だ。わざわざ飲み物を買ってきてくれるなんて優しいな。
私はペットボトルを受け取って座ったまま頭を下げた。あとでお金はきっちり返そう。
アルハイゼンくんが去ったあと、坂田さんが私の腕をつついた。
「ねえ、あなたと彼は付き合っている訳では無いのよね?」
「うん。連絡先すら交換してないよ」
「はぁっ……」
坂田さんは手で口を覆った。そのオーバーな仕草からは、女の子特有の恋バナへの感動が見て取れる。
「一番楽しい時期の入口ってわけね……」
「え?」
彼女は「よく考えてみて」と人差し指を立てた。
「まず、彼は比較的遠くにいるわ」
「そうだね。男子は向こう岸だし、アルハイゼンくんは他クラスだからほぼ対角線上にいるね」
「プールの長さと幅から計算して、彼は基本的に私たちから二十八メートルは離れたところにいることになる。そして、彼が今日こちら側をスタートにして二十五メートルを泳いだ本数は一本よ」
「うん」
「つまり、今日彼にはあなたを見る時間なんてそんなになかったはずなのよ」
「あっ……」
坂田さんが言いたいことが漸くわかった。彼女は、わりと遠いところにいて私を見る余裕なんてないはずのアルハイゼンくんが「先程から水筒に口をつけていなかった」と発言したことについて引っかかっているのだ。
「普通はわざわざ見ないはずの行動をよく観察していて、しかもわざわざ飲み物を買って渡すという行動をするってことに何か意味があるってこと?」
「そうよ。「水筒に口をつける」なんて行為、この時期には当たり前にすることで普通は記憶になんて残らない。ただ委員会が同じなだけの、他クラスの女子の動きなんて意識してなかったら覚えてるわけないわ」
「うーん……」
「そこで「つまりもう水筒の中身がない」という結論を出して、わざわざ自販機まで行って飲み物を買って、それをあなたに渡した。行動に移すということは自信があるということよ。彼は、あなたをすごくよく見ていた」
坂田さんの語りが上手いせいか暑いせいか、だんだんそれらしく思えてくる。だって、実際に私の手の中にあるのはアルハイゼンくんが買ってきてくれたものなのだ。
「これはどう足掻いても恋ね」
「そうなのかなあ……」
こい【恋】コヒ
①一緒に生活できない人や亡くなった人に強くひかれて、切なく思うこと。また、そのこころ。特に、男女間の思慕の情。恋慕。恋愛。
私は広辞苑の項目を思い浮かべた。坂田さんが言いたいのは確実に「男女間の思慕の情」「恋慕」「恋愛」だろう。まあつまり、「そばにいられず、慕わしくて切ない」ということで合っているはずだ。
「ないんじゃないかな……」
「どうして?」
「あのアルハイゼンくんだよ?噂は大袈裟すぎるけど、凄く頭が良くて穏やかで冷静なのは事実」
「ええ」
「あの人は多分、恋愛なんかしないんだと思う」
私は自分の水筒の中の最後の水を飲み干した。
「本当だ……!」
「バッキバキのキレッキレじゃん」
「え、高校生だよな?同い年だよな?」
「あれが成績学年一位ですってよ奥さん」
「天は彼に二物どころか三物は与えましたわね奥さん」
「あの体にあの頭にあの顔は贅沢すぎですわね奥さん」
アルハイゼンくんは、ムキムキだった。
もう本当に凄い。坂田さんが言っていた通り、上半身の仕上がりが半端じゃない。
私はプールサイドから向こう岸を歩くアルハイゼンくんを眺めていた。残念なことに、私はこの初回授業と月のものが被ってしまって見学だ。隣には同じ事情の坂田さんがいる。
「あれは拝むべきね」
「美しくなれますように……」とアルハイゼンくんに向かって手を合わせる彼女は相変わらず面白い。彼は美の神か何かだろうか。まあそう言われても納得できる程度には綺麗な人ではあるけども。
「早瀬、坂田、体調は大丈夫か?腹が痛くなったらいつでも言ってくれ」
「大丈夫です」
「大丈夫です先生。今日もお美しいですね」
「はは、ありがとう」
さらりと鍾離先生が笑って去っていく。ほわ……かっこよ……。
彼は今日、「授業も入っていないし暇だから」という理由で補助に入っているらしい。そんなのが通用するのは学内広しと言えども鍾離先生だけなのだけど、もうあんなにかっこいいなら私としてはなんでもいい。風にさらりとお香のような香りを乗せてくるところがもう別格だ。
「ねえ坂田さん、今年もしかして筋肉的な豊作?」
「ええ、そうね……」
坂田さんはいきなりの先生の供給にキャパがオーバーしてしまっているようだ。「生まれてきてよかった……」という呟きが聞こえる。
「アルハイゼンさんが少し遠いのが惜しいけど、それでも素晴らしく眼福であることに間違いないわ」
「そうだね……」
キャッキャと蛍ちゃんと綾華ちゃんが手を振ってくれている。それに応えると、彼女たちは楽しそうに笑ってくるりと前を向いた。
太陽が降り注ぐ中、ホイッスルの音が鳴り響く。
私と坂田さんはペンを手に取り、バインダーに挟んだ見学レポートに書き込む準備をした。
「暑い……」
「大丈夫?水分はあるかしら?」
「まだあるよ……」
今日の最高気温は三十五度を超える。三、四限のこの時間は太陽が南中するし、陽射しの強さは過酷を極めることになる。つまりは鬼のように暑いのだ。ここからまだ気温は更に上がると思うと嫌になる。
そんな中、私は持ってきた水分が尽きかけて困っていた。いやあるにはあるんだけど、あと数口で無くなる分量。プールの近くには自販機があるしお財布も持ってきているけど、先生は全員指導に当たっていて声をかけにくい。鍾離先生は何故そんなに平泳ぎに詳しいのだろうか。
「私の飲みかけで良ければ……」
「いやいいよ、坂田さんのそれ特製ドリンクでしょ。飲んだら悪いし、少ししたら先生に許可取って買いに行くから」
まだ尽きてはいない。私の水筒はまだやれる。
私はす、と煌めく水面に目を向ける。あー飛び込みたい。血を垂れ流す我が身が憎い。制服暑い。特に背中が。
ジリジリと我慢大会をしていると、隣の坂田さんが「キャッ」と可愛らしい声をあげて私を揺さぶった。
「早瀬さん、早瀬さん」
「なあに?って、あ」
目の前に、よく見知った姿が立っている。キャップを外してタオルを持ったアルハイゼンくんだ。近くで見ると大胸筋の迫力が凄い。腕が太い。水も滴るいい男を体現しておられる。
夏と青春とイケメンの爽やかさを詰め込んだその姿に、私も思わず手を合わせそうになった。ダメだ、暑さで頭がやられてる。
「はい、これ」
彼はこちらにペットボトルを差し出した。糖分と塩分が効率よく摂取できるスポーツドリンクだ。確かすぐそばの自販機で百二十円。学校の自販機はなんで安めなんだろう。
「えっ、」
「君は先程から水筒に口をつけていなかっただろう。そのままでは熱中症になるぞ」
「えっ、あ、うん。ありがとう」
「この日差しに帽子も被っていないのだからリスクは跳ね上がる。気を抜くな」
「はい……」
ド正論だ。わざわざ飲み物を買ってきてくれるなんて優しいな。
私はペットボトルを受け取って座ったまま頭を下げた。あとでお金はきっちり返そう。
アルハイゼンくんが去ったあと、坂田さんが私の腕をつついた。
「ねえ、あなたと彼は付き合っている訳では無いのよね?」
「うん。連絡先すら交換してないよ」
「はぁっ……」
坂田さんは手で口を覆った。そのオーバーな仕草からは、女の子特有の恋バナへの感動が見て取れる。
「一番楽しい時期の入口ってわけね……」
「え?」
彼女は「よく考えてみて」と人差し指を立てた。
「まず、彼は比較的遠くにいるわ」
「そうだね。男子は向こう岸だし、アルハイゼンくんは他クラスだからほぼ対角線上にいるね」
「プールの長さと幅から計算して、彼は基本的に私たちから二十八メートルは離れたところにいることになる。そして、彼が今日こちら側をスタートにして二十五メートルを泳いだ本数は一本よ」
「うん」
「つまり、今日彼にはあなたを見る時間なんてそんなになかったはずなのよ」
「あっ……」
坂田さんが言いたいことが漸くわかった。彼女は、わりと遠いところにいて私を見る余裕なんてないはずのアルハイゼンくんが「先程から水筒に口をつけていなかった」と発言したことについて引っかかっているのだ。
「普通はわざわざ見ないはずの行動をよく観察していて、しかもわざわざ飲み物を買って渡すという行動をするってことに何か意味があるってこと?」
「そうよ。「水筒に口をつける」なんて行為、この時期には当たり前にすることで普通は記憶になんて残らない。ただ委員会が同じなだけの、他クラスの女子の動きなんて意識してなかったら覚えてるわけないわ」
「うーん……」
「そこで「つまりもう水筒の中身がない」という結論を出して、わざわざ自販機まで行って飲み物を買って、それをあなたに渡した。行動に移すということは自信があるということよ。彼は、あなたをすごくよく見ていた」
坂田さんの語りが上手いせいか暑いせいか、だんだんそれらしく思えてくる。だって、実際に私の手の中にあるのはアルハイゼンくんが買ってきてくれたものなのだ。
「これはどう足掻いても恋ね」
「そうなのかなあ……」
こい【恋】コヒ
①一緒に生活できない人や亡くなった人に強くひかれて、切なく思うこと。また、そのこころ。特に、男女間の思慕の情。恋慕。恋愛。
私は広辞苑の項目を思い浮かべた。坂田さんが言いたいのは確実に「男女間の思慕の情」「恋慕」「恋愛」だろう。まあつまり、「そばにいられず、慕わしくて切ない」ということで合っているはずだ。
「ないんじゃないかな……」
「どうして?」
「あのアルハイゼンくんだよ?噂は大袈裟すぎるけど、凄く頭が良くて穏やかで冷静なのは事実」
「ええ」
「あの人は多分、恋愛なんかしないんだと思う」
私は自分の水筒の中の最後の水を飲み干した。