episode.0 Alhaitham
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棟が男女で別れた学生用宿舎は、異性と研究員の立ち入りを禁止している。
だから翌日やってきた鍵屋と総務部が、堂々と仁王立ちするアルハイゼンを見てぎょっとするのは当然であった。
「あの、なんであなたがここに……」
「ボディーガードだからだ」
「ええ……」
彼らはドン引きしながら無表情の面を見上げる。そのそばに立つ月鈴は申し訳なさそうに「すみません……」と眉根を下げた。
「嫌がらせでこういうことをされたものですから、どうしても怖くなってしまって……。父を経由して、元々親交があるこの方にボディーガードを依頼しているんです」
「ああなるほど、そういうことでしたか」
頼りなさげに小さな手を震わせ、大きな瞳をうるませた如何にも可憐な姿にころりと総務部の中年女性は微笑んだ。これぞ美少女の力だと、アルハイゼンは内心頷く。持てるものは有効活用すべきだ。
月鈴が言ったことは全て真っ赤な嘘である。彼女も彼女の実家もアルハイゼンと親交などなかったし、もちろんボディーガードの契約など結んでいない。これは、アルハイゼンが鍵屋や総務部を監視するための芝居であった。
今のところ全方位を敵とする月鈴に必要なのは抑止力。彼女の魔性とも言える外見に、鍵の交換と事情聴取のためにやってくる者が惑わされないとも言い切れない。
そのために男性である自分が同席し、彼らの動きを牽制する必要があるとアルハイゼンは考えた。
現に鍵屋の方は少し肩を落としている。既に効果アリだ。
「じゃあ、鍵はこれで治りましたので、自分はこれで失礼します」
「はい、ありがとうございました」
工具を下げた男を見送り、月鈴は一応室内に荒らされた形跡がないか確認する。教令院の学生になる程度の者ならばピッキングなど余裕だから、とアルハイゼンが教えておいたからだ。ちなみに当然そんなことはない。
「大丈夫でした」
「そうか。良かったな」
「でもまた同じことをされたらどうしましょう……鍵を何度も交換する羽目になるのは嫌ですし」
「総務部も犯人の特定を急ぐとは言っていたが、信用はならんからな」
アルハイゼンは知っている。月鈴についての噂を広めている女子学生が、先程の総務部の女性の娘であることを。
教令院内に親がいる者と比べれば、異国からの留学生である月鈴の立場は弱いと言わざるを得ない。おまけに悪評はとっくに広められ、今や学内に彼女の味方など皆無に等しい状態だ。
「……鍵を強化します」
「ほう?」
月鈴は溜息をつきながら、新品になった鍵とその穴を覗き込む。「弱いな……」と呟き、眉間を抑えて何かを思案しているようだった。
「君の専攻は言語学だが、他の方面の知識もあるのか?」
アルハイゼンは机の上に置かれた合鍵を見ながら問うた。どうしたって普通の鍵だ。凹凸の数から考えても、セキュリティとしては充分だろう。
「そういえば先輩には言ってませんでしたね。うち、骨董品店なんです」
「骨董品店と鍵の細工に何か関係があるのか?」
「璃月港の玉京台という所で、一応六十七代続いてます。そんなに長いと、やっぱり変わったものが持ち込まれることもしょっちゅうなんですよね」
品のいい仕草や質の良い持ち物から上流階級の娘なのだろうとは思っていたが、まさかそんな老舗の店の子だとは。アーカーシャで検索をかけたら、すぐに彼女の実家は見つかった。高級住宅地の玉京台で長く続く、由緒正しき骨董品店。そしてその家の娘は、とある技能を持っている。
「私はモノの復元、修繕が得意なんです。よく家に持ち込まれた壊れた物を直して遊んでいるうちに、そっち方面の知識も身につきました」
「ほう」
「この部屋の鍵も持てるものをフル活用して改造します。錠前とかの改造もわかるし」
アルハイゼンはそこで、彼女が猛烈に怒っていることに気づいた。駆け込んできた時は目を潤ませて震えていたから、てっきり怯えているばかりだと思っていたのだ。
そんなことは無かった。ブチ切れ寸前のところを抑え込んでいただけだったらしい。
「……もしかして君、自力で鍵を開けられたんじゃないか?」
「いえ、それは無理です」
「どうしてだ?」
「あの時の私の所持品は最低限のモラとレポートと教科書のみでした。時間が早ければ道具を買いにもいけたんでしょうけど、気づいた時点で既に二十一時を回ってましたし」
「なるほどな」
アルハイゼンは頷いた。確かにそれなら仕方ない。
「あと、さすがに嫌がらせとしては度を越してるので、それを学院側に伝える意図もあります。経費関連の書類や鍵屋側のデータに私が鍵の交換を依頼したことと、状態の報告も残るはずですから。いくらあの総務部の女性が首謀者の母親といえど、一介の事務職員に全てを揉み消す力なんてないはず」
「……知っていたのか」
「はい」
月鈴はこくんと頷いて、ベッド下から超大型のトランクを引き摺り出した。重厚な革と金属でできた、古い型のものだ。
「入学してすぐに嫌がらせそのものは始まってたしわかりやすかったから、犯人の特定は楽でした。同じ知論派の新入生の女の子です。その子が周りの子を巻き込んで動いてます」
「必修が被ってるんですよね」と蓋を開けながら溜息を着く。中に入っていたのは大量の様々な形のケースだった。革製のロール型からアタッシュケース型までバリエーション豊かに揃っている。
「それは?」
「これさえあれば基本なんでもいじれるセットです。見てるだけでも楽しいですよ」
小さな手を革手袋で包んだ月鈴が、ロール型のケースを取り出して広げた。中には小さな刃物が二十本近く収まっている。
「……彫刻刀?」
「石材用のやつです」
ゴソゴソと引き出しから出てきたのはやすりだ。
それをそばに置いた彼女は、きゅ、と唇を引き締めた月鈴は、机の上に手を翳して目を瞑った。
「……よし」
机の上にはごろりと一つの石材が転がっている。銀色に鈍く光るそれは、今生み出されたものに違いはない。アルハイゼンは目を丸くして呟いた。
「君、神の目を持っているのか」
「はい。岩元素の目があります」
月鈴はひらりとワンピース型の制服を捲った。慌てて止めようとしたアルハイゼンの視界に、白い太ももに巻かれた無骨なバンドと輝く黄金色が写った。間違いない、神の目だ。
「目立ちすぎるので、普段は隠してるんです」
「そうか。……確かにな」
この容姿で神の目まであるとなっては、彼女に向けられる嫉妬や妬みがさらに苛烈さを増すだろう。にしても、なんでそんなところに隠すのか。もっと他に場所はないのか。
アルハイゼンは彫刻刀と石を手に取った月鈴を見た。すいすいと刃が入り、余分な素材がぽろぽろと落ちていく。いつの間にか下に布が敷かれて、汚れないようになっていた。
「それは何を掘ってるんだ?」
「掘るというより、分けてるって言った方がいいかもしれません。今から削ります」
破片に手を添え、刀を持ち替えて動きを変える。特有の硬い音が響き、風を出さないように座ったアルハイゼンの鼻を沈んだ匂いがついた。
「よし、出来た」
月鈴が掘り出したのは、大量の小さな歯車と容器型の何か、そしてダイヤルだった。
「それは?」
「鍵穴カバーです。実家に持ち込まれた品の中にあったのを真似てみました」
そして工具セットの中からゴーグルを取り出して装着し、ピンセットを持って作りたての部品を組み合わせていく。傍目から見てもわかる繊細な作業だ。
「先輩もお察しの通り私はとても怒っているので、作りも難解にしておきます」
華奢な指先が器具を操り、メカニックな輝きを持つカバーが完成に近づく。ブツブツと「個人識別……」「指の血流を止める……」という物騒な台詞が聞こえてくるのが恐ろしい。
「……触れた者に攻撃でも仕掛けるつもりか?」
「はい。元素攻撃を仕掛けて結晶を指に纏わりつかせてやろうと思ってます」
「なるほどな」
怖い発想をする娘だ。可愛らしく整った顔がケロリとした表情をしているのがなお恐怖を誘う。
「でも鍵を開ける時にちょっと触るとか、そのくらいは大丈夫です。乱暴なことしなければ」
「無理矢理外したり、壊そうとしたりしなければ平気ということか」
「そうです」
月鈴は出来上がった小さな機器をアルハイゼンに見せた。ちょうど鍵穴を覆えそうな、銀色のカバーだ。表面にはダイヤルが四つついている。
「パスは数字じゃないのか」
「はい。字がめちゃくちゃ汚い幼馴染がいるので、その子の字からとりました」
どうりで二十の言語を修めるアルハイゼンでも見たことがない字だったわけだ。個人の造語に近い文字では、いくら知論派の卒業生といえど対応できない。
「これを嵌めて、パスを設定すれば完了です」
また岩元素を使っているらしい。鍵穴の周りをほのかに光らせながら、彼女はそう言った。
「今度同じことしたら指が腐り落ちるようにしてやります」
「……バレないようにな」
「はい」
月鈴は笑った。ちょっと怖いなとアルハイゼンは思った。
だから翌日やってきた鍵屋と総務部が、堂々と仁王立ちするアルハイゼンを見てぎょっとするのは当然であった。
「あの、なんであなたがここに……」
「ボディーガードだからだ」
「ええ……」
彼らはドン引きしながら無表情の面を見上げる。そのそばに立つ月鈴は申し訳なさそうに「すみません……」と眉根を下げた。
「嫌がらせでこういうことをされたものですから、どうしても怖くなってしまって……。父を経由して、元々親交があるこの方にボディーガードを依頼しているんです」
「ああなるほど、そういうことでしたか」
頼りなさげに小さな手を震わせ、大きな瞳をうるませた如何にも可憐な姿にころりと総務部の中年女性は微笑んだ。これぞ美少女の力だと、アルハイゼンは内心頷く。持てるものは有効活用すべきだ。
月鈴が言ったことは全て真っ赤な嘘である。彼女も彼女の実家もアルハイゼンと親交などなかったし、もちろんボディーガードの契約など結んでいない。これは、アルハイゼンが鍵屋や総務部を監視するための芝居であった。
今のところ全方位を敵とする月鈴に必要なのは抑止力。彼女の魔性とも言える外見に、鍵の交換と事情聴取のためにやってくる者が惑わされないとも言い切れない。
そのために男性である自分が同席し、彼らの動きを牽制する必要があるとアルハイゼンは考えた。
現に鍵屋の方は少し肩を落としている。既に効果アリだ。
「じゃあ、鍵はこれで治りましたので、自分はこれで失礼します」
「はい、ありがとうございました」
工具を下げた男を見送り、月鈴は一応室内に荒らされた形跡がないか確認する。教令院の学生になる程度の者ならばピッキングなど余裕だから、とアルハイゼンが教えておいたからだ。ちなみに当然そんなことはない。
「大丈夫でした」
「そうか。良かったな」
「でもまた同じことをされたらどうしましょう……鍵を何度も交換する羽目になるのは嫌ですし」
「総務部も犯人の特定を急ぐとは言っていたが、信用はならんからな」
アルハイゼンは知っている。月鈴についての噂を広めている女子学生が、先程の総務部の女性の娘であることを。
教令院内に親がいる者と比べれば、異国からの留学生である月鈴の立場は弱いと言わざるを得ない。おまけに悪評はとっくに広められ、今や学内に彼女の味方など皆無に等しい状態だ。
「……鍵を強化します」
「ほう?」
月鈴は溜息をつきながら、新品になった鍵とその穴を覗き込む。「弱いな……」と呟き、眉間を抑えて何かを思案しているようだった。
「君の専攻は言語学だが、他の方面の知識もあるのか?」
アルハイゼンは机の上に置かれた合鍵を見ながら問うた。どうしたって普通の鍵だ。凹凸の数から考えても、セキュリティとしては充分だろう。
「そういえば先輩には言ってませんでしたね。うち、骨董品店なんです」
「骨董品店と鍵の細工に何か関係があるのか?」
「璃月港の玉京台という所で、一応六十七代続いてます。そんなに長いと、やっぱり変わったものが持ち込まれることもしょっちゅうなんですよね」
品のいい仕草や質の良い持ち物から上流階級の娘なのだろうとは思っていたが、まさかそんな老舗の店の子だとは。アーカーシャで検索をかけたら、すぐに彼女の実家は見つかった。高級住宅地の玉京台で長く続く、由緒正しき骨董品店。そしてその家の娘は、とある技能を持っている。
「私はモノの復元、修繕が得意なんです。よく家に持ち込まれた壊れた物を直して遊んでいるうちに、そっち方面の知識も身につきました」
「ほう」
「この部屋の鍵も持てるものをフル活用して改造します。錠前とかの改造もわかるし」
アルハイゼンはそこで、彼女が猛烈に怒っていることに気づいた。駆け込んできた時は目を潤ませて震えていたから、てっきり怯えているばかりだと思っていたのだ。
そんなことは無かった。ブチ切れ寸前のところを抑え込んでいただけだったらしい。
「……もしかして君、自力で鍵を開けられたんじゃないか?」
「いえ、それは無理です」
「どうしてだ?」
「あの時の私の所持品は最低限のモラとレポートと教科書のみでした。時間が早ければ道具を買いにもいけたんでしょうけど、気づいた時点で既に二十一時を回ってましたし」
「なるほどな」
アルハイゼンは頷いた。確かにそれなら仕方ない。
「あと、さすがに嫌がらせとしては度を越してるので、それを学院側に伝える意図もあります。経費関連の書類や鍵屋側のデータに私が鍵の交換を依頼したことと、状態の報告も残るはずですから。いくらあの総務部の女性が首謀者の母親といえど、一介の事務職員に全てを揉み消す力なんてないはず」
「……知っていたのか」
「はい」
月鈴はこくんと頷いて、ベッド下から超大型のトランクを引き摺り出した。重厚な革と金属でできた、古い型のものだ。
「入学してすぐに嫌がらせそのものは始まってたしわかりやすかったから、犯人の特定は楽でした。同じ知論派の新入生の女の子です。その子が周りの子を巻き込んで動いてます」
「必修が被ってるんですよね」と蓋を開けながら溜息を着く。中に入っていたのは大量の様々な形のケースだった。革製のロール型からアタッシュケース型までバリエーション豊かに揃っている。
「それは?」
「これさえあれば基本なんでもいじれるセットです。見てるだけでも楽しいですよ」
小さな手を革手袋で包んだ月鈴が、ロール型のケースを取り出して広げた。中には小さな刃物が二十本近く収まっている。
「……彫刻刀?」
「石材用のやつです」
ゴソゴソと引き出しから出てきたのはやすりだ。
それをそばに置いた彼女は、きゅ、と唇を引き締めた月鈴は、机の上に手を翳して目を瞑った。
「……よし」
机の上にはごろりと一つの石材が転がっている。銀色に鈍く光るそれは、今生み出されたものに違いはない。アルハイゼンは目を丸くして呟いた。
「君、神の目を持っているのか」
「はい。岩元素の目があります」
月鈴はひらりとワンピース型の制服を捲った。慌てて止めようとしたアルハイゼンの視界に、白い太ももに巻かれた無骨なバンドと輝く黄金色が写った。間違いない、神の目だ。
「目立ちすぎるので、普段は隠してるんです」
「そうか。……確かにな」
この容姿で神の目まであるとなっては、彼女に向けられる嫉妬や妬みがさらに苛烈さを増すだろう。にしても、なんでそんなところに隠すのか。もっと他に場所はないのか。
アルハイゼンは彫刻刀と石を手に取った月鈴を見た。すいすいと刃が入り、余分な素材がぽろぽろと落ちていく。いつの間にか下に布が敷かれて、汚れないようになっていた。
「それは何を掘ってるんだ?」
「掘るというより、分けてるって言った方がいいかもしれません。今から削ります」
破片に手を添え、刀を持ち替えて動きを変える。特有の硬い音が響き、風を出さないように座ったアルハイゼンの鼻を沈んだ匂いがついた。
「よし、出来た」
月鈴が掘り出したのは、大量の小さな歯車と容器型の何か、そしてダイヤルだった。
「それは?」
「鍵穴カバーです。実家に持ち込まれた品の中にあったのを真似てみました」
そして工具セットの中からゴーグルを取り出して装着し、ピンセットを持って作りたての部品を組み合わせていく。傍目から見てもわかる繊細な作業だ。
「先輩もお察しの通り私はとても怒っているので、作りも難解にしておきます」
華奢な指先が器具を操り、メカニックな輝きを持つカバーが完成に近づく。ブツブツと「個人識別……」「指の血流を止める……」という物騒な台詞が聞こえてくるのが恐ろしい。
「……触れた者に攻撃でも仕掛けるつもりか?」
「はい。元素攻撃を仕掛けて結晶を指に纏わりつかせてやろうと思ってます」
「なるほどな」
怖い発想をする娘だ。可愛らしく整った顔がケロリとした表情をしているのがなお恐怖を誘う。
「でも鍵を開ける時にちょっと触るとか、そのくらいは大丈夫です。乱暴なことしなければ」
「無理矢理外したり、壊そうとしたりしなければ平気ということか」
「そうです」
月鈴は出来上がった小さな機器をアルハイゼンに見せた。ちょうど鍵穴を覆えそうな、銀色のカバーだ。表面にはダイヤルが四つついている。
「パスは数字じゃないのか」
「はい。字がめちゃくちゃ汚い幼馴染がいるので、その子の字からとりました」
どうりで二十の言語を修めるアルハイゼンでも見たことがない字だったわけだ。個人の造語に近い文字では、いくら知論派の卒業生といえど対応できない。
「これを嵌めて、パスを設定すれば完了です」
また岩元素を使っているらしい。鍵穴の周りをほのかに光らせながら、彼女はそう言った。
「今度同じことしたら指が腐り落ちるようにしてやります」
「……バレないようにな」
「はい」
月鈴は笑った。ちょっと怖いなとアルハイゼンは思った。
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