Flavor of Life
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アルハイゼンくんは、本当に毎日図書館に現れるようになった。
元々図書館の利用率が高い常連さんではあったのだけど、それでも現れる日にはムラがあった。何も無くても図書館にいる私の方が多分おかしいのだ。
でも彼は、シフト以外の日にもカウンターに座っている。本を一冊だけ持ってきて、無表情で私の隣の椅子に腰掛けて、脚を組んで。司書の先生も漸くサボらない委員がきたと喜んでいる。
「あ、あの」
「はい、何でしょう」
「何だ」
声をかけてきたのは、少し派手な見た目の女の子だった。多分二年生だ。
「この本借りたいんですけど、どこにあるかわからなくて」
たまにある相談だ。
一年生の頃に、どんな本がどういう分類になっていてそれがどこに仕舞われているかは皆教わる。
でも、殆どの人はそんなこと覚えちゃいない。そのまま図書館を利用せずに卒業していく人も多いけど、なかなかそうはいかないこともある。
備え付けのPCに検索機能はあるものの、それすら上手く扱えない人は多かった。
「書名は」
「『竹林月夜』です」
「検索をかける。待っていろ」
「あ、待ってアルハイゼンくん。私場所わかる」
パソコンに向かう広い背中を止める。くるりと振り返った顏に「そこにいてね」と声をかけて、カウンターを出た。
「ここです。『竹林月夜』、確か舞台化するんでしたっけ」
「そうなんです、推しの俳優が出てて……」
「人気の役者さんなんですか?」
「はい!名前は……」
その後から俳優の名前を聞いて戻ってくると、アルハイゼンくんが少し目を丸くして話しかけてきた。
「君は、本一冊一冊の場所を覚えているのか」
「うん。大体全部覚えてるよ」
「十万冊だぞ?」
「好きなものに対する記憶力はいいんだよね」
流石の彼も驚いたようだった。表情があまり動かない人だから、無防備に目を見開いた顔は新鮮だ。表情が少ないし片目が前髪で隠れがちだからよく分からなかったけど、意外とタレ目なんだな。
「アルハイゼンくんもすぐ覚えられるよ」
彼の頭がずば抜けて良いことは知っている。ベースが私よりも優秀なんだから、十万ある本の場所と名前なんてすぐに記憶出来るだろう。隅っこの方に面白い本があることも多いし、わりかし楽しく覚えられるのだ。
「なら、俺も覚えてみよう」
アルハイゼンくんは頷いた。素直な様子がなんだか可愛らしく見えて、私は思わず少し笑った。
「……何か変なことを言ったか」
「ううん。覚えきったら教えてね」
「で、最近はどんな感じなの?図書委員は」
授業の間の、ほんの短い休み時間。
隣の席の蛍ちゃんは、頬杖をついてこちらを見た。金糸のような髪がキラキラと光って滑り落ち、大きな琥珀色の瞳は穏やかな優しさを滲ませている。そういう姿を目にする度に、私は彼女をとても美人だと思うのだ。
「順調だよ。隅っこにある古い本が舞台化するっていうからコーナー作って、新入生向けの図書館利用説明会の支度してる」
蛍ちゃんとは中学の頃からの付き合いになる。
中学でも三年間同じクラス、一緒に進学した高校でもまた同じクラス。頭が良くて可愛くてお人好しの彼女は、私の自慢の友達の一人だ。
「今回はサボらない人いる?」
「いるよ。隣のクラスのアルハイゼンくん」
「あっ、あの人図書委員になったの?」
「ジャンケンに負けたんだって。一年生の頃に委員やってなくて強制的に候補になったんじゃないかな」
「なるほどね」
「シフトどころか毎日カウンター座って仕事してくれるよ」
蛍ちゃんは目を丸くして姿勢を正した。その様子を見る限り、彼女はどうやらアルハイゼンくんについて何か知っていることがあるらしい。彼についての事前知識がなければ、驚くこともないはずだ。
「お二人とも、何の話をしていらっしゃるんですか?私も混ぜてくださいな」
「あ、綾華」
「綾華ちゃん」
桜のような淡い香りと共に、神里綾華ちゃんが蛍ちゃんの前の席に座った。御手洗から戻ってきたのだ。
彼女とは高校からの付き合いになる。有名な元武家のお嬢様で、頭が良くて上品で可愛らしい、優しい女の子だ。綾人さんというお兄さんがいて、その人もこの学校の卒業生らしい。
「漸く図書委員にサボらない人が入ってきたっていう話」
「あら、それは良かったですね。誰なんでしょうか?」
「隣のクラスのアルハイゼン。ほら、学年首席の、あの背が高くてヘッドホンつけてる人」
「あら、あの方が!」
綾華ちゃんはぱっちりとした目をさらに丸くした。彼女のところにも、アルハイゼンくんの良くない噂は届いているのだろう。
「うちのお兄ちゃんが今同じクラスだよ」
「あ、空くんA組なんだ」
「うん。しかも席が斜め前らしいよ」
「近いですね」
蛍ちゃんには、空くんという双子のお兄さんがいる。こちらも優しくて面白い人で、かなり面倒見がいいタイプだ。前に綾華ちゃんと二人で蛍ちゃんの家にお邪魔した時には、彼も混じえて四人でゲームをしたこともある。
「聞いて綾華、アルハイゼン、毎日図書館に来るらしいよ」
「つまり、理津さんと彼は毎日会ってらっしゃるんですね?」
「そうだね。毎日会ってるよ」
「それは……」
綾華ちゃんの目がキラキラと輝き始める。ああそういえば、彼女は最近恋愛小説にハマっていたな。
「あの、綾華ちゃん……」
「単純接触効果を侮ってはいけませんよ、理津さん」
「あ、ウン……」
「そっか、理津にもいよいよ彼氏が……」
「できないよ?二人とも落ち着いて」
「でもアルハイゼンはイケメンだしめっちゃ頭良いし、若干ときめいたりすることもあるんじゃない?」
「ないよ、まだ委員会始まって一ヶ月だし、雑談とかも殆どしないし」
「でも最近は交際ゼロ日婚というのも聞きますし……」
「それは凄く極端な例だからね綾華ちゃん」
綾華ちゃんの目はキラキラだし、蛍ちゃんはニヤニヤと楽しそうに笑っている。これはもう何を言ってもダメなやつだ。
「それなら蛍ちゃんはタルタリヤと付き合ってないとおかしいでしょ。なんだかんだ毎日一緒に下校してるんだし」
「……それは言わない約束だよ」
ペしゃ、と机に突っ伏した蛍ちゃんの頭を、綾華ちゃんがちょんちょんとつつく。
やめてよ〜なんて笑いながら身を起こす姿を見て、私も笑った。
元々図書館の利用率が高い常連さんではあったのだけど、それでも現れる日にはムラがあった。何も無くても図書館にいる私の方が多分おかしいのだ。
でも彼は、シフト以外の日にもカウンターに座っている。本を一冊だけ持ってきて、無表情で私の隣の椅子に腰掛けて、脚を組んで。司書の先生も漸くサボらない委員がきたと喜んでいる。
「あ、あの」
「はい、何でしょう」
「何だ」
声をかけてきたのは、少し派手な見た目の女の子だった。多分二年生だ。
「この本借りたいんですけど、どこにあるかわからなくて」
たまにある相談だ。
一年生の頃に、どんな本がどういう分類になっていてそれがどこに仕舞われているかは皆教わる。
でも、殆どの人はそんなこと覚えちゃいない。そのまま図書館を利用せずに卒業していく人も多いけど、なかなかそうはいかないこともある。
備え付けのPCに検索機能はあるものの、それすら上手く扱えない人は多かった。
「書名は」
「『竹林月夜』です」
「検索をかける。待っていろ」
「あ、待ってアルハイゼンくん。私場所わかる」
パソコンに向かう広い背中を止める。くるりと振り返った顏に「そこにいてね」と声をかけて、カウンターを出た。
「ここです。『竹林月夜』、確か舞台化するんでしたっけ」
「そうなんです、推しの俳優が出てて……」
「人気の役者さんなんですか?」
「はい!名前は……」
その後から俳優の名前を聞いて戻ってくると、アルハイゼンくんが少し目を丸くして話しかけてきた。
「君は、本一冊一冊の場所を覚えているのか」
「うん。大体全部覚えてるよ」
「十万冊だぞ?」
「好きなものに対する記憶力はいいんだよね」
流石の彼も驚いたようだった。表情があまり動かない人だから、無防備に目を見開いた顔は新鮮だ。表情が少ないし片目が前髪で隠れがちだからよく分からなかったけど、意外とタレ目なんだな。
「アルハイゼンくんもすぐ覚えられるよ」
彼の頭がずば抜けて良いことは知っている。ベースが私よりも優秀なんだから、十万ある本の場所と名前なんてすぐに記憶出来るだろう。隅っこの方に面白い本があることも多いし、わりかし楽しく覚えられるのだ。
「なら、俺も覚えてみよう」
アルハイゼンくんは頷いた。素直な様子がなんだか可愛らしく見えて、私は思わず少し笑った。
「……何か変なことを言ったか」
「ううん。覚えきったら教えてね」
「で、最近はどんな感じなの?図書委員は」
授業の間の、ほんの短い休み時間。
隣の席の蛍ちゃんは、頬杖をついてこちらを見た。金糸のような髪がキラキラと光って滑り落ち、大きな琥珀色の瞳は穏やかな優しさを滲ませている。そういう姿を目にする度に、私は彼女をとても美人だと思うのだ。
「順調だよ。隅っこにある古い本が舞台化するっていうからコーナー作って、新入生向けの図書館利用説明会の支度してる」
蛍ちゃんとは中学の頃からの付き合いになる。
中学でも三年間同じクラス、一緒に進学した高校でもまた同じクラス。頭が良くて可愛くてお人好しの彼女は、私の自慢の友達の一人だ。
「今回はサボらない人いる?」
「いるよ。隣のクラスのアルハイゼンくん」
「あっ、あの人図書委員になったの?」
「ジャンケンに負けたんだって。一年生の頃に委員やってなくて強制的に候補になったんじゃないかな」
「なるほどね」
「シフトどころか毎日カウンター座って仕事してくれるよ」
蛍ちゃんは目を丸くして姿勢を正した。その様子を見る限り、彼女はどうやらアルハイゼンくんについて何か知っていることがあるらしい。彼についての事前知識がなければ、驚くこともないはずだ。
「お二人とも、何の話をしていらっしゃるんですか?私も混ぜてくださいな」
「あ、綾華」
「綾華ちゃん」
桜のような淡い香りと共に、神里綾華ちゃんが蛍ちゃんの前の席に座った。御手洗から戻ってきたのだ。
彼女とは高校からの付き合いになる。有名な元武家のお嬢様で、頭が良くて上品で可愛らしい、優しい女の子だ。綾人さんというお兄さんがいて、その人もこの学校の卒業生らしい。
「漸く図書委員にサボらない人が入ってきたっていう話」
「あら、それは良かったですね。誰なんでしょうか?」
「隣のクラスのアルハイゼン。ほら、学年首席の、あの背が高くてヘッドホンつけてる人」
「あら、あの方が!」
綾華ちゃんはぱっちりとした目をさらに丸くした。彼女のところにも、アルハイゼンくんの良くない噂は届いているのだろう。
「うちのお兄ちゃんが今同じクラスだよ」
「あ、空くんA組なんだ」
「うん。しかも席が斜め前らしいよ」
「近いですね」
蛍ちゃんには、空くんという双子のお兄さんがいる。こちらも優しくて面白い人で、かなり面倒見がいいタイプだ。前に綾華ちゃんと二人で蛍ちゃんの家にお邪魔した時には、彼も混じえて四人でゲームをしたこともある。
「聞いて綾華、アルハイゼン、毎日図書館に来るらしいよ」
「つまり、理津さんと彼は毎日会ってらっしゃるんですね?」
「そうだね。毎日会ってるよ」
「それは……」
綾華ちゃんの目がキラキラと輝き始める。ああそういえば、彼女は最近恋愛小説にハマっていたな。
「あの、綾華ちゃん……」
「単純接触効果を侮ってはいけませんよ、理津さん」
「あ、ウン……」
「そっか、理津にもいよいよ彼氏が……」
「できないよ?二人とも落ち着いて」
「でもアルハイゼンはイケメンだしめっちゃ頭良いし、若干ときめいたりすることもあるんじゃない?」
「ないよ、まだ委員会始まって一ヶ月だし、雑談とかも殆どしないし」
「でも最近は交際ゼロ日婚というのも聞きますし……」
「それは凄く極端な例だからね綾華ちゃん」
綾華ちゃんの目はキラキラだし、蛍ちゃんはニヤニヤと楽しそうに笑っている。これはもう何を言ってもダメなやつだ。
「それなら蛍ちゃんはタルタリヤと付き合ってないとおかしいでしょ。なんだかんだ毎日一緒に下校してるんだし」
「……それは言わない約束だよ」
ペしゃ、と机に突っ伏した蛍ちゃんの頭を、綾華ちゃんがちょんちょんとつつく。
やめてよ〜なんて笑いながら身を起こす姿を見て、私も笑った。