Flavor of Life
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両親が結婚したきっかけは、母のうつ病だったという。
当時バリキャリとして働き続けて精神を壊した母を心配した父が「俺ならそんな思いはさせない」とプロポーズして結婚したのが、今から二十年前。それから三年して私が生まれた頃はまだ、両親の仲は良好だった。
事態が急変したのは十四年前。母が第二子を流産してうつ病を再発させて私に暴力を振るうようになり、精神病院に一時入院になったのだ。
私は当時三歳で、細かいことは覚えていない。ただ叩かれた場所が痛かったこと、母に会えなくなって寂しかったこと、げっそりと痩せた父を幼心なりに心配したことだけははっきりと思い出せる。
父は、顔に痣ができるほど叩かれて泣いていた私を見て、離婚を視野に入れていたそうだ。いくら精神を病んでいたとはいえ、幼い娘に手を上げる人とは一緒にいられない。でも、一度は愛した人を病院に置き去りにしていくのはあまりにも胸が痛む。娘も夫も失ったら、この先彼女は生きていけないかもしれない。
結局、父は様々な人の力を借りて私を育てながら母のサポートをしたそうだ。その甲斐あって母はなんとか退院し、家に戻った。
理恋が母のお腹にいることが分かったのは、それからわずか一ヶ月ほど後の出来事だった。
それは、父が「だいぶ色々あったけど、これから何とかやり直していけたらいい」と思い始めていた頃だったという。
そこまで話したところで、猫型配膳ロボットの気の抜けた声が響いた。
「わっ、猫ちゃんだ」
「…………」
アルハイゼンくんが速やかに動いて皿を全てテーブルに載せていく。彼はどうやらステーキとサラダとポテトを頼んだらしい。いっぱい食べるなあ。
彼はこくりとアイスティーを飲んだ。
「……母親が退院した一ヶ月後に、妹の妊娠が発覚したんだな?」
「うん。……父は、一切心当たりがないんだって」
ガパオライス美味い。そう思わないとやってられないくらいに、事実は私を苦しめる。
どうしてと、当時の母を問い詰められたら良かったのだろうか。
「…………托卵か」
「……うん。妹の遺伝子検査はしてないけど、多分そう」
アルハイゼンくんはステーキを小さく切って口に運んだ。先程から見ていて思ったけど、彼は意外と一口が小さい。もしかしたらマナーに厳しいお家で育ったのかもしれないな。
「妹が生まれてから、父は滅多に家に帰らなくなった。それで、五年前に父から紹介されたのが雪乃さんだよ」
「……五年前」
「うちの妹、ちょっと手がかかるタイプなんだよね。それで母がかなりヒステリックになった時期があって、その時に……」
父も、限界だったのだろう。
托卵までされても離婚をせずに生活費を振り込み続けているのだから、それだけで満足するべきなのかもしれない。
「……君の父親は、君とは定期的に連絡をとっているのか?その雪乃という女性も、君のことを随分と気にかけていたように見えたが」
「うん。父からはよく連絡がくるし、雪乃さんはしょっちゅう父を経由して化粧品とか服をくれるの。女の子だからって」
「なるほどな」
「……好きな人の子供だから憎めないし、世話焼きたくなっちゃうんだって言ってた」
彼はふむ、と顎に手を当てた。
「なら、君のその服は母親が買ったもの、化粧品は不倫相手が買ったものだな」
「えっすごい、よくわかったね」
「君との相性を見ればすぐわかるよ」
アルハイゼンくんは食べ終わった皿を寄せてまたタブレットを取った。追加注文だ。
「あの女性は、今日君に上げた品を「今年の限定色」と言ったな。俺が調べた限り、ディオリビエラは全てイエベ向きのカラーだ」
「え、いつ調べたのそれ」
「君達が話している時に」
そうだ、この人気になったことはすぐ調べるタイプだった。てかアルハイゼンくんの口からイエベとか出てくるのちょっと面白いな。
「ディオリビエラが似合うということは、君はイエベで確定だろう。そしてその女性は、そのことをきちんと理解した上で化粧品を贈っている」
「うん」
「でも、今君が着ているのは黒だ。イエベ春に暗いトーンの色が合わないことを、君について理解のある彼女はよく知っているはず」
イエベ春がバレた……!凄いなこの人、観察力が有り余っててちょっと怖い。
「でも、今君がつけている化粧品はきちんと肌や瞳によく映えているよ。だから先程のような結論に至ったわけだ」
「探偵みたいだね……」
「情報を整理しただけだよ」
なんてことのないように言ってるけど、その「情報の整理」が普通はできないはずなのだ。やっぱり、アルハイゼンくんは物凄く頭が良い。
「アルハイゼンくん、結構お洒落に気を使う方?」
「まあ、人並みにはな」
人並み?????
私は彼の値が張りそうなパーカーを見た。確かスニーカーも結構かっこいいの履いてた気がするし、そういえばヘッドホンも珍しいデザインだった。メンズ服のことはさっぱりわからないけれど、彼はきちんと色合いや生地感を意識してコーディネートをまとめていたように思う。
「……さて、俺はここまで、君のプライベートを根掘り葉掘り聞いたわけだが」
「うん、そうだね」
「平等を期すために、俺のことも話そうと思う」
おお、遂にアルハイゼンくんのプライベートがわかるのか。なんにも知らないから結構気になるな。
私は届いたデザートをとって、テーブルに載せた。アルハイゼンくん、パフェ二個も食べるのね。片方は小さいサイズだけど、にしても量は多いな。
「俺に両親はいない。物心つく前に事故で亡くなって、それからは祖母に育てられた。その祖母も数年前に他界したから、俺は今血縁関係がない身元引受け人と暮らしている」
「えっ」
可愛いパフェを食べながらの爆弾発言に、私はフォークを止めた。
「天涯孤独ってこと?」
「そうだ」
彼はこくりと頷いた。トッピングのミントは食べる派らしい。
「幸い、両親と祖母の遺産が潤沢にあるから生活には困っていない。大学進学もできる」
「あ、良かった……」
「それらにはあまり手をつけたくないから、アルバイトはしているがな」
私達が通う高校は私立ではあるが、「社会経験のため」として申請すればアルバイトをすることが出来る。私も、そのシステムの恩恵に預かっているうちの一人だ。
「どこで働いてるの?」
「パン工場だ」
「あー、あの?キツいって有名なやつ」
「体力さえあればなんとかなるよ。俺は単純作業は苦にならないし、時給がいい。接客もないからストレスも感じない」
「なるほど……」
彼はパフェをひとつ食べ終えた。速い。
話すことを話し、そろそろ帰る雰囲気になってきたことを察知して荷物をまとめる。彼は無表情で伝票を確認し、「結構食べたな」と呟いた。多分、お会計は六千円くらいになっているのではないだろうか。
「やっぱり自分の分くらい出すよ」
「奢ると言ったのは俺だ。持ち合わせもクーポンもあるし、君が気にすることではないよ」
彼はその言葉通り、私に一銭も出させることなく会計を終えた。PayPayでのお支払いだ。
真夏といえど、流石に夜八時をまわれば辺りはすっかり暗くなる。
「家はどこだ?」
「近代文学館の方だよ」
「俺もそっちの方だ。送るよ」
「大丈夫だよ。もう遅いからお家の人心配するし、手間かけちゃうから」
「お家の人が心配するのは君の方だろう。俺はいざとなったら対処出来るくらいの力はあるが、君は女性だ。何かあればひとたまりもない」
ド正論だ。
私は大人しく口を閉じ、負けを認めたことを表すためにひとつ頷いて大人しく家まで送ってもらうことにした。
当時バリキャリとして働き続けて精神を壊した母を心配した父が「俺ならそんな思いはさせない」とプロポーズして結婚したのが、今から二十年前。それから三年して私が生まれた頃はまだ、両親の仲は良好だった。
事態が急変したのは十四年前。母が第二子を流産してうつ病を再発させて私に暴力を振るうようになり、精神病院に一時入院になったのだ。
私は当時三歳で、細かいことは覚えていない。ただ叩かれた場所が痛かったこと、母に会えなくなって寂しかったこと、げっそりと痩せた父を幼心なりに心配したことだけははっきりと思い出せる。
父は、顔に痣ができるほど叩かれて泣いていた私を見て、離婚を視野に入れていたそうだ。いくら精神を病んでいたとはいえ、幼い娘に手を上げる人とは一緒にいられない。でも、一度は愛した人を病院に置き去りにしていくのはあまりにも胸が痛む。娘も夫も失ったら、この先彼女は生きていけないかもしれない。
結局、父は様々な人の力を借りて私を育てながら母のサポートをしたそうだ。その甲斐あって母はなんとか退院し、家に戻った。
理恋が母のお腹にいることが分かったのは、それからわずか一ヶ月ほど後の出来事だった。
それは、父が「だいぶ色々あったけど、これから何とかやり直していけたらいい」と思い始めていた頃だったという。
そこまで話したところで、猫型配膳ロボットの気の抜けた声が響いた。
「わっ、猫ちゃんだ」
「…………」
アルハイゼンくんが速やかに動いて皿を全てテーブルに載せていく。彼はどうやらステーキとサラダとポテトを頼んだらしい。いっぱい食べるなあ。
彼はこくりとアイスティーを飲んだ。
「……母親が退院した一ヶ月後に、妹の妊娠が発覚したんだな?」
「うん。……父は、一切心当たりがないんだって」
ガパオライス美味い。そう思わないとやってられないくらいに、事実は私を苦しめる。
どうしてと、当時の母を問い詰められたら良かったのだろうか。
「…………托卵か」
「……うん。妹の遺伝子検査はしてないけど、多分そう」
アルハイゼンくんはステーキを小さく切って口に運んだ。先程から見ていて思ったけど、彼は意外と一口が小さい。もしかしたらマナーに厳しいお家で育ったのかもしれないな。
「妹が生まれてから、父は滅多に家に帰らなくなった。それで、五年前に父から紹介されたのが雪乃さんだよ」
「……五年前」
「うちの妹、ちょっと手がかかるタイプなんだよね。それで母がかなりヒステリックになった時期があって、その時に……」
父も、限界だったのだろう。
托卵までされても離婚をせずに生活費を振り込み続けているのだから、それだけで満足するべきなのかもしれない。
「……君の父親は、君とは定期的に連絡をとっているのか?その雪乃という女性も、君のことを随分と気にかけていたように見えたが」
「うん。父からはよく連絡がくるし、雪乃さんはしょっちゅう父を経由して化粧品とか服をくれるの。女の子だからって」
「なるほどな」
「……好きな人の子供だから憎めないし、世話焼きたくなっちゃうんだって言ってた」
彼はふむ、と顎に手を当てた。
「なら、君のその服は母親が買ったもの、化粧品は不倫相手が買ったものだな」
「えっすごい、よくわかったね」
「君との相性を見ればすぐわかるよ」
アルハイゼンくんは食べ終わった皿を寄せてまたタブレットを取った。追加注文だ。
「あの女性は、今日君に上げた品を「今年の限定色」と言ったな。俺が調べた限り、ディオリビエラは全てイエベ向きのカラーだ」
「え、いつ調べたのそれ」
「君達が話している時に」
そうだ、この人気になったことはすぐ調べるタイプだった。てかアルハイゼンくんの口からイエベとか出てくるのちょっと面白いな。
「ディオリビエラが似合うということは、君はイエベで確定だろう。そしてその女性は、そのことをきちんと理解した上で化粧品を贈っている」
「うん」
「でも、今君が着ているのは黒だ。イエベ春に暗いトーンの色が合わないことを、君について理解のある彼女はよく知っているはず」
イエベ春がバレた……!凄いなこの人、観察力が有り余っててちょっと怖い。
「でも、今君がつけている化粧品はきちんと肌や瞳によく映えているよ。だから先程のような結論に至ったわけだ」
「探偵みたいだね……」
「情報を整理しただけだよ」
なんてことのないように言ってるけど、その「情報の整理」が普通はできないはずなのだ。やっぱり、アルハイゼンくんは物凄く頭が良い。
「アルハイゼンくん、結構お洒落に気を使う方?」
「まあ、人並みにはな」
人並み?????
私は彼の値が張りそうなパーカーを見た。確かスニーカーも結構かっこいいの履いてた気がするし、そういえばヘッドホンも珍しいデザインだった。メンズ服のことはさっぱりわからないけれど、彼はきちんと色合いや生地感を意識してコーディネートをまとめていたように思う。
「……さて、俺はここまで、君のプライベートを根掘り葉掘り聞いたわけだが」
「うん、そうだね」
「平等を期すために、俺のことも話そうと思う」
おお、遂にアルハイゼンくんのプライベートがわかるのか。なんにも知らないから結構気になるな。
私は届いたデザートをとって、テーブルに載せた。アルハイゼンくん、パフェ二個も食べるのね。片方は小さいサイズだけど、にしても量は多いな。
「俺に両親はいない。物心つく前に事故で亡くなって、それからは祖母に育てられた。その祖母も数年前に他界したから、俺は今血縁関係がない身元引受け人と暮らしている」
「えっ」
可愛いパフェを食べながらの爆弾発言に、私はフォークを止めた。
「天涯孤独ってこと?」
「そうだ」
彼はこくりと頷いた。トッピングのミントは食べる派らしい。
「幸い、両親と祖母の遺産が潤沢にあるから生活には困っていない。大学進学もできる」
「あ、良かった……」
「それらにはあまり手をつけたくないから、アルバイトはしているがな」
私達が通う高校は私立ではあるが、「社会経験のため」として申請すればアルバイトをすることが出来る。私も、そのシステムの恩恵に預かっているうちの一人だ。
「どこで働いてるの?」
「パン工場だ」
「あー、あの?キツいって有名なやつ」
「体力さえあればなんとかなるよ。俺は単純作業は苦にならないし、時給がいい。接客もないからストレスも感じない」
「なるほど……」
彼はパフェをひとつ食べ終えた。速い。
話すことを話し、そろそろ帰る雰囲気になってきたことを察知して荷物をまとめる。彼は無表情で伝票を確認し、「結構食べたな」と呟いた。多分、お会計は六千円くらいになっているのではないだろうか。
「やっぱり自分の分くらい出すよ」
「奢ると言ったのは俺だ。持ち合わせもクーポンもあるし、君が気にすることではないよ」
彼はその言葉通り、私に一銭も出させることなく会計を終えた。PayPayでのお支払いだ。
真夏といえど、流石に夜八時をまわれば辺りはすっかり暗くなる。
「家はどこだ?」
「近代文学館の方だよ」
「俺もそっちの方だ。送るよ」
「大丈夫だよ。もう遅いからお家の人心配するし、手間かけちゃうから」
「お家の人が心配するのは君の方だろう。俺はいざとなったら対処出来るくらいの力はあるが、君は女性だ。何かあればひとたまりもない」
ド正論だ。
私は大人しく口を閉じ、負けを認めたことを表すためにひとつ頷いて大人しく家まで送ってもらうことにした。
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