霽れとその先の恋について
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社会科見学という名の遠足まで、あと一週間。
普段なら「だるい」「めんどい」と愚痴を言いがちなクラスメイトも、今回ばかりは浮かれている。
何故なら行き先がディズニーシーだからだ。お土産は何を買うだのカチューシャは何をつけるだのTikTokはどこで撮るだの、教室の至る所で楽しそうな話し合いが行われている。
でも今回の見学は基本的に班行動。仲のいい子が既にいる人はいいものの、ぼっち属性のある人はお荷物のようにどこかのグループに組み込まれる傾向が強い。
「班は六人か……」
黒板に書かれている事項はそれと、「一人でも仲間外れが出たら先生が決めます!」という宣言のみ。
これは非常に重要だ。この時点でクラスの人達には「絶対に教師に決めさせてなるものか」という固い意志が宿っている。
「晶〜一緒に組もう〜」
「いいですよ」
去年から同じクラスの美穂がさっそくやってきた。後ろには話したことのない女の子を二人連れている。確か名前は品川さんと、角野さん。普段クラスの隅で固まって何かを話している二人組だ。
「うちらも一緒でいい?」
「全然ウェルカムです」
「よっしゃありがとう」
「あと二人どうしようね」
「それな〜わりと女子はもう固まってきてない?」
「そんな感じですね。速いなあ」
「じゃあ狙うは男子か。混合でもいいんだよね?」
「むしろ混合推奨だったはず。女子だけだとナンパとかあるからってさ」
「されたことないんだが?」
「される見た目でもないが?」
なかなかみんなノリがいい。これはそんなにギクシャクせずに済むかな、と私も少しほっとした。
「男子……男子ねえ」
「男子も固まり気味だな〜。二人グループなんてもう多分ないよ」
「どうする?」
「……あ」
私はくるりと後ろを向いた。やっぱり、彼は下を向いてじっと座っている。
「ファウストくん」
「……なんだ」
彼が微かに顔を上げた。やや長い髪が頬にかかっている。
「グループ、もう決まりました?」
「いや、まだ」
「ならここに入りませんか?人が足りないんです」
菫色の瞳がぱちりと合う。睫毛が冗談みたいに長い。
「……いいのか?」
「いいですよ。ね?」
私は女の子たちを見た。「全然OK!」「てかマジで顔がいいな」「日本語話せたんだ」等、反応は悪くない。
「なら、入れさせてもらうよ」
「ファウストくんの方は大丈夫ですか?友達と約束してるとか、女子ばっかは気になるとか」
「僕にそんな友達はいないし、家には男は僕しかいない。気にしないよ」
「なら大丈夫ですね。美穂、名前書く紙もらってきてください」
「おけ」
美穂が教卓に向かい、他のメンバーで机を合わせる。このクラスは三十五人なので、私たちが五人の班を組んでも大丈夫らしい。
「持ってきたよ」
「ありがとう。あ、班の名前なんて決めるんだ」
「ねー珍しい。先に名前だけ書いちゃおう」
「そだね」
「紙回すのだるいから晶書いて」
「そういえば真木さん字綺麗だよね」
「去年の書き初め凄かったよね」
「え、覚えてるんですか?」
「凄かったから」
「「文質彬彬」だっけ?かっこよかった」
「それほどでもないですよ」
「いや、私からしてみれば文字書けるだけで尊敬」
「美穂はわりと解読不可能ですしね。二人はなんて書きました?」
「うちらは「推しが尊い」って書いた」
「最高に直接的で好きです」
「うはは」
話しながら紙にそれぞれの名前を書き込んでいく。班長は美穂がやると言ったので「岡本美穂」。その下に「品川千紘」「角野遥」。
「……日本人の名前は、種類が多いんだな」
不意にファウストくんがぽつりと呟いた。
それにみんな目を丸くしつつも、さらさらと喋り出す。
「あー確かに?外国人って名前とか苗字被りがちだよね」
「知り合いとか家族から名前もらったりするんだっけ?」
「日本人も苗字は被ることあるよね。佐藤とか」
「……そうなのか?」
「そだよー」
「佐藤ならこの学年にも何人かいるよね」
「ファウストくんは誰かと名前被ることあるの?ラウィーニアってあんま聞かないけど」
「僕は、名前は祖父からもらった。苗字は今のところ同じ人は家族以外に見た事が無い」
「あ、おじいちゃんから」
「ファウストってなんかそんな名前の話あったよね?かっけー」
「ゲーテのやつですかね」
「そうそれ!真木さん賢い」
「晶でいいですよ」
「ならそう呼ぶわ」
「私のことも千紘でいいよ」
「私も遥でいいよ」
「わかりました!」
「真木晶」まで書いた時、ファウストくんが小さく私に言った。
「僕の名前は僕が書くよ」
「あ、わかりました」
ペンを渡すと、彼は私の名前の下にさらりと「Faust Lavinia」と書きつけた。筆記体だ。
「えっ、すっご」
「かっこよ」
「ドイツすげえ」
「でも読めねえ」
「ラウィーニアってアルファベットで書くとラビニアって書くんだ」
「なんかそんな名前のキャラいたよね?小説に」
「『小公女』の悪役の子ですかね」
「それだ」
「晶詳しいね」
「本は好きなんですよね」
話はスムーズに進んでいく。そして先程少し触れた、班名の話題になった。
「えーどうする?」
「「イケメンと愉快な仲間たち」とかどう?」
「バカじゃん」
「バカで草」
「草ってなんだ?」
「笑いを意味する言葉です。パソコンで「わらい」を打つ時にまずwを打ち込むんですけど、それが子供が描く草に似ていることからそう略されるようになりました」
「なるほど。日本語は略す言葉が多いんだな」
「元は掲示板から生まれたネット用語ですよ」
「ありがとう。勉強になる」
首を傾げたファウストくんに解説をすると、彼は頷いてノートに書き込んだ。ちらりと見えたそれには様々なことが日本語とドイツ語で書かれている。
「晶、基本ずっと敬語だよね。なんで?」
「何となく……?」
「まあファウストくんには美しい日本語を覚えてもらいたいよね。草とかじゃなくて」
「もう二度と言わん」
「いや、色んな言葉を覚えた方がいいから、使って構わないよ。わからないことは調べる」
「ま、真面目だ……」
「真面目なイケメンっているんだな……」
「逆になんでいないと思ってんだよ」
「いや何となく……?」
「ところでファウストくん、イケメンの意味は……?」
「知ってるよ。顔立ちの優れた男性のことだろう」
「おお、知ってた」
「僕は華やかな顔立ちではないから、なんでそう言われるかはわからないけど」
「え」
「え」
「え」
「マジか」
固まる女子たち。さすがに私も目を丸くしていると、ファウストくんは眉をひそめた。
「……僕、なにか変なことでも言ったか?」
本当に班名が「イケメンと愉快な仲間たち」になってしまった用紙を提出し、机を元に戻していると後ろのファウストくんから小さく肩を叩かれた。
「僕のことも、ファウストでいい」
「……わかりました」
隠し事を話すように口元に手を当てる姿が妙に可愛らしくて、私は思わず笑ってそう返した。
普段なら「だるい」「めんどい」と愚痴を言いがちなクラスメイトも、今回ばかりは浮かれている。
何故なら行き先がディズニーシーだからだ。お土産は何を買うだのカチューシャは何をつけるだのTikTokはどこで撮るだの、教室の至る所で楽しそうな話し合いが行われている。
でも今回の見学は基本的に班行動。仲のいい子が既にいる人はいいものの、ぼっち属性のある人はお荷物のようにどこかのグループに組み込まれる傾向が強い。
「班は六人か……」
黒板に書かれている事項はそれと、「一人でも仲間外れが出たら先生が決めます!」という宣言のみ。
これは非常に重要だ。この時点でクラスの人達には「絶対に教師に決めさせてなるものか」という固い意志が宿っている。
「晶〜一緒に組もう〜」
「いいですよ」
去年から同じクラスの美穂がさっそくやってきた。後ろには話したことのない女の子を二人連れている。確か名前は品川さんと、角野さん。普段クラスの隅で固まって何かを話している二人組だ。
「うちらも一緒でいい?」
「全然ウェルカムです」
「よっしゃありがとう」
「あと二人どうしようね」
「それな〜わりと女子はもう固まってきてない?」
「そんな感じですね。速いなあ」
「じゃあ狙うは男子か。混合でもいいんだよね?」
「むしろ混合推奨だったはず。女子だけだとナンパとかあるからってさ」
「されたことないんだが?」
「される見た目でもないが?」
なかなかみんなノリがいい。これはそんなにギクシャクせずに済むかな、と私も少しほっとした。
「男子……男子ねえ」
「男子も固まり気味だな〜。二人グループなんてもう多分ないよ」
「どうする?」
「……あ」
私はくるりと後ろを向いた。やっぱり、彼は下を向いてじっと座っている。
「ファウストくん」
「……なんだ」
彼が微かに顔を上げた。やや長い髪が頬にかかっている。
「グループ、もう決まりました?」
「いや、まだ」
「ならここに入りませんか?人が足りないんです」
菫色の瞳がぱちりと合う。睫毛が冗談みたいに長い。
「……いいのか?」
「いいですよ。ね?」
私は女の子たちを見た。「全然OK!」「てかマジで顔がいいな」「日本語話せたんだ」等、反応は悪くない。
「なら、入れさせてもらうよ」
「ファウストくんの方は大丈夫ですか?友達と約束してるとか、女子ばっかは気になるとか」
「僕にそんな友達はいないし、家には男は僕しかいない。気にしないよ」
「なら大丈夫ですね。美穂、名前書く紙もらってきてください」
「おけ」
美穂が教卓に向かい、他のメンバーで机を合わせる。このクラスは三十五人なので、私たちが五人の班を組んでも大丈夫らしい。
「持ってきたよ」
「ありがとう。あ、班の名前なんて決めるんだ」
「ねー珍しい。先に名前だけ書いちゃおう」
「そだね」
「紙回すのだるいから晶書いて」
「そういえば真木さん字綺麗だよね」
「去年の書き初め凄かったよね」
「え、覚えてるんですか?」
「凄かったから」
「「文質彬彬」だっけ?かっこよかった」
「それほどでもないですよ」
「いや、私からしてみれば文字書けるだけで尊敬」
「美穂はわりと解読不可能ですしね。二人はなんて書きました?」
「うちらは「推しが尊い」って書いた」
「最高に直接的で好きです」
「うはは」
話しながら紙にそれぞれの名前を書き込んでいく。班長は美穂がやると言ったので「岡本美穂」。その下に「品川千紘」「角野遥」。
「……日本人の名前は、種類が多いんだな」
不意にファウストくんがぽつりと呟いた。
それにみんな目を丸くしつつも、さらさらと喋り出す。
「あー確かに?外国人って名前とか苗字被りがちだよね」
「知り合いとか家族から名前もらったりするんだっけ?」
「日本人も苗字は被ることあるよね。佐藤とか」
「……そうなのか?」
「そだよー」
「佐藤ならこの学年にも何人かいるよね」
「ファウストくんは誰かと名前被ることあるの?ラウィーニアってあんま聞かないけど」
「僕は、名前は祖父からもらった。苗字は今のところ同じ人は家族以外に見た事が無い」
「あ、おじいちゃんから」
「ファウストってなんかそんな名前の話あったよね?かっけー」
「ゲーテのやつですかね」
「そうそれ!真木さん賢い」
「晶でいいですよ」
「ならそう呼ぶわ」
「私のことも千紘でいいよ」
「私も遥でいいよ」
「わかりました!」
「真木晶」まで書いた時、ファウストくんが小さく私に言った。
「僕の名前は僕が書くよ」
「あ、わかりました」
ペンを渡すと、彼は私の名前の下にさらりと「Faust Lavinia」と書きつけた。筆記体だ。
「えっ、すっご」
「かっこよ」
「ドイツすげえ」
「でも読めねえ」
「ラウィーニアってアルファベットで書くとラビニアって書くんだ」
「なんかそんな名前のキャラいたよね?小説に」
「『小公女』の悪役の子ですかね」
「それだ」
「晶詳しいね」
「本は好きなんですよね」
話はスムーズに進んでいく。そして先程少し触れた、班名の話題になった。
「えーどうする?」
「「イケメンと愉快な仲間たち」とかどう?」
「バカじゃん」
「バカで草」
「草ってなんだ?」
「笑いを意味する言葉です。パソコンで「わらい」を打つ時にまずwを打ち込むんですけど、それが子供が描く草に似ていることからそう略されるようになりました」
「なるほど。日本語は略す言葉が多いんだな」
「元は掲示板から生まれたネット用語ですよ」
「ありがとう。勉強になる」
首を傾げたファウストくんに解説をすると、彼は頷いてノートに書き込んだ。ちらりと見えたそれには様々なことが日本語とドイツ語で書かれている。
「晶、基本ずっと敬語だよね。なんで?」
「何となく……?」
「まあファウストくんには美しい日本語を覚えてもらいたいよね。草とかじゃなくて」
「もう二度と言わん」
「いや、色んな言葉を覚えた方がいいから、使って構わないよ。わからないことは調べる」
「ま、真面目だ……」
「真面目なイケメンっているんだな……」
「逆になんでいないと思ってんだよ」
「いや何となく……?」
「ところでファウストくん、イケメンの意味は……?」
「知ってるよ。顔立ちの優れた男性のことだろう」
「おお、知ってた」
「僕は華やかな顔立ちではないから、なんでそう言われるかはわからないけど」
「え」
「え」
「え」
「マジか」
固まる女子たち。さすがに私も目を丸くしていると、ファウストくんは眉をひそめた。
「……僕、なにか変なことでも言ったか?」
本当に班名が「イケメンと愉快な仲間たち」になってしまった用紙を提出し、机を元に戻していると後ろのファウストくんから小さく肩を叩かれた。
「僕のことも、ファウストでいい」
「……わかりました」
隠し事を話すように口元に手を当てる姿が妙に可愛らしくて、私は思わず笑ってそう返した。