君のいる春を手放せない
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この世界のお葬式は、花を山ほど使う。
まず棺桶に敷きつめる分、最近その習慣ができた遺影を飾る分、その他葬式のプランや習慣によっても様々。
でもまあ基本的にお花を大量に消費して、故人を華やかに見送ることがほとんどだ。ちなみにこちらでの仏花は白百合一択。
元いた世界でもこちらの世界でも、百合というのは高い花で。まあつまり、葬式の案件が入ると花屋も儲かるのだ。
葬式の仕事のために、私は東の国にきていた。
優しいけど厳格で、その柔和さを人に強いることで息苦しくさせるこの街。
雨の街の葬式はしめやかに、それでも多量の白百合を用いて行われた。
亡くなったのはリサという幼い少女だった。朗らかで優しい子だったものの体が弱く、とうとう七歳まで持たなかったと、そのご両親は泣きながら話してくれた。
私を呼んだのは、花が好きだった彼女がずっと店に来たがっていたからだという。精霊のお花屋さんに花を選んでほしいと、病床で言い続けていたらしい。
だから今回、私は白百合と別の花も持ってきている。
我が店の精霊たちが旅立つ幼子のために選んだのは、薄紫のハナニラだった。
花言葉は「別れの悲しみ」。元の世界では春先にそこら辺でお目にかかれる花だが、こちらでは何故か全然見かけない。
精霊たちも来てほしかったんだろうなと感じるセレクトのそれを見せると、ご両親は泣きながら言った。
「手に持たせてあげてください」と。
私はその地域の習慣に従って大量のハナニラを白と黒と薄紫のリボンで束ね、一晩遠くなった月の光に晒し、亡くなった時間と同じ午後二時にその小さな両手に供えた。
本当に小さな、小さな女の子。一週間後に七歳の誕生日が控えていた。それなのにそうとは思えないくらいに幼くて小さくて、痩せこけている。
人はこうして死んでいくのだ。どんなに愛そうと求めようと、時は平等に流れて命を刈り取っていく。
その運命から引き剥がされたのは、私だけだ。
魔法使いすら、いつかは死ねるのに。
「…… 晶様は、精霊なんですよね」
「ええ、はい」
「民を救うために御魂を『大いなる厄災』に差し出したと伺いました」
「はい」
民を救うためというか目の前の魔法使いを泣かせたくなかったからだし、御魂なんて言われるほど大した魂でもないけども。
「うちの娘も……リサも、精霊になれば生きられたのでしょうか」
それは、幼い我が子を亡くした両親の悲鳴だった。
こんなに早く逝くくらいなら、永遠の命を生きてほしい。正常な親なら願うことなのかもしれない。だって彼らは、「永遠」という言葉がもたらす呪いを知らないから。
「……精霊として魂を再構築されてしまえば、確かに永遠に生きることになります」
「なら……」
「でも」
私は続ける。呪いを知らぬ、人であれる彼らに。
「永遠は、気が狂うほど長いから。世界が終わる瞬間まで、愛も恋も友情も全てを手放す側として生きるなんて、生まれた瞬間に死ぬことよりも苦しいのかもしれません」
脳裏に浮かぶのは、「僕のせいだ」と全てを背負おうとする魔法使い。違うの、あなたのせいじゃないの。私が弱いから、私があの瞬間に笑ったから、私が、あなたの差し出した手に縋ってしまったから。
「…… 晶様も、辛いと思うことがおありですか」
「…………いえ」
弱音は吐かないようにしている。私の中のあの人が、自分を責めないように。本当に真面目な人だから、私が少しでも弱ればまた彼は傷ついてしまう。
「まだ二百年少ししか生きていないので」
「そうなのですか」
人間にとっては、私も既に歴史上の人物。そもそも二百年という年月を「しか」で表現することが慣れないのだろう。
「では、私はこれで失礼します。……お嬢様のご冥福をお祈りします」
「はい。ありがとうございました」
式場の外に出ると、雨が静かに降っていた。
「……傘、どこにやったっけな」
花が無くなって最低限の服や日用品だけになってしまったトランクの取っ手を握る。黒い喪服は、霧をよく吸い、じっとりと重い。
この世界では土葬が主流だ。あの小さな女の子と共に、ハナニラも白百合も朽ち果てる。
葬式は、死んだ者に、死にかけの花を贈るのだ。
逝く魂が孤独でないようにと、願いを込めて。
「…… 晶」
小糠雨に水仙が咲いた。
ネール・カラーにタックのとられた胸元とビショップ・スリーブが華やかな漆黒のシャツに、スリムなシルエットのスラックス。ウエストを入れているから、細い腰と長い脚がよく目立つ。
ストレートチップの革靴がコツコツと石畳に当たって音を奏でた。夜闇の色のショールとオリーブブラウンの癖毛が揺れて、私の前で静止する。
いつだって輝いているアメジストが、酷く心配そうにこちらを覗き込んだ。
「…… 晶、大丈夫か?」
「………………ファウスト」
ようやく出た声は悲しいほどに掠れていた。花と一緒に朽ちたのかもしれない。
「喪服を着ているが、葬式か?」
「はい。……仕事で」
「ああ……」
彼は納得いったように頷いた。花屋にとっては葬式は実入りがいい仕事なのだと、前に話したから。
「なにか、悲しいことでもあったのか?」
「……お葬式ですから」
「何度もきみは葬式の仕事をこなしているけど、ここまで心が崩れることはなかったよ」
「崩れ……?」
「この雨は、きみが降らせているものだ。正確には、君に同調した精霊が」
気づけば頭の上で黒い傘が雨を遮っていた。その柄は目の前のファウストが握っている。
「……穢れが見える。死者に同調したな」
彼は眉をひそめた。聞き慣れた呪文が耳を擽る。傘のせいか、それはいつもより低く、優しく聞こえた。
「そのままで中央の国に帰るのはまずい。……家に、来ないか」
恐る恐るといった感じでファウストは言葉を紡ぐ。
「きみのそれは少し厄介だ。死者と場の念が心に入り込みすぎないうちに浄化しないと」
少し身をかがめて、こちらを伺うような顔で彼は言った。
「今かけた魔法は気休めだ。僕の家なら専門の道具もあるし、きみにもし何かあっても対応できる。きみのことを考えるなら、それが一番だ」
少し早口だ。色白の頬は桜のように染まり、傘を差し掛ける手の関節は白い。
「本来、きみは精霊が多いところの方が体に合うようになってるんだよ。……魂がそうだから」
街が霞む。いつの間にか雨は強くなっていた。
「……行きます」
「いい子だ。ほら、後ろに乗って」
辺りに桜色の靄がかかる。目眩しだ。
箒でのタンデムは未だに慣れない。
バランスをとるのが意外と難しいし、まず足が地面から離れる感覚が怖い。下なんて見てしまえば訪れるのは最高の恐怖だ。
それでも吹き抜ける風は気持ちいいし、混じる香りはとても落ち着く。このままその背に縋って泣くことができたら、どれだけ幸せだろう。
それでも現実は、その細い腰に手を控えめに回すだけ。確かな体温と少し早い心音が無性に涙を誘うけど、私はそれをこらえるために唇を噛む。
「寒くないか」
「全然」
「嘘をつけ。震えてる」
やさしいひと。裏切られて燃やされても、傷ついても死にかけても、すべてを見捨てることが出来ない、まじめなひと。
いつまで私は彼に甘えるんだろう。いつかは、この人だって死んでしまうのに。
「……ファウスト」
「なに?」
「なんで私があそこにいるって分かったんですか?」
「精霊が騒いだ」
「精霊が?」
「この世界の全ての精霊は、きみを深く愛している。だから、きみが自分たちの土地に来ると嬉しくて大騒ぎするんだ」
「……照れますね」
「それで、僕のところの精霊たちがあまりにも騒ぐものだから、こうして迎えにきたんだ。……さすがに、穢れを連れているとは思わなかったが」
「迷惑でしたか?」
「いや、全然。むしろ嬉しいよ」
耳が赤い。上空は冷たいけど、彼の魔法で暖かいはずなのに。
「……何か言ってくれ」
「あはは」
雨は止んでいる。
箒は谷を目指して、静かに下降を始めた。
まず棺桶に敷きつめる分、最近その習慣ができた遺影を飾る分、その他葬式のプランや習慣によっても様々。
でもまあ基本的にお花を大量に消費して、故人を華やかに見送ることがほとんどだ。ちなみにこちらでの仏花は白百合一択。
元いた世界でもこちらの世界でも、百合というのは高い花で。まあつまり、葬式の案件が入ると花屋も儲かるのだ。
葬式の仕事のために、私は東の国にきていた。
優しいけど厳格で、その柔和さを人に強いることで息苦しくさせるこの街。
雨の街の葬式はしめやかに、それでも多量の白百合を用いて行われた。
亡くなったのはリサという幼い少女だった。朗らかで優しい子だったものの体が弱く、とうとう七歳まで持たなかったと、そのご両親は泣きながら話してくれた。
私を呼んだのは、花が好きだった彼女がずっと店に来たがっていたからだという。精霊のお花屋さんに花を選んでほしいと、病床で言い続けていたらしい。
だから今回、私は白百合と別の花も持ってきている。
我が店の精霊たちが旅立つ幼子のために選んだのは、薄紫のハナニラだった。
花言葉は「別れの悲しみ」。元の世界では春先にそこら辺でお目にかかれる花だが、こちらでは何故か全然見かけない。
精霊たちも来てほしかったんだろうなと感じるセレクトのそれを見せると、ご両親は泣きながら言った。
「手に持たせてあげてください」と。
私はその地域の習慣に従って大量のハナニラを白と黒と薄紫のリボンで束ね、一晩遠くなった月の光に晒し、亡くなった時間と同じ午後二時にその小さな両手に供えた。
本当に小さな、小さな女の子。一週間後に七歳の誕生日が控えていた。それなのにそうとは思えないくらいに幼くて小さくて、痩せこけている。
人はこうして死んでいくのだ。どんなに愛そうと求めようと、時は平等に流れて命を刈り取っていく。
その運命から引き剥がされたのは、私だけだ。
魔法使いすら、いつかは死ねるのに。
「…… 晶様は、精霊なんですよね」
「ええ、はい」
「民を救うために御魂を『大いなる厄災』に差し出したと伺いました」
「はい」
民を救うためというか目の前の魔法使いを泣かせたくなかったからだし、御魂なんて言われるほど大した魂でもないけども。
「うちの娘も……リサも、精霊になれば生きられたのでしょうか」
それは、幼い我が子を亡くした両親の悲鳴だった。
こんなに早く逝くくらいなら、永遠の命を生きてほしい。正常な親なら願うことなのかもしれない。だって彼らは、「永遠」という言葉がもたらす呪いを知らないから。
「……精霊として魂を再構築されてしまえば、確かに永遠に生きることになります」
「なら……」
「でも」
私は続ける。呪いを知らぬ、人であれる彼らに。
「永遠は、気が狂うほど長いから。世界が終わる瞬間まで、愛も恋も友情も全てを手放す側として生きるなんて、生まれた瞬間に死ぬことよりも苦しいのかもしれません」
脳裏に浮かぶのは、「僕のせいだ」と全てを背負おうとする魔法使い。違うの、あなたのせいじゃないの。私が弱いから、私があの瞬間に笑ったから、私が、あなたの差し出した手に縋ってしまったから。
「…… 晶様も、辛いと思うことがおありですか」
「…………いえ」
弱音は吐かないようにしている。私の中のあの人が、自分を責めないように。本当に真面目な人だから、私が少しでも弱ればまた彼は傷ついてしまう。
「まだ二百年少ししか生きていないので」
「そうなのですか」
人間にとっては、私も既に歴史上の人物。そもそも二百年という年月を「しか」で表現することが慣れないのだろう。
「では、私はこれで失礼します。……お嬢様のご冥福をお祈りします」
「はい。ありがとうございました」
式場の外に出ると、雨が静かに降っていた。
「……傘、どこにやったっけな」
花が無くなって最低限の服や日用品だけになってしまったトランクの取っ手を握る。黒い喪服は、霧をよく吸い、じっとりと重い。
この世界では土葬が主流だ。あの小さな女の子と共に、ハナニラも白百合も朽ち果てる。
葬式は、死んだ者に、死にかけの花を贈るのだ。
逝く魂が孤独でないようにと、願いを込めて。
「…… 晶」
小糠雨に水仙が咲いた。
ネール・カラーにタックのとられた胸元とビショップ・スリーブが華やかな漆黒のシャツに、スリムなシルエットのスラックス。ウエストを入れているから、細い腰と長い脚がよく目立つ。
ストレートチップの革靴がコツコツと石畳に当たって音を奏でた。夜闇の色のショールとオリーブブラウンの癖毛が揺れて、私の前で静止する。
いつだって輝いているアメジストが、酷く心配そうにこちらを覗き込んだ。
「…… 晶、大丈夫か?」
「………………ファウスト」
ようやく出た声は悲しいほどに掠れていた。花と一緒に朽ちたのかもしれない。
「喪服を着ているが、葬式か?」
「はい。……仕事で」
「ああ……」
彼は納得いったように頷いた。花屋にとっては葬式は実入りがいい仕事なのだと、前に話したから。
「なにか、悲しいことでもあったのか?」
「……お葬式ですから」
「何度もきみは葬式の仕事をこなしているけど、ここまで心が崩れることはなかったよ」
「崩れ……?」
「この雨は、きみが降らせているものだ。正確には、君に同調した精霊が」
気づけば頭の上で黒い傘が雨を遮っていた。その柄は目の前のファウストが握っている。
「……穢れが見える。死者に同調したな」
彼は眉をひそめた。聞き慣れた呪文が耳を擽る。傘のせいか、それはいつもより低く、優しく聞こえた。
「そのままで中央の国に帰るのはまずい。……家に、来ないか」
恐る恐るといった感じでファウストは言葉を紡ぐ。
「きみのそれは少し厄介だ。死者と場の念が心に入り込みすぎないうちに浄化しないと」
少し身をかがめて、こちらを伺うような顔で彼は言った。
「今かけた魔法は気休めだ。僕の家なら専門の道具もあるし、きみにもし何かあっても対応できる。きみのことを考えるなら、それが一番だ」
少し早口だ。色白の頬は桜のように染まり、傘を差し掛ける手の関節は白い。
「本来、きみは精霊が多いところの方が体に合うようになってるんだよ。……魂がそうだから」
街が霞む。いつの間にか雨は強くなっていた。
「……行きます」
「いい子だ。ほら、後ろに乗って」
辺りに桜色の靄がかかる。目眩しだ。
箒でのタンデムは未だに慣れない。
バランスをとるのが意外と難しいし、まず足が地面から離れる感覚が怖い。下なんて見てしまえば訪れるのは最高の恐怖だ。
それでも吹き抜ける風は気持ちいいし、混じる香りはとても落ち着く。このままその背に縋って泣くことができたら、どれだけ幸せだろう。
それでも現実は、その細い腰に手を控えめに回すだけ。確かな体温と少し早い心音が無性に涙を誘うけど、私はそれをこらえるために唇を噛む。
「寒くないか」
「全然」
「嘘をつけ。震えてる」
やさしいひと。裏切られて燃やされても、傷ついても死にかけても、すべてを見捨てることが出来ない、まじめなひと。
いつまで私は彼に甘えるんだろう。いつかは、この人だって死んでしまうのに。
「……ファウスト」
「なに?」
「なんで私があそこにいるって分かったんですか?」
「精霊が騒いだ」
「精霊が?」
「この世界の全ての精霊は、きみを深く愛している。だから、きみが自分たちの土地に来ると嬉しくて大騒ぎするんだ」
「……照れますね」
「それで、僕のところの精霊たちがあまりにも騒ぐものだから、こうして迎えにきたんだ。……さすがに、穢れを連れているとは思わなかったが」
「迷惑でしたか?」
「いや、全然。むしろ嬉しいよ」
耳が赤い。上空は冷たいけど、彼の魔法で暖かいはずなのに。
「……何か言ってくれ」
「あはは」
雨は止んでいる。
箒は谷を目指して、静かに下降を始めた。