Flavor of Life
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七月も近くなってくると、ほぼ全ての女子が嫌うあの授業が開始される。
「プール、本当に嫌……」
蛍ちゃんが机にへたり込む。
「このご時世に男女一緒、しかも二クラス合同ってどうなの?あーヤダ……」
「俺だって嫌だよ。着替えだって男子はプールサイドのテントだしさあ」
その蛍ちゃんの机に座るようにして話しているのは、クラス一のイケメンと名高いタルタリヤ。本名はアヤックスなのに何故一文字も掠らないそのあだ名なのか、そしてさらに「公子」という二つ名まであるのかは誰も知らない。一応彼も私と蛍ちゃん、そして空くんとは中学からの仲だ。
彼はずっと成績は赤点スレスレなのに受験の時だけ一念発起し、見事この高校への合格を決めた「やればできる子」の見本みたいな人。明るく面倒見の良い性格をしているから、基本的には人気者だ。女子にはいじられる傾向があるけど。
そして何故か蛍ちゃんを「相棒」と呼んでいる。私と綾華ちゃん、そしてその他のクラスの女子達は、確実にタルタリヤは 蛍ちゃんのことが好きなのだろうと踏んでいる。二人とも鈍感だから気づかないだけだ。
「タルタリヤはいいじゃん……」
「よくないよ!泳ぐのは好きだけど、デカい図体の男がギチギチになってテントで着替えるのは本当にキツいんだからね」
ぷん!と幼い顔いっぱいに嫌そうな顔をするタルタリヤは私から見ても可愛い。これだから影で「ショタリヤ」「かわタリヤ」などと呼ばれるのだ。ちなみに彼は常に着崩したシャツの隙間からバキバキに割れた腹筋をチラ見せさせている。
「確かに、この歳になると殿方に水着姿を見せるのは気恥ずかしいですよね」
「うんうん、わかる」
「毛の処理とか大変だしね」
「あー毛ね……あ、そうだ。俺の妹がカミソリ負けして肌荒れしちゃったって相談してきてね。みんな何かいいケアとか知らない?」
気さくなタルタリヤが別の女子達に話しかけたタイミングで、す、と音もなく私の隣に立つ人があった。
「遂に来たわね……この時期が」
「あ、坂田さん」
「坂田さん」
「坂田さん、今年の筋肉期待株はどんな感じ?」
黒髪ストレートのロングに細身の眼鏡を掛けた彼女は、坂田美穂さんという。黙っていればとても落ち着いたお嬢さんなんだけど、実は爆発的な個性を抱えている。
「今年もやっぱりタルタリヤは希望の星よ。彼の腹直筋と外腹斜筋は常に裏切らないわ」
彼女は、大の筋肉オタクなのだ。
一に筋肉二に筋肉、三四飛んで五に筋肉。もうとにかく筋肉が好きで好きで、将来はスポーツカメラマンを目指しているという。筋肉が最も輝く瞬間を撮り収めることが夢なのだそうだ。
そんな彼女にとっては水泳の授業は合法で筋肉を眺められる至福のご褒美時間。私たちはこの時期になるとダイエットのために彼女を頼り、効果的な筋トレ方法を教わっている。
「今年の水泳のクラス分けはABが合同だったわね。ああ、鍾離先生の水着姿が見られればよかったのに。彼の見事な腹直筋と外腹斜筋、そして引き締まった臀筋群とハムストリングスは服の上からでも隠しきれていないわ」
「わかる……すごくわかる……」
「理津、ナチュラルに筋肉ある人好きだよね」
「好き……」
去年の春の遠足のバスで酔い、介抱してもらった時に少し触れた腕を思い出す。布越しにもしっかりと躍動し、私の背を支えてくれていたあの腕。「大丈夫か?」と音量を下げた美声が耳を貫いた瞬間に、私はもう元には戻れないことを悟ったのだ。もう筋肉のある低音美声の男性しか好きになれる自信が無い。そんな男は滅多にいないというのに。
でも男子の中にも「鍾離先生が男なら俺はゲイでいい」という考えをしている人がいるらしいので、多分私は何も間違っていないと思っている。全てはあの担任のせいだ。
「A組生徒部門は蛍さんのお兄さんの空さんも出てくると思うわ。彼はまだ成長期だけど、トータルがしっかりと締まっているのが制服の上からでもわかる。蛍さんも腹筋は割れているし」
「えへへ」
蛍ちゃんが照れていてとてもかわいいけど、剣道部のエースである彼女の腹筋はきっちり六つに割れている。ついでにお兄さんも綾華ちゃんも腹筋はバキバキだ。
「あとはあの、アルハイゼンという人ね」
「お、」
「アルハイゼンさんですって、理津さん」
「いやなんで私の方見るの綾華ちゃん」
「この中で最も彼と親しいのは理津さんでしょう。ね、蛍さん」
「うん。どうなの理津、アルハイゼンの筋肉は」
「いや知らないよ……ちらっと前腕見てるだけで……」
私はアルハイゼンくんの姿を思い出した。絶対
鍛えてるけど、口頭で説明できるほど記憶しきれていない。それこそ前腕が立派なことしか覚えてない。
「私が思うに、彼は上半身よ」
坂田さんが口を開いた。日頃人体を凝視している彼女の方が詳しいはずだ。
「確かに、今は夏服で見えている前腕部分が目を引くわね。あれはタルタリヤに匹敵するか、それ以上のものよ」
「ほうほう」
「そして、もう服の上からでも大胸筋の存在を感じるわ。高校生で胸をあそこまで鍛えられている人はそうそういない……あれは才能ね」
かチャリ、と坂田さんがメガネを上げた。彼女は今ガチの予想モードに入っている。
「ねえ早瀬さん、彼について他に感じたことはなかった?」
「他、他か……やっぱり腕しかわかんないよ。太いな〜とは思ったけど」
「そう、腕ね。昨今ひょろひょろに細い男性が増えてきた中であの太さ……いいわ、気概を感じる」
「なるほど……」
「あれは確実に鍛えられた腕よ。三角筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋がしっかりと彼の中で息づいている。そして当然前腕屈筋群もお元気で、期待値はうなぎ登りよ。腕だけなら鍾離先生を抑えて学年一かも」
「えっ」
「先生抑えるって凄くない?」
「凄いわ」
いつの間にか私たちの周りには人だかりができていた。坂田さんの筋肉談義は半ば狂気的な観察力と不思議な語り口のおかげで結構面白いのだ。うちのクラスは美丈夫な担任のおかげで筋肉への関心がある人が多いというのもある。
「なあ、俺、去年アルハイゼンと同じクラスだったんだけどさ」
「お、どうなんだよ」
「どうなの?」
おずおずと手を挙げた男子に視線が集まる。彼は少し目をキラキラとさせて、こう言った。
「あいつ、やっっっばいよ」
クラスの熱気がぐんと上がった。
もうすぐ夏がくる。
「プール、本当に嫌……」
蛍ちゃんが机にへたり込む。
「このご時世に男女一緒、しかも二クラス合同ってどうなの?あーヤダ……」
「俺だって嫌だよ。着替えだって男子はプールサイドのテントだしさあ」
その蛍ちゃんの机に座るようにして話しているのは、クラス一のイケメンと名高いタルタリヤ。本名はアヤックスなのに何故一文字も掠らないそのあだ名なのか、そしてさらに「公子」という二つ名まであるのかは誰も知らない。一応彼も私と蛍ちゃん、そして空くんとは中学からの仲だ。
彼はずっと成績は赤点スレスレなのに受験の時だけ一念発起し、見事この高校への合格を決めた「やればできる子」の見本みたいな人。明るく面倒見の良い性格をしているから、基本的には人気者だ。女子にはいじられる傾向があるけど。
そして何故か蛍ちゃんを「相棒」と呼んでいる。私と綾華ちゃん、そしてその他のクラスの女子達は、確実にタルタリヤは 蛍ちゃんのことが好きなのだろうと踏んでいる。二人とも鈍感だから気づかないだけだ。
「タルタリヤはいいじゃん……」
「よくないよ!泳ぐのは好きだけど、デカい図体の男がギチギチになってテントで着替えるのは本当にキツいんだからね」
ぷん!と幼い顔いっぱいに嫌そうな顔をするタルタリヤは私から見ても可愛い。これだから影で「ショタリヤ」「かわタリヤ」などと呼ばれるのだ。ちなみに彼は常に着崩したシャツの隙間からバキバキに割れた腹筋をチラ見せさせている。
「確かに、この歳になると殿方に水着姿を見せるのは気恥ずかしいですよね」
「うんうん、わかる」
「毛の処理とか大変だしね」
「あー毛ね……あ、そうだ。俺の妹がカミソリ負けして肌荒れしちゃったって相談してきてね。みんな何かいいケアとか知らない?」
気さくなタルタリヤが別の女子達に話しかけたタイミングで、す、と音もなく私の隣に立つ人があった。
「遂に来たわね……この時期が」
「あ、坂田さん」
「坂田さん」
「坂田さん、今年の筋肉期待株はどんな感じ?」
黒髪ストレートのロングに細身の眼鏡を掛けた彼女は、坂田美穂さんという。黙っていればとても落ち着いたお嬢さんなんだけど、実は爆発的な個性を抱えている。
「今年もやっぱりタルタリヤは希望の星よ。彼の腹直筋と外腹斜筋は常に裏切らないわ」
彼女は、大の筋肉オタクなのだ。
一に筋肉二に筋肉、三四飛んで五に筋肉。もうとにかく筋肉が好きで好きで、将来はスポーツカメラマンを目指しているという。筋肉が最も輝く瞬間を撮り収めることが夢なのだそうだ。
そんな彼女にとっては水泳の授業は合法で筋肉を眺められる至福のご褒美時間。私たちはこの時期になるとダイエットのために彼女を頼り、効果的な筋トレ方法を教わっている。
「今年の水泳のクラス分けはABが合同だったわね。ああ、鍾離先生の水着姿が見られればよかったのに。彼の見事な腹直筋と外腹斜筋、そして引き締まった臀筋群とハムストリングスは服の上からでも隠しきれていないわ」
「わかる……すごくわかる……」
「理津、ナチュラルに筋肉ある人好きだよね」
「好き……」
去年の春の遠足のバスで酔い、介抱してもらった時に少し触れた腕を思い出す。布越しにもしっかりと躍動し、私の背を支えてくれていたあの腕。「大丈夫か?」と音量を下げた美声が耳を貫いた瞬間に、私はもう元には戻れないことを悟ったのだ。もう筋肉のある低音美声の男性しか好きになれる自信が無い。そんな男は滅多にいないというのに。
でも男子の中にも「鍾離先生が男なら俺はゲイでいい」という考えをしている人がいるらしいので、多分私は何も間違っていないと思っている。全てはあの担任のせいだ。
「A組生徒部門は蛍さんのお兄さんの空さんも出てくると思うわ。彼はまだ成長期だけど、トータルがしっかりと締まっているのが制服の上からでもわかる。蛍さんも腹筋は割れているし」
「えへへ」
蛍ちゃんが照れていてとてもかわいいけど、剣道部のエースである彼女の腹筋はきっちり六つに割れている。ついでにお兄さんも綾華ちゃんも腹筋はバキバキだ。
「あとはあの、アルハイゼンという人ね」
「お、」
「アルハイゼンさんですって、理津さん」
「いやなんで私の方見るの綾華ちゃん」
「この中で最も彼と親しいのは理津さんでしょう。ね、蛍さん」
「うん。どうなの理津、アルハイゼンの筋肉は」
「いや知らないよ……ちらっと前腕見てるだけで……」
私はアルハイゼンくんの姿を思い出した。絶対
鍛えてるけど、口頭で説明できるほど記憶しきれていない。それこそ前腕が立派なことしか覚えてない。
「私が思うに、彼は上半身よ」
坂田さんが口を開いた。日頃人体を凝視している彼女の方が詳しいはずだ。
「確かに、今は夏服で見えている前腕部分が目を引くわね。あれはタルタリヤに匹敵するか、それ以上のものよ」
「ほうほう」
「そして、もう服の上からでも大胸筋の存在を感じるわ。高校生で胸をあそこまで鍛えられている人はそうそういない……あれは才能ね」
かチャリ、と坂田さんがメガネを上げた。彼女は今ガチの予想モードに入っている。
「ねえ早瀬さん、彼について他に感じたことはなかった?」
「他、他か……やっぱり腕しかわかんないよ。太いな〜とは思ったけど」
「そう、腕ね。昨今ひょろひょろに細い男性が増えてきた中であの太さ……いいわ、気概を感じる」
「なるほど……」
「あれは確実に鍛えられた腕よ。三角筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋がしっかりと彼の中で息づいている。そして当然前腕屈筋群もお元気で、期待値はうなぎ登りよ。腕だけなら鍾離先生を抑えて学年一かも」
「えっ」
「先生抑えるって凄くない?」
「凄いわ」
いつの間にか私たちの周りには人だかりができていた。坂田さんの筋肉談義は半ば狂気的な観察力と不思議な語り口のおかげで結構面白いのだ。うちのクラスは美丈夫な担任のおかげで筋肉への関心がある人が多いというのもある。
「なあ、俺、去年アルハイゼンと同じクラスだったんだけどさ」
「お、どうなんだよ」
「どうなの?」
おずおずと手を挙げた男子に視線が集まる。彼は少し目をキラキラとさせて、こう言った。
「あいつ、やっっっばいよ」
クラスの熱気がぐんと上がった。
もうすぐ夏がくる。