Flavor of Life
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「理津」
「うん」
「あの場にいたのは、君の父とその不倫相手ということで良いだろうか」
「いきなりくるね」
「誤魔化しても意味が無いからな」
タブレットを置いたアルハイゼンくんは、こちらを真っ直ぐ見据えて話を切り出した。
「アルハイゼンくんにもご飯奢ってまで聞きたいことってあるんだ?」
「ああ。君の様子がおかしかったからな」
「それに日頃の君なら、そうやって誤魔化すようなことは言わない」と、彼は小さく呟いた。
「君は穏やかで聡明だ。それが、あの場では目に見えて狼狽し、何かに怯え憤っていた」
「……本当に、よく見てたね」
「君の名を呼ぶ声が聞こえたからな。ちょうど、ヘッドホンのノイズキャンセリング機能をオフにしたタイミングだった」
ヘッドホンそのものにも遮音性はあるはずなのに、雑踏の中の音を聞き分けられたんだ。
随分と耳がいいんだなと思いながら、彼の話に相槌をうつ。
「君は、俺の見解では何か不都合なことが起きてもあまり動揺はしないタイプだ。手を握っても驚きもしなかっただろう」
「いや驚いたよ」
「はじめに少し「え?」と言っただけだ。その後に表情の変化は見られなかった。俺が上半身裸で近くに行っても落ち着いていたしな」
「それは暑くてだいぶぼんやりしてたから……」
「同じ環境にいた隣の女子は騒いでいたぞ」
よく見ている。よく聞いている。そして、それらを細かく記憶している。
彼は周りに興味が無いタイプだとばかり思っていたけれど、これは訂正しなくてはいけないようだ。アルハイゼンくんはこちらの想定以上に様々なことを記憶しているし、それらを繋げて速やかに結論を導き出せる人だ。
「話を進めるが、君はあそこにいた二人の男女を、「お父さん」と「雪乃さん」と呼んだな。母親だけを名前で呼ぶケースは少ないことは俺も知っている」
「……「お母さん」とか呼ばれたくないって母親も一定数いるよ」
「しかし、どう見てもあの女性と君では年が近すぎて母親にしては不自然だ。それに、会話や態度の距離感があまりにも遠すぎる」
花緑青の瞳は、揺らぐことなくこちらを見つめ続けている。きっともう彼は、真相に気づいているのだろう。
「それに、去年の授業参観で来ていた君の母親とあの女性は別人だ」
「え、見てたの?!」
「偶然目に入って覚えていただけだ。参観後に廊下で話していただろう。学年の中で顔見知りと言えるのは君と空くらいだから、細かいことも比較的記憶に残りやすい」
「あー……なるほど」
確かに、彼は去年の五月頃から私と顔は合わせていた。もうその時にはお互いの「図書委員と常連」という関係が確立されていたからだ。
「以上のデータから導き出した結果が、あの雪乃という女性は君の父の不倫相手だというものだ」
とても静かに、アルハイゼンくんは言った。本来はそんなことする人じゃないはずなのに、「君もアイスティーでいいか」なんて言って、ドリンクを注ぎに席を立つ。彼なりに気を使って、私が落ち着く時間を与えようとしてくれているのだろう。
私はその広い背中を見送って、長いため息をついた。
「はい、これ」
「うん、ありがとう」
グラスに注がれたアイスティーを受け取る。彼の分は氷入りだけど、私のは入っていない。冷え性を慮ってのことだろうか。
「……合ってるよ。あそこにいたのは私の実父と、その不倫相手」
ストローに口をつけて口の中を潤して、少し心を整えてから私はそう言った。
「……俺が疑問に思った点はひとつだけだ」
「なあに?もう全部バレてるようなものだし、なんでも答えるよ」
「一般的に、不倫は配偶者や子供から隠れてするものだ。だというのに君の父親は、あの時君に声をかけた」
「それがなんでか知りたいってこと?」
「そうだ」
こちらへの配慮や忖度は一切無い、ストレートな質問。真っ直ぐこちらを見る瞳は純粋な疑問、興味、それに僅かな心配が含まれている。
「……どこから説明したらいい?」
「君が「ここからなら伝わる」と判断した箇所から。家庭の事情を話すのが嫌なら、多少ぼかしても構わない」
「わかった。少し長くなるよ」
私には、アルハイゼンくんなら誰にも言わずに秘めていてくれるという確信があった。
それは彼がこちらに同情するような、優しくて無遠慮な人だからではない。彼が抱く感情や興味が極めて優れた理性由来のもので、ただそれらを満たすためだけに私の話を欲していることがわかるからだ。
息を吸う。店内の喧騒がほんの少しだけ遠ざかって、不明瞭な画質の過去を呼び起こした。
「うん」
「あの場にいたのは、君の父とその不倫相手ということで良いだろうか」
「いきなりくるね」
「誤魔化しても意味が無いからな」
タブレットを置いたアルハイゼンくんは、こちらを真っ直ぐ見据えて話を切り出した。
「アルハイゼンくんにもご飯奢ってまで聞きたいことってあるんだ?」
「ああ。君の様子がおかしかったからな」
「それに日頃の君なら、そうやって誤魔化すようなことは言わない」と、彼は小さく呟いた。
「君は穏やかで聡明だ。それが、あの場では目に見えて狼狽し、何かに怯え憤っていた」
「……本当に、よく見てたね」
「君の名を呼ぶ声が聞こえたからな。ちょうど、ヘッドホンのノイズキャンセリング機能をオフにしたタイミングだった」
ヘッドホンそのものにも遮音性はあるはずなのに、雑踏の中の音を聞き分けられたんだ。
随分と耳がいいんだなと思いながら、彼の話に相槌をうつ。
「君は、俺の見解では何か不都合なことが起きてもあまり動揺はしないタイプだ。手を握っても驚きもしなかっただろう」
「いや驚いたよ」
「はじめに少し「え?」と言っただけだ。その後に表情の変化は見られなかった。俺が上半身裸で近くに行っても落ち着いていたしな」
「それは暑くてだいぶぼんやりしてたから……」
「同じ環境にいた隣の女子は騒いでいたぞ」
よく見ている。よく聞いている。そして、それらを細かく記憶している。
彼は周りに興味が無いタイプだとばかり思っていたけれど、これは訂正しなくてはいけないようだ。アルハイゼンくんはこちらの想定以上に様々なことを記憶しているし、それらを繋げて速やかに結論を導き出せる人だ。
「話を進めるが、君はあそこにいた二人の男女を、「お父さん」と「雪乃さん」と呼んだな。母親だけを名前で呼ぶケースは少ないことは俺も知っている」
「……「お母さん」とか呼ばれたくないって母親も一定数いるよ」
「しかし、どう見てもあの女性と君では年が近すぎて母親にしては不自然だ。それに、会話や態度の距離感があまりにも遠すぎる」
花緑青の瞳は、揺らぐことなくこちらを見つめ続けている。きっともう彼は、真相に気づいているのだろう。
「それに、去年の授業参観で来ていた君の母親とあの女性は別人だ」
「え、見てたの?!」
「偶然目に入って覚えていただけだ。参観後に廊下で話していただろう。学年の中で顔見知りと言えるのは君と空くらいだから、細かいことも比較的記憶に残りやすい」
「あー……なるほど」
確かに、彼は去年の五月頃から私と顔は合わせていた。もうその時にはお互いの「図書委員と常連」という関係が確立されていたからだ。
「以上のデータから導き出した結果が、あの雪乃という女性は君の父の不倫相手だというものだ」
とても静かに、アルハイゼンくんは言った。本来はそんなことする人じゃないはずなのに、「君もアイスティーでいいか」なんて言って、ドリンクを注ぎに席を立つ。彼なりに気を使って、私が落ち着く時間を与えようとしてくれているのだろう。
私はその広い背中を見送って、長いため息をついた。
「はい、これ」
「うん、ありがとう」
グラスに注がれたアイスティーを受け取る。彼の分は氷入りだけど、私のは入っていない。冷え性を慮ってのことだろうか。
「……合ってるよ。あそこにいたのは私の実父と、その不倫相手」
ストローに口をつけて口の中を潤して、少し心を整えてから私はそう言った。
「……俺が疑問に思った点はひとつだけだ」
「なあに?もう全部バレてるようなものだし、なんでも答えるよ」
「一般的に、不倫は配偶者や子供から隠れてするものだ。だというのに君の父親は、あの時君に声をかけた」
「それがなんでか知りたいってこと?」
「そうだ」
こちらへの配慮や忖度は一切無い、ストレートな質問。真っ直ぐこちらを見る瞳は純粋な疑問、興味、それに僅かな心配が含まれている。
「……どこから説明したらいい?」
「君が「ここからなら伝わる」と判断した箇所から。家庭の事情を話すのが嫌なら、多少ぼかしても構わない」
「わかった。少し長くなるよ」
私には、アルハイゼンくんなら誰にも言わずに秘めていてくれるという確信があった。
それは彼がこちらに同情するような、優しくて無遠慮な人だからではない。彼が抱く感情や興味が極めて優れた理性由来のもので、ただそれらを満たすためだけに私の話を欲していることがわかるからだ。
息を吸う。店内の喧騒がほんの少しだけ遠ざかって、不明瞭な画質の過去を呼び起こした。