Flavor of Life
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「君が努力をした結果だろう。俺が礼を言われる筋合いはない」
「あはは、やっぱりそう言うと思った」
週が明けた月曜日の放課後。
アルハイゼンくんはいつも通り本を読みながら、こちらに視線を向けることも無く言い切った。
「予想がついていたなら、何故言った?」
「私がアルハイゼンくんに助けてもらったと感じたから。長年の懸念事項の突破口を見つけてもらえたんだから、お礼を言いたいと考えるのも自然なことだと思わない?」
「なるほど、一理あるな」
彼はふむ、とひとつ頷いて読書に戻る。
相変わらず綺麗な横顔だ。鼻が高くてEラインがはっきりしている。眉と目の位置が近いから、垂れ目でもキリッとした印象になるのか。
うちの学年にもタルタリヤという元気なイケメンがいるし、空くんも中性的な面立ちの美少年だ。この学校の卒業生で、綾華ちゃんのお兄さんの綾人さんも優しげな美人。ついでに神里家にホームステイしている留学生のトーマさんも、私のクラスの担任の鍾離先生もそれはそれは見目麗しい男性だ。
だからわりと「顔のいい男」というものには耐性があるんだけど、にしたってアルハイゼンくんもかっこいい。これまで接したことのある美形男性達はみんなどこか柔和な空気のある人ばかりだったから、彼のようにどこまでもクールな気配を漂わせたタイプは新鮮だ。
「……何だ?」
「なんでもないよ」
アルハイゼンくんは本から顔を上げてこちらを見ている。ちょっと凝視しすぎたな。
「……君は暑くないのか」
「え?ああ、私はあんまり。アルハイゼンくんは暑そうだね」
「ああ。衣替えがもう少し早くなればいいんだが」
今は五月最終週。来週から夏服移行期間に入る今は、「暑いのに冬服しか着られない」という、暑がりの人にとっては非常に鬱陶しい時期だ。アルハイゼンくんもそういうタイプなんだろう。
「腕捲ったら?」
「そうしよう」
彼は本を置いてブレザーを脱ぐとシャツのカフスボタンを外し、くるくると折り返し始める。しっかりと筋肉のついた、引き締まった前腕をしてらっしゃる。
「エアコンはつけていいのか?」
「まだダメかな……司書の先生いればこっそり許可もらえたかもだけど、今いないからね」
「そうか」
彼はそれでも少し暑そうだ。すました顔をしているけど、眉が微かに顰められている。
私は鞄の中から下敷きを取り出して、ネクタイを緩めている彼に向かってパタパタと仰いだ。わりと硬い素材だし、風はそれなりにいくはずだ。
「……ありがとう」
長い前髪に隠れがちの左目がちらりと見える。捲られた袖や開けられたボタンのせいで、全体的にかなり露出が増えた気がしてこちらが困ってしまった。イケメンの露出はタルタリヤの腹で慣れたと思ってたんだけどな。
「先生来たら急いでブレザー着てね。この学校、一応校則で第二ボタン以降開けるのとネクタイ緩めるの禁止になってるから」
「相変わらず馬鹿げた規則だ」
「本当にね。スマホはOKなのに」
ペコペコと、下敷きがしなる音が響く。
うるさいかなと思ったけど、アルハイゼンくんはそれに対して何も言わなかった。
「男の子って暑がり多いよね。やっぱり筋肉量が違うからかな」
「そうだ。筋肉量は発熱量に準じるからな」
「アルハイゼンくん見た感じ筋肉多そうだし、体温も高そうだもんね」
「平熱は三十七度だ」
「やっぱり高いんだね。私の元彼もそのくらいだったな」
そこまで言って、自分が今口を滑らせたことに気がついた。元彼の話なんて今出さなくて良かったはずなのに、アルハイゼンくんと会話が続いていることにテンションが上がっていたのかもしれない。
「ごめん。余計なこと言った」
「俺は気にしていないから、謝る必要はない。この年齢になれば恋人の一人や二人いてもおかしくないからな」
きょとんとした顔で彼は言う。もうほぼ惰性で動かしていた下敷きの音が間抜けに響いて、何となくいたたまれなくなった。
アルハイゼンくんがシャツの胸元を掴んでパタパタと動かしたタイミングで、図書館のドアがガチャリと音を立てる。
「お、早瀬か」
「鍾離先生」
音も立てずにカウンターの前に立った彼は、この図書館のお得意様だ。いつも教員貸出上限の五十冊ギリギリまで借りていくから、私もよく本を運ぶのを手伝っている。
「今期は一人じゃないんだな」
「はい。きちんと仕事してくれる人がきました」
アルハイゼンくんは小さく会釈して、また本を広げた。
「今回は何冊ですか?」
「ここに書き起こしてきたぞ」
ひらりと渡された紙は先生手書きのリストだ。毎回毎回冊数が多いから、先生はいつもこうして書き起こしてきてくれる。
「わかるか?」
「全部わかります」
「はは、流石だな」
今回は上限いっぱいの五十冊。私と鍾離先生で運びきるには少し時間がかかる量だ。
完全に読書モードに入ったアルハイゼンくんの肩を控えめにつついた。
「アルハイゼンくん、お仕事だよ」
「そうか」
「「そうか」じゃないの。今回は分厚いのとか大判のが多くて私だけじゃ無理だから手伝って」
「鍾離先生がいるだろう」
「五十冊だよ?ね、お願いアルハイゼンくん」
エメラルドグリーンの瞳がこちらをす、と見る。
鋭いその眦を負けじと見返すと、彼は小さくため息をついて本を閉じた。こちらの勝ちだ。
「……リストを半分渡せ」
「ありがとう。こっちをお願い」
「わかった」
カタン、とアルハイゼンくんは立ち上がって、私に「……全部覚えたからな」と小さく告げた。
「流石……」
「遂に早瀬以外にも全てを記憶する者が現れたか」
「すぐ覚えられるよ〜って言ったら、やってみるって言ってたんです。本当に覚えてくれたんだなあ」
私もリストを持って立ち上がる。半分の25冊をかき集めるのに、果たして何分かかるだろうか。
「お疲れ様、アルハイゼンくん」
「ああ」
鍾離先生は、貸出カードにコードと書名を記入している。
流石に一人で二十五冊も運ぶのは大変だったらしく、アルハイゼンくんはシャツのボタンを第三まで外し、ネクタイも更に緩めて手で顔を仰いでいる。私はまた下敷きで風を送っていた。
「全部埋まったから、新しいカードが欲しいのだが」
「もう隣に置いてますよ先生」
「ああ、ここか。ありがとう」
びっちりと筆圧の濃い字で埋まったカードを受け取り、専用のスペースに入れる。この学校では生徒も先生も、卒業または退職する時に貯まった貸出カードを記念として渡されるシステムになっているのだ。
「鍾離先生、そのカードで百枚目ですね」
「そうなんだ。まあ、一気にこれだけ借りていればすぐに埋まるからな」
「そうですね。そのカード、十九冊分しか書けないし」
「……また埋まったな」
「新しいのどうぞ」
「感謝する」
アルハイゼンくんは我関せずといった感じで本を開いている。目元が少し緩んでいるから、もうそんなに暑さは感じていないのだろう。
「私もこのままいくと歴代最高枚数になりそうなんですよ、貸出カード」
「それは凄いな。今は何枚なんだ?」
「六十三枚です」
「いい数字だ。目標はどのくらいなんだ?」
「三桁いきたいなと思ってます」
「いいことだ。本は読めば読むほど新しい知見が得られるからな」
漸く全て書き終わったカードに目を通して「大丈夫です」と頷くと、鍾離先生はにこりと微笑んだ後に「台車を忘れてしまったから取ってくる」と言ってこちらに背を向ける。
と思ったら彼は、「アルハイゼン」と優しい声で名を呼んだ。ふい、と顔を上げたアルハイゼンくんに向けて、自分の胸元をとんとんと叩く。
「衣替え前で暑いのはわかるが、今はきちんとしなさい。一人の時なら構わないが、ここには女性もいる」
「……はい」
「じゃあ、俺は台車を取ってくるな」
渋々といった様子でボタンを閉める姿は少し面白い。
眉を顰めながらネクタイを締め直した彼に、「食べる?」とクールミントのタブレットを見せてみた。
「スースーするよ」
「……頂こう」
本来なら図書館内での飲食はご法度だけど、本当に暑そうだから仕方ない。冬服は重くて汗をかくとシャツが張り付くし、男子の場合はスラックスだからそんなに熱も逃がせないだろう。
広げられた手は私よりもずっと大きい。シャカシャカとそこにタブレットを数粒振り出すと、彼は豪快に全てを一気に口に入れた。
「メントールが強いな」
「うん、新発売のやつなんだ。私は眠気覚ましに食べてる」
眠くてもどうしても本が読みたい時があるのだ。
私もついでに一粒食べて、ケースを鞄にしまう。
辺りを清涼感のある香りが包んで、それがアルハイゼンくんにはよく似合うなと思った。とっても知性的な人だから、輪郭のはっきりした濁りのないミントが映える。
「もう日が落ちるね」
「そうだな」
「明日はそんなに暑くないといいね」
「そうだな」
やっぱりクールだ。表情は全く動かないのに、後者の頷きがわりと切実そうで面白い。
私は小さく笑って、カウンターの上に頬杖をついた。
明日から六月になる。
「あはは、やっぱりそう言うと思った」
週が明けた月曜日の放課後。
アルハイゼンくんはいつも通り本を読みながら、こちらに視線を向けることも無く言い切った。
「予想がついていたなら、何故言った?」
「私がアルハイゼンくんに助けてもらったと感じたから。長年の懸念事項の突破口を見つけてもらえたんだから、お礼を言いたいと考えるのも自然なことだと思わない?」
「なるほど、一理あるな」
彼はふむ、とひとつ頷いて読書に戻る。
相変わらず綺麗な横顔だ。鼻が高くてEラインがはっきりしている。眉と目の位置が近いから、垂れ目でもキリッとした印象になるのか。
うちの学年にもタルタリヤという元気なイケメンがいるし、空くんも中性的な面立ちの美少年だ。この学校の卒業生で、綾華ちゃんのお兄さんの綾人さんも優しげな美人。ついでに神里家にホームステイしている留学生のトーマさんも、私のクラスの担任の鍾離先生もそれはそれは見目麗しい男性だ。
だからわりと「顔のいい男」というものには耐性があるんだけど、にしたってアルハイゼンくんもかっこいい。これまで接したことのある美形男性達はみんなどこか柔和な空気のある人ばかりだったから、彼のようにどこまでもクールな気配を漂わせたタイプは新鮮だ。
「……何だ?」
「なんでもないよ」
アルハイゼンくんは本から顔を上げてこちらを見ている。ちょっと凝視しすぎたな。
「……君は暑くないのか」
「え?ああ、私はあんまり。アルハイゼンくんは暑そうだね」
「ああ。衣替えがもう少し早くなればいいんだが」
今は五月最終週。来週から夏服移行期間に入る今は、「暑いのに冬服しか着られない」という、暑がりの人にとっては非常に鬱陶しい時期だ。アルハイゼンくんもそういうタイプなんだろう。
「腕捲ったら?」
「そうしよう」
彼は本を置いてブレザーを脱ぐとシャツのカフスボタンを外し、くるくると折り返し始める。しっかりと筋肉のついた、引き締まった前腕をしてらっしゃる。
「エアコンはつけていいのか?」
「まだダメかな……司書の先生いればこっそり許可もらえたかもだけど、今いないからね」
「そうか」
彼はそれでも少し暑そうだ。すました顔をしているけど、眉が微かに顰められている。
私は鞄の中から下敷きを取り出して、ネクタイを緩めている彼に向かってパタパタと仰いだ。わりと硬い素材だし、風はそれなりにいくはずだ。
「……ありがとう」
長い前髪に隠れがちの左目がちらりと見える。捲られた袖や開けられたボタンのせいで、全体的にかなり露出が増えた気がしてこちらが困ってしまった。イケメンの露出はタルタリヤの腹で慣れたと思ってたんだけどな。
「先生来たら急いでブレザー着てね。この学校、一応校則で第二ボタン以降開けるのとネクタイ緩めるの禁止になってるから」
「相変わらず馬鹿げた規則だ」
「本当にね。スマホはOKなのに」
ペコペコと、下敷きがしなる音が響く。
うるさいかなと思ったけど、アルハイゼンくんはそれに対して何も言わなかった。
「男の子って暑がり多いよね。やっぱり筋肉量が違うからかな」
「そうだ。筋肉量は発熱量に準じるからな」
「アルハイゼンくん見た感じ筋肉多そうだし、体温も高そうだもんね」
「平熱は三十七度だ」
「やっぱり高いんだね。私の元彼もそのくらいだったな」
そこまで言って、自分が今口を滑らせたことに気がついた。元彼の話なんて今出さなくて良かったはずなのに、アルハイゼンくんと会話が続いていることにテンションが上がっていたのかもしれない。
「ごめん。余計なこと言った」
「俺は気にしていないから、謝る必要はない。この年齢になれば恋人の一人や二人いてもおかしくないからな」
きょとんとした顔で彼は言う。もうほぼ惰性で動かしていた下敷きの音が間抜けに響いて、何となくいたたまれなくなった。
アルハイゼンくんがシャツの胸元を掴んでパタパタと動かしたタイミングで、図書館のドアがガチャリと音を立てる。
「お、早瀬か」
「鍾離先生」
音も立てずにカウンターの前に立った彼は、この図書館のお得意様だ。いつも教員貸出上限の五十冊ギリギリまで借りていくから、私もよく本を運ぶのを手伝っている。
「今期は一人じゃないんだな」
「はい。きちんと仕事してくれる人がきました」
アルハイゼンくんは小さく会釈して、また本を広げた。
「今回は何冊ですか?」
「ここに書き起こしてきたぞ」
ひらりと渡された紙は先生手書きのリストだ。毎回毎回冊数が多いから、先生はいつもこうして書き起こしてきてくれる。
「わかるか?」
「全部わかります」
「はは、流石だな」
今回は上限いっぱいの五十冊。私と鍾離先生で運びきるには少し時間がかかる量だ。
完全に読書モードに入ったアルハイゼンくんの肩を控えめにつついた。
「アルハイゼンくん、お仕事だよ」
「そうか」
「「そうか」じゃないの。今回は分厚いのとか大判のが多くて私だけじゃ無理だから手伝って」
「鍾離先生がいるだろう」
「五十冊だよ?ね、お願いアルハイゼンくん」
エメラルドグリーンの瞳がこちらをす、と見る。
鋭いその眦を負けじと見返すと、彼は小さくため息をついて本を閉じた。こちらの勝ちだ。
「……リストを半分渡せ」
「ありがとう。こっちをお願い」
「わかった」
カタン、とアルハイゼンくんは立ち上がって、私に「……全部覚えたからな」と小さく告げた。
「流石……」
「遂に早瀬以外にも全てを記憶する者が現れたか」
「すぐ覚えられるよ〜って言ったら、やってみるって言ってたんです。本当に覚えてくれたんだなあ」
私もリストを持って立ち上がる。半分の25冊をかき集めるのに、果たして何分かかるだろうか。
「お疲れ様、アルハイゼンくん」
「ああ」
鍾離先生は、貸出カードにコードと書名を記入している。
流石に一人で二十五冊も運ぶのは大変だったらしく、アルハイゼンくんはシャツのボタンを第三まで外し、ネクタイも更に緩めて手で顔を仰いでいる。私はまた下敷きで風を送っていた。
「全部埋まったから、新しいカードが欲しいのだが」
「もう隣に置いてますよ先生」
「ああ、ここか。ありがとう」
びっちりと筆圧の濃い字で埋まったカードを受け取り、専用のスペースに入れる。この学校では生徒も先生も、卒業または退職する時に貯まった貸出カードを記念として渡されるシステムになっているのだ。
「鍾離先生、そのカードで百枚目ですね」
「そうなんだ。まあ、一気にこれだけ借りていればすぐに埋まるからな」
「そうですね。そのカード、十九冊分しか書けないし」
「……また埋まったな」
「新しいのどうぞ」
「感謝する」
アルハイゼンくんは我関せずといった感じで本を開いている。目元が少し緩んでいるから、もうそんなに暑さは感じていないのだろう。
「私もこのままいくと歴代最高枚数になりそうなんですよ、貸出カード」
「それは凄いな。今は何枚なんだ?」
「六十三枚です」
「いい数字だ。目標はどのくらいなんだ?」
「三桁いきたいなと思ってます」
「いいことだ。本は読めば読むほど新しい知見が得られるからな」
漸く全て書き終わったカードに目を通して「大丈夫です」と頷くと、鍾離先生はにこりと微笑んだ後に「台車を忘れてしまったから取ってくる」と言ってこちらに背を向ける。
と思ったら彼は、「アルハイゼン」と優しい声で名を呼んだ。ふい、と顔を上げたアルハイゼンくんに向けて、自分の胸元をとんとんと叩く。
「衣替え前で暑いのはわかるが、今はきちんとしなさい。一人の時なら構わないが、ここには女性もいる」
「……はい」
「じゃあ、俺は台車を取ってくるな」
渋々といった様子でボタンを閉める姿は少し面白い。
眉を顰めながらネクタイを締め直した彼に、「食べる?」とクールミントのタブレットを見せてみた。
「スースーするよ」
「……頂こう」
本来なら図書館内での飲食はご法度だけど、本当に暑そうだから仕方ない。冬服は重くて汗をかくとシャツが張り付くし、男子の場合はスラックスだからそんなに熱も逃がせないだろう。
広げられた手は私よりもずっと大きい。シャカシャカとそこにタブレットを数粒振り出すと、彼は豪快に全てを一気に口に入れた。
「メントールが強いな」
「うん、新発売のやつなんだ。私は眠気覚ましに食べてる」
眠くてもどうしても本が読みたい時があるのだ。
私もついでに一粒食べて、ケースを鞄にしまう。
辺りを清涼感のある香りが包んで、それがアルハイゼンくんにはよく似合うなと思った。とっても知性的な人だから、輪郭のはっきりした濁りのないミントが映える。
「もう日が落ちるね」
「そうだな」
「明日はそんなに暑くないといいね」
「そうだな」
やっぱりクールだ。表情は全く動かないのに、後者の頷きがわりと切実そうで面白い。
私は小さく笑って、カウンターの上に頬杖をついた。
明日から六月になる。