Flavor of Life
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この学校の制服は、たまに見かける「女子の制服だけちょっと凝ってる」スタイルだ。
男子はオーソドックスな紺ブレと無地のグレーのスラックスに青いネクタイなんだけど、女子の方は何故かブレザーの襟がセーラーカラーになっている。
そして、その法則は夏服にも適用される。
アルハイゼンくんは早速夏服で登校していた。白の半袖シャツで惜しげも無く晒された腕はやっぱり筋肉がしっかりついていて、シンプルに尊敬してしまう。きっときちんと鍛えているんだろう。
「この学校、男子は夏でもネクタイなんだよね」
「そうだな。暑苦しくてかなわない」
今朝のタルタリヤも「ネクタイ邪魔!」と机に叩きつけ、鍾離先生にきっちり結ばれていた。ついでに出ていたシャツの裾も入れられていた。
他の男子も「なんで暑いのに首元締めなきゃいけねえんだ」と不満そうにしていたから、やっぱり夏服のネクタイは不評なんだろう。
「……女子のそれは、涼しいのか?」
「いや全く。今はまだいいけど、夏になると主に背中が暑くなる」
この学校の女子の夏服は、デザインだけならとても評判が良い。
白い大きなセーラーカラーと薄い水色の縦ストライプの、とてもかわいいワンピースだ。一部のかっこいいものを好む子達からは「少女趣味すぎ」と言われているが、私はわりと好きだったりする。
「お嬢様校の盛夏服っぽい」とよく言われるこれが何故夏服扱いなのかはわからないけど、どうやらこれにはデザイナーと当時の生徒たちの並々ならぬ拘りが詰まっているらしい。
「これ、透け防止にペチコートついてるんだよね。それが通気性のない素材だから、暑いし汗かいたら張り付くしで結構不快な思いするよ。まあ透けちゃうよりいいんだけど」
「可愛いけどね」と私はスカートの裾を摘む。ウエストをベルトで締めて、その下はふわりと広がるデザインは本当に可愛らしい。蛍ちゃんや綾華ちゃんみたいな美人には、こういうのがとても似合うのだ。
私はわりと悲惨なことになっていると思うけど。
「でもまだ夏服になるとちょっと寒いね」
「そうか?」
「うん」
私はカーディガンに覆われた腕をさすった。この学校は羽織物の色が豊富で、私は今日はオフホワイトを身につけている。流行りに乗ろうとして少し大きめのものを購入したので、自動的に萌え袖だ。
「……そういえば」
「うん?」
「君はポスターは書き終わったか?」
「ああ、うん。書き終わったよ」
前回の委員会で、「夏休みに向けて各自おすすめの本の宣伝ポスターを作る」という課題が出た。小中の図書委員会でも同じことをやっているから、多分これもあるあるだと思う。
私は毎年しつこく同じ本のポスターを描き続けているけど、アルハイゼンくんはどんな本を選んだのだろうか。
「俺はニッポニカにしようと考えていたんだが」
「うん」
「司書から「貸出できる本に限る」と言われてな」
「ああ……」
ニッポニカをはじめとした百科事典や六法全書、辞書などは図書館内の閲覧のみに用途が限られていて、個人に貸し出すことは出来ない規則になっている。「禁帯」と赤いシールが貼られているやつがそれだ。
「基本的に小説を挙げる人が多いよね、こういう宣伝ポスター」
私はアルハイゼンくんが小説を読んでいるのを見たことがない。いつもだいたい新書か、四六判の学術書だ。ちなみに今日彼が読んでいるのは『認知言語学論考』である。
「まあ、いつも読んでるような本でいいと思うよ。新書ならうちにも大体の出版社のシリーズ全部揃ってるし」
「そうか。ありがとう」
彼は渡されていた画用紙を鞄から出して、カウンターの引き出しを漁り始めた。カラーペンを探しているのだろう。
「ポスカなら隣の引き出しだよ」
「ああ、そうか」
「①って書いてある方はあんまりインク出ないから、③の方を使うといいよ。②は行方不明」
「わかった」
チャカチャカとペンを振る音がする。
アルハイゼンくんは下描きはしないタイプなのだろうか。ベーシックな白い紙面に、黒々とした線が引かれていく。彼が持つと太いペンも小さく見えるから不思議だ。
「君は絵は得意か?」
「そんなに上手くはないけど、破壊的ってほどでもないかな。そっちは?」
「俺もそんなものだ」
ペン先が紙に擦れる乾いた音と共に彼の手元から繰り出されているのは…………なにそれ?
え、本当になにそれ?いつも通りすました顔でスラスラ描いてるけど一体それは何?
「アルハイゼンくん、何描いてるの?」
「猫だ」
「ねこ……」
その足が五本生えてるように見えるのが、猫。あ、ならあの端っこのやつは尻尾?角みたいなのは耳かな。てことは胴体捻れてる?いや違う、これは……。
「キュビズム……?」
「その通りだ。よく分かったな」
キュビズムは、二十世紀初頭にピカソやブラックによって創始された芸術動向。その最大の特徴は単一ではなく複数の視点から対象を認識し、画面を再構築するという思考と、物体の極端な単純化、抽象化である。よく絵が下手な人が言い訳にピカソを使うのは、この動向を元にして描かれた彼の著名な作品が、知識のない人間にとってはぐちゃぐちゃの崩壊した物に見えるからだ。キュビズムの理論は難解で、とても素人が理解して描けるものでは無い。あと、ピカソは元々の画力がめちゃくちゃ高い。
話が逸れたが、どうやらアルハイゼンくんは夏休み前の数週間飾られる予定のポスターにこのキュビズムを採用したらしい。なんで?
「何の本を紹介するの?」
「これだ」
「『多文化社会の人間関係力:実社会に活かす異文化コミュニケーションスキル』……?あ、第四章で多面的思考が大切だよってことを書いてるから複数視点でモノを捉えるキュビズムの絵を描いたってこと?」
読んだことがある本でよかった。文章も内容も解りやすかったし、頭にも残りやすい。
「そうだ。君にもわかるなら大丈夫だな」
アルハイゼンくんは満足そうに頷いている。いや、まずその絵が猫だとわかる人も、この本をパッと見た時に「多面的思考」という言葉が出てくる人も、そしてその二つを繋げる人もいないと思うけどな。
「猫なのはどうして……」
「今の若者は猫に対する関心が強いという記事を読んだからだ」
「人気の猫で人目をひこうというわけね」
「そういうことだ」
確かに猫は人類に大人気だけど、それは主に現実にいるかわいい猫ちゃんやわかりやすくそれをモチーフにしたイラストなどに向けられた愛ではなかろうか。キュビズムに従って解体され再構築された猫は、果たしてその人気にあやかれるのか。
「……なんにせよ、キュビズムの時点で人目はかなりひくだろうね」
「色もたくさん使うからな」
しかもカラフルにするんだ。確かにアルハイゼンくんの手元には赤やら黄色やら青やらのペンが転がっており、「これから色塗りをします」という気概がひしひしと感じられる。 きっと今日中に完成するだろう。
「君はどんな絵を描いたんだ?」
「私はもう出しちゃったから、飾られたらわかるよ」
そしてその数日後、貼り出されたポスターを見たアルハイゼンくんは、珍しくほんのりと笑いながらこう言った。
「君は、ああいうのが好きなんだな」
壁にベッタリと飛び散った血とちぎれた虫の手足を描いた私は、少し慌てながら返す。
「ああいうのっていうか、その、グロテスクなのが好きってわけじゃなくて」
彼は微笑む。本当に本当に、それは珍しいことだった。
「わかっているよ。君は足音のない、優しくて日常に潜むタイプのホラーが好きなんだろう。『きのうの影踏み』はそういう話だからな」
男子はオーソドックスな紺ブレと無地のグレーのスラックスに青いネクタイなんだけど、女子の方は何故かブレザーの襟がセーラーカラーになっている。
そして、その法則は夏服にも適用される。
アルハイゼンくんは早速夏服で登校していた。白の半袖シャツで惜しげも無く晒された腕はやっぱり筋肉がしっかりついていて、シンプルに尊敬してしまう。きっときちんと鍛えているんだろう。
「この学校、男子は夏でもネクタイなんだよね」
「そうだな。暑苦しくてかなわない」
今朝のタルタリヤも「ネクタイ邪魔!」と机に叩きつけ、鍾離先生にきっちり結ばれていた。ついでに出ていたシャツの裾も入れられていた。
他の男子も「なんで暑いのに首元締めなきゃいけねえんだ」と不満そうにしていたから、やっぱり夏服のネクタイは不評なんだろう。
「……女子のそれは、涼しいのか?」
「いや全く。今はまだいいけど、夏になると主に背中が暑くなる」
この学校の女子の夏服は、デザインだけならとても評判が良い。
白い大きなセーラーカラーと薄い水色の縦ストライプの、とてもかわいいワンピースだ。一部のかっこいいものを好む子達からは「少女趣味すぎ」と言われているが、私はわりと好きだったりする。
「お嬢様校の盛夏服っぽい」とよく言われるこれが何故夏服扱いなのかはわからないけど、どうやらこれにはデザイナーと当時の生徒たちの並々ならぬ拘りが詰まっているらしい。
「これ、透け防止にペチコートついてるんだよね。それが通気性のない素材だから、暑いし汗かいたら張り付くしで結構不快な思いするよ。まあ透けちゃうよりいいんだけど」
「可愛いけどね」と私はスカートの裾を摘む。ウエストをベルトで締めて、その下はふわりと広がるデザインは本当に可愛らしい。蛍ちゃんや綾華ちゃんみたいな美人には、こういうのがとても似合うのだ。
私はわりと悲惨なことになっていると思うけど。
「でもまだ夏服になるとちょっと寒いね」
「そうか?」
「うん」
私はカーディガンに覆われた腕をさすった。この学校は羽織物の色が豊富で、私は今日はオフホワイトを身につけている。流行りに乗ろうとして少し大きめのものを購入したので、自動的に萌え袖だ。
「……そういえば」
「うん?」
「君はポスターは書き終わったか?」
「ああ、うん。書き終わったよ」
前回の委員会で、「夏休みに向けて各自おすすめの本の宣伝ポスターを作る」という課題が出た。小中の図書委員会でも同じことをやっているから、多分これもあるあるだと思う。
私は毎年しつこく同じ本のポスターを描き続けているけど、アルハイゼンくんはどんな本を選んだのだろうか。
「俺はニッポニカにしようと考えていたんだが」
「うん」
「司書から「貸出できる本に限る」と言われてな」
「ああ……」
ニッポニカをはじめとした百科事典や六法全書、辞書などは図書館内の閲覧のみに用途が限られていて、個人に貸し出すことは出来ない規則になっている。「禁帯」と赤いシールが貼られているやつがそれだ。
「基本的に小説を挙げる人が多いよね、こういう宣伝ポスター」
私はアルハイゼンくんが小説を読んでいるのを見たことがない。いつもだいたい新書か、四六判の学術書だ。ちなみに今日彼が読んでいるのは『認知言語学論考』である。
「まあ、いつも読んでるような本でいいと思うよ。新書ならうちにも大体の出版社のシリーズ全部揃ってるし」
「そうか。ありがとう」
彼は渡されていた画用紙を鞄から出して、カウンターの引き出しを漁り始めた。カラーペンを探しているのだろう。
「ポスカなら隣の引き出しだよ」
「ああ、そうか」
「①って書いてある方はあんまりインク出ないから、③の方を使うといいよ。②は行方不明」
「わかった」
チャカチャカとペンを振る音がする。
アルハイゼンくんは下描きはしないタイプなのだろうか。ベーシックな白い紙面に、黒々とした線が引かれていく。彼が持つと太いペンも小さく見えるから不思議だ。
「君は絵は得意か?」
「そんなに上手くはないけど、破壊的ってほどでもないかな。そっちは?」
「俺もそんなものだ」
ペン先が紙に擦れる乾いた音と共に彼の手元から繰り出されているのは…………なにそれ?
え、本当になにそれ?いつも通りすました顔でスラスラ描いてるけど一体それは何?
「アルハイゼンくん、何描いてるの?」
「猫だ」
「ねこ……」
その足が五本生えてるように見えるのが、猫。あ、ならあの端っこのやつは尻尾?角みたいなのは耳かな。てことは胴体捻れてる?いや違う、これは……。
「キュビズム……?」
「その通りだ。よく分かったな」
キュビズムは、二十世紀初頭にピカソやブラックによって創始された芸術動向。その最大の特徴は単一ではなく複数の視点から対象を認識し、画面を再構築するという思考と、物体の極端な単純化、抽象化である。よく絵が下手な人が言い訳にピカソを使うのは、この動向を元にして描かれた彼の著名な作品が、知識のない人間にとってはぐちゃぐちゃの崩壊した物に見えるからだ。キュビズムの理論は難解で、とても素人が理解して描けるものでは無い。あと、ピカソは元々の画力がめちゃくちゃ高い。
話が逸れたが、どうやらアルハイゼンくんは夏休み前の数週間飾られる予定のポスターにこのキュビズムを採用したらしい。なんで?
「何の本を紹介するの?」
「これだ」
「『多文化社会の人間関係力:実社会に活かす異文化コミュニケーションスキル』……?あ、第四章で多面的思考が大切だよってことを書いてるから複数視点でモノを捉えるキュビズムの絵を描いたってこと?」
読んだことがある本でよかった。文章も内容も解りやすかったし、頭にも残りやすい。
「そうだ。君にもわかるなら大丈夫だな」
アルハイゼンくんは満足そうに頷いている。いや、まずその絵が猫だとわかる人も、この本をパッと見た時に「多面的思考」という言葉が出てくる人も、そしてその二つを繋げる人もいないと思うけどな。
「猫なのはどうして……」
「今の若者は猫に対する関心が強いという記事を読んだからだ」
「人気の猫で人目をひこうというわけね」
「そういうことだ」
確かに猫は人類に大人気だけど、それは主に現実にいるかわいい猫ちゃんやわかりやすくそれをモチーフにしたイラストなどに向けられた愛ではなかろうか。キュビズムに従って解体され再構築された猫は、果たしてその人気にあやかれるのか。
「……なんにせよ、キュビズムの時点で人目はかなりひくだろうね」
「色もたくさん使うからな」
しかもカラフルにするんだ。確かにアルハイゼンくんの手元には赤やら黄色やら青やらのペンが転がっており、「これから色塗りをします」という気概がひしひしと感じられる。 きっと今日中に完成するだろう。
「君はどんな絵を描いたんだ?」
「私はもう出しちゃったから、飾られたらわかるよ」
そしてその数日後、貼り出されたポスターを見たアルハイゼンくんは、珍しくほんのりと笑いながらこう言った。
「君は、ああいうのが好きなんだな」
壁にベッタリと飛び散った血とちぎれた虫の手足を描いた私は、少し慌てながら返す。
「ああいうのっていうか、その、グロテスクなのが好きってわけじゃなくて」
彼は微笑む。本当に本当に、それは珍しいことだった。
「わかっているよ。君は足音のない、優しくて日常に潜むタイプのホラーが好きなんだろう。『きのうの影踏み』はそういう話だからな」