君のいる春を手放せない
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花を買う理由は人によって様々だ。
自宅の窓辺を飾るため。お世話になった誰かのため。親しい友人の誕生を祝うため。
二百年もやってればそりゃ色々な理由を聞く。その度に私は彼らの願いに頷き、相応しい花と共に送り出してきた。
その中には、当然こういう人も来る。
「告白ですか」
「はい」
その青年は強く頷いた。亜麻色の髪に明るいグリーンの瞳、頬に散ったそばかすが素朴な印象を与える人だ。
「相手は幼馴染なんです。ずっと、きっと生まれた時から好きでした」
「素敵ですね」
それほど強い想いなのだろう。彼の手は微かに震えて、声は頼りなく揺れている。
「どのような花をご希望ですか?」
「見たら明るくなるような、そんな花がいいんです。あの子はずっと、僕にとってそうだった」
財布の中から彼は一枚の写真を取りだした。「こんな子です」と、私に差し出す。
「拝見します」
「はい」
写真技術は、今から約50年ほど前に出てきたものだった。
私が人間だった頃のこの世界では肖像画が主流だったけど、今やすっかりそれも廃れてしまっている。この近くにも、写真屋さんが数件あったはずだ。
そして、『賢者とその魔法使い達』は連作の肖像画として高い評価を受けて、グランウェル城に展示されている。
「可愛らしいお嬢さんですね」
「ええ。かわいいんです、本当に」
彼は頷いた。ああ本当に好きなんだな、と、はっきり分かる仕草だ。
写真に写った彼女は、とても幸せそうな笑顔を浮かべている。強い癖のある髪に、垂れた目じりが特徴的だった。愛されて、きっと愛して、そうして生きていく女の子。
私が喉から手が出るほど欲しくて、でも手が届かずに諦めて背を向けた温もりだ。
「ステラといいます。料理が上手くて、手先が器用な子なんです」
「そうなんですね」
料理なら、私も得意だ。手先の器用さも、多分平均のレベルは大きく超えているはず。はっきり言えば顔も私の方が可愛いし、手入れだって行き届いてる。
こんなことを思うから、私は幸せになれないのだ。幸福に必要なのは、マウンティングや弱い心を何重にも覆う鎧じゃない。大切だと思える人の前で、素直に笑える強さだけだ。
そんなこと二百年前からわかっているのに、どうしたって私は駄目で。内側の内側に閉じこもって、明るい陽射しに石を投げることしか出来ない。
私の周りの空気が動く。花や風に宿る精霊が、私の機嫌を察知したのだ。
まずい。切り替えないと、目の前のこの人が土地に嫌われてしまう。
息を大きく吸った。花がざわめき、香りが髪を揺らす。
目を瞑って、写真の女性と目の前の男性の幸せな姿を思い浮かべた。好きな人に対して向ける笑顔を、互いに向かって浮かべる光景。強く清らかで、八重咲きの山吹の花びらのような優しい想いをラッピングして贈るなら、そう、こんな花がいい。
私の手に舞い込んできたのは、十一本のひまわりだった。単体での花言葉は「あなただけを見つめる」や「愛慕」、そしてそれが十一本集まると「最愛」となる。
「すごい……」
彼は手をぱちぱちと叩いた。
「あの噂、本当だったんだ……」
「噂?」
「はい。ここは「賢者の精霊のお花屋さん」だって」
「ああ……」
花屋をやるようになって十年目くらいから流れるようになった話だ。「あそこのお花屋さんの店主さんは元賢者で、精霊の力を使ってぴったりのお花を見繕ってくれる」。
大正解だ。私は元賢者で、周りに棲む精霊達の力を借りて花を選ぶ。
「村から出てきた甲斐がありました!ありがとうございます!」
「いえ……」
包むペーパーとリボンの色を指定してもらい、お好みの長さに茎をカット。乾きにくいよう、枯れにくいように願いを込めて、切り口を包む。
そしてそれを巻いて、リボンとテープで止めて完成。
「四千エンになります」
「あ、はい!」
慌てて彼が財布を出した。使い込まれているといえば聞こえはいいが、そろそろ買い替えを勧めたいくらいにはボロボロだ。
きっとこの人は、辺境の村から来たんだろう。服装は農着だし、きっとそんなにお金に余裕もない。
それなのに、わざわざ列車に乗ってここに来たのだ。一等地にある、わりと高い部類に入るこの店に。
愛する人に、想いを伝えるために。
旅費も花の代金も馬鹿にならない。でも、そうまでするほどに好きな人がいるのだ。
羨ましいな、と思う。
私はもう、誰も愛せない。愛されない。
ここでずっとずっとずっと、永遠に花屋を営み続けるのだ。いつか世界が終わる、その瞬間まで。
何億年先かも分からない遠い未来を、永遠に。
「ありがとうございました」
最後に花束を彼に渡して、私の仕事は完了。手塩にかけて育てたひまわりは、きっと彼の愛に色を添えてくれるはずだ。
「……はあ」
久し振りに泣きたくなってきた。あの恋は、私にとってあまりにも眩しすぎたのだ。
なんで私にはあれがないんだろう。特段悪いことをしているわけでも、誰かを傷つけた覚えもないけど。そういう星の元に生まれたと諦めても、どうしたって悲しいな。みんなみんな、幸せそうで。
私はいつだってそうだった。愛されたくて愛されたくて仕方がなかったのに、手を伸ばせば裏切られて捨てられて。そうして笑うことも愛することもやめて、人の声に背を向けて、信じないように期待しないように。
そんなだから、この店にはファウスト以外の元賢者の魔法使いは寄り付かない。興味が無いのだ。彼らを放置し、ひたすら紙面上の指示だけを出し続けた私なんかに。
私の種族を変えてでも生かしてしまったと責任を感じているらしいファウストだけが、わざわざここに来てくれている。
でも、彼もいつかは亡くなるのだ。魔法使いとて不死身ではないから。
そうしたら私は誰かとの繋がりが消えたまま、この世界で永遠を吸い続けることになって。
そして今は、生真面目な彼の第二水曜日を刈り取って、その香りだけで生きている。
「……駄目だ」
店を閉めるまでにはまだ時間があるのに、もうすっかり気分が沈みこんでしまった。
「水飲も……」
二階に戻って水を取り出そうとすると、隣に置いてあったエルダーフラワーシロップの瓶が輝いている。これはファウストが作って定期的に届けてくれるものだった。
「……甘いものでも飲めば気分も上がるって?」
ざわざわ。ちりんちりん。くすくすくす。
「……そうだね。ありがとう」
精霊は好きだ。いつだって、私に優しいから。
仕上がったエルダーフラワージュースには、白い花弁が入れられていた。
自宅の窓辺を飾るため。お世話になった誰かのため。親しい友人の誕生を祝うため。
二百年もやってればそりゃ色々な理由を聞く。その度に私は彼らの願いに頷き、相応しい花と共に送り出してきた。
その中には、当然こういう人も来る。
「告白ですか」
「はい」
その青年は強く頷いた。亜麻色の髪に明るいグリーンの瞳、頬に散ったそばかすが素朴な印象を与える人だ。
「相手は幼馴染なんです。ずっと、きっと生まれた時から好きでした」
「素敵ですね」
それほど強い想いなのだろう。彼の手は微かに震えて、声は頼りなく揺れている。
「どのような花をご希望ですか?」
「見たら明るくなるような、そんな花がいいんです。あの子はずっと、僕にとってそうだった」
財布の中から彼は一枚の写真を取りだした。「こんな子です」と、私に差し出す。
「拝見します」
「はい」
写真技術は、今から約50年ほど前に出てきたものだった。
私が人間だった頃のこの世界では肖像画が主流だったけど、今やすっかりそれも廃れてしまっている。この近くにも、写真屋さんが数件あったはずだ。
そして、『賢者とその魔法使い達』は連作の肖像画として高い評価を受けて、グランウェル城に展示されている。
「可愛らしいお嬢さんですね」
「ええ。かわいいんです、本当に」
彼は頷いた。ああ本当に好きなんだな、と、はっきり分かる仕草だ。
写真に写った彼女は、とても幸せそうな笑顔を浮かべている。強い癖のある髪に、垂れた目じりが特徴的だった。愛されて、きっと愛して、そうして生きていく女の子。
私が喉から手が出るほど欲しくて、でも手が届かずに諦めて背を向けた温もりだ。
「ステラといいます。料理が上手くて、手先が器用な子なんです」
「そうなんですね」
料理なら、私も得意だ。手先の器用さも、多分平均のレベルは大きく超えているはず。はっきり言えば顔も私の方が可愛いし、手入れだって行き届いてる。
こんなことを思うから、私は幸せになれないのだ。幸福に必要なのは、マウンティングや弱い心を何重にも覆う鎧じゃない。大切だと思える人の前で、素直に笑える強さだけだ。
そんなこと二百年前からわかっているのに、どうしたって私は駄目で。内側の内側に閉じこもって、明るい陽射しに石を投げることしか出来ない。
私の周りの空気が動く。花や風に宿る精霊が、私の機嫌を察知したのだ。
まずい。切り替えないと、目の前のこの人が土地に嫌われてしまう。
息を大きく吸った。花がざわめき、香りが髪を揺らす。
目を瞑って、写真の女性と目の前の男性の幸せな姿を思い浮かべた。好きな人に対して向ける笑顔を、互いに向かって浮かべる光景。強く清らかで、八重咲きの山吹の花びらのような優しい想いをラッピングして贈るなら、そう、こんな花がいい。
私の手に舞い込んできたのは、十一本のひまわりだった。単体での花言葉は「あなただけを見つめる」や「愛慕」、そしてそれが十一本集まると「最愛」となる。
「すごい……」
彼は手をぱちぱちと叩いた。
「あの噂、本当だったんだ……」
「噂?」
「はい。ここは「賢者の精霊のお花屋さん」だって」
「ああ……」
花屋をやるようになって十年目くらいから流れるようになった話だ。「あそこのお花屋さんの店主さんは元賢者で、精霊の力を使ってぴったりのお花を見繕ってくれる」。
大正解だ。私は元賢者で、周りに棲む精霊達の力を借りて花を選ぶ。
「村から出てきた甲斐がありました!ありがとうございます!」
「いえ……」
包むペーパーとリボンの色を指定してもらい、お好みの長さに茎をカット。乾きにくいよう、枯れにくいように願いを込めて、切り口を包む。
そしてそれを巻いて、リボンとテープで止めて完成。
「四千エンになります」
「あ、はい!」
慌てて彼が財布を出した。使い込まれているといえば聞こえはいいが、そろそろ買い替えを勧めたいくらいにはボロボロだ。
きっとこの人は、辺境の村から来たんだろう。服装は農着だし、きっとそんなにお金に余裕もない。
それなのに、わざわざ列車に乗ってここに来たのだ。一等地にある、わりと高い部類に入るこの店に。
愛する人に、想いを伝えるために。
旅費も花の代金も馬鹿にならない。でも、そうまでするほどに好きな人がいるのだ。
羨ましいな、と思う。
私はもう、誰も愛せない。愛されない。
ここでずっとずっとずっと、永遠に花屋を営み続けるのだ。いつか世界が終わる、その瞬間まで。
何億年先かも分からない遠い未来を、永遠に。
「ありがとうございました」
最後に花束を彼に渡して、私の仕事は完了。手塩にかけて育てたひまわりは、きっと彼の愛に色を添えてくれるはずだ。
「……はあ」
久し振りに泣きたくなってきた。あの恋は、私にとってあまりにも眩しすぎたのだ。
なんで私にはあれがないんだろう。特段悪いことをしているわけでも、誰かを傷つけた覚えもないけど。そういう星の元に生まれたと諦めても、どうしたって悲しいな。みんなみんな、幸せそうで。
私はいつだってそうだった。愛されたくて愛されたくて仕方がなかったのに、手を伸ばせば裏切られて捨てられて。そうして笑うことも愛することもやめて、人の声に背を向けて、信じないように期待しないように。
そんなだから、この店にはファウスト以外の元賢者の魔法使いは寄り付かない。興味が無いのだ。彼らを放置し、ひたすら紙面上の指示だけを出し続けた私なんかに。
私の種族を変えてでも生かしてしまったと責任を感じているらしいファウストだけが、わざわざここに来てくれている。
でも、彼もいつかは亡くなるのだ。魔法使いとて不死身ではないから。
そうしたら私は誰かとの繋がりが消えたまま、この世界で永遠を吸い続けることになって。
そして今は、生真面目な彼の第二水曜日を刈り取って、その香りだけで生きている。
「……駄目だ」
店を閉めるまでにはまだ時間があるのに、もうすっかり気分が沈みこんでしまった。
「水飲も……」
二階に戻って水を取り出そうとすると、隣に置いてあったエルダーフラワーシロップの瓶が輝いている。これはファウストが作って定期的に届けてくれるものだった。
「……甘いものでも飲めば気分も上がるって?」
ざわざわ。ちりんちりん。くすくすくす。
「……そうだね。ありがとう」
精霊は好きだ。いつだって、私に優しいから。
仕上がったエルダーフラワージュースには、白い花弁が入れられていた。