第一部
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今日は南の魔法使いたちと任務に来ている。
なんてことはない。ただ厄災の後片付けのお手伝いである。
力の弱い魔法使いと人間が協力して生きる発展途上の南の国は、温暖な気候と豊かな自然が持ち味だ。日頃豪華な魔法舎や人混みの多い中央の国にいる私にとって、ここののんびりとした風土は新鮮に感じる。なんせ生まれたところも都市だから。
「賢者様、この度は魔法使い様たちを連れてきてくださって、ありがとうございます」
「いえいえ。皆さんのお役に立ててよかったです」
まあ正確に言うとお役に立ってるのは魔法使い達なんですけどね。
フィガロは怪我人の治療、ルチル、ミチル、レノックスは瓦礫の撤去。
私も混ざりたかったんだけど、「賢者様は女性ですから、力仕事は私たちでやりますよ」というにこやかな笑顔で辞退されてしまった。これだから女は。
そんなことで私は今木の下にシートを敷き、地元の女性達とご飯の支度をしている。
パイにオードブルにジュース。爽やかで逞しくて可愛らしい彼女らは、その丸い手から次々と美味しそうなものを生み出していた。
料理スキルがない私はそれを受け取って運ぶ役目。マジ私なんも出来ない。かなしい。
「食べちゃダメだよ」
危ないからという理由で預かったレノの羊は「メェ」と鳴きながらついてきている。かわいいね。
「けんじゃさまー!」
「なんですか?」
話しかけてきたのは地元の女の子だ。栗色の髪をお下げに結ったかわいい子。
「けんじゃさま、好きなひとはいるの?」
少しませた子のようだ。まあこのくらいの歳ならこんな感じか。
「私はみんなのことが好きですよ」
「ちがうわ、恋のおはなしをしているの」
おお、恋ときましたか。
彼女はくるくると自分の指先でお下げの先を巻きながら、遠くでルチルを手伝う男の子を見た。少し長い黒髪の子だ。
「ヴィラちゃんは、あの子が好きなんですか?」
「ええ、そうよ」
事前に聞いていた名前を呼んで訊くと、彼女はこくんと頷いて肯定した。
「わたし、あの人がすき」
「素敵ですね」
本気の恋らしい。ほっこりするなあ。
「けんじゃさまには、そういう人はいないの?」
「いませんねえ」
いつか離れるこの世界にあまり未練を残したくなかった。
それに、賢者という立場もある。一人の人と恋仲になるにはあまりにも重い役職なのだ。てかまず誰と恋をするんだよ。魔法使い達はイケメンすぎて無理ですよ。
「つまらなくないの?」
「恋以外にも、楽しいことはありますから」
「そう?」
私は今何が楽しくて生きているんだろう。何も楽しくない気もする。
「賢者様ー!」
「はーい!ごめんなさい、またあとで」
「うん」
栗色の頭を撫でて、女性達の所へ向かった。
「ヴィラと話していただいて、ありがとうございます」
私に焼きあがったパイを手渡しながら、私を呼んだ彼女は微笑む。ヴィラの母親だろう。目元がよく似ている。
「いえ、ヴィラちゃん、とってもいい子ですね」
「ありがとうございます」
「みなさーん!ご飯の時間ですよー!」
「はーい!」
ちょうど太陽が空の真上を貫いた。
私は隣のルチルに世話を焼かれている。渡されたベーコンは動いていない私には少し味が濃いけど、彼らにはきっとちょうどいいだろう。
「賢者様、喉は乾いてないですか?」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「賢者様、このパイとっても美味しいですよ!」
ミチルがこちらに切り分けたパイを渡してくれた。あ、ほんとだ美味しい。
私も少しはお料理スキルを身につけた方がいいだろうな、と思う。今まで火や刃物から遠ざけられてきたからなあ。マジで音楽しかできない。
膝の上で軽く指を動かす。ここに何か楽器があれば、みんなを楽しませられるだろうか。
そういえば私はオーエンとカナリアさんの前でしかピアノを弾いていない。ここにいる人たちは私が楽器できること知らないのか。
「賢者様、美味しいですか?」
「え、あ、はい!とても」
マジでご飯は美味しい。料理できるようになりたい。
「午後も作業はありますし今日は泊まりになりますから、お疲れになったら言ってくださいね!」
気遣われてしまった。
私はそっと口角を上げた。いける、大丈夫。
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
夜はパーティーだった。
私は早めに上がらせてもらったけど、今頃下ではフィガロとルチルがお酒を楽しんでいる頃だろう。ミチルは寝たから。
窓の外は真っ暗だ。虫の音と水音が聞こえる。近くに川があるからだろう。
「マジで外暗いなー」
ここは南の国でも田舎の方らしい。
それでも厄災の被害は甚大で、死者も多数出たという。今日だって作業を始める前に黙祷をした。
「私、なんも出来んなあ」
ここには楽器もないから音楽はできないし、かといって力仕事もできない。料理も洗濯もできないから、女性陣の手伝いをするにも足手まといだ。
「帰りたいなあ……」
まあ魔法舎に帰っても元の世界に帰っても何もできることなんてないんですけどね。
でも多分魔法舎にはオーエンがいて、多分休む暇もなくあの部屋に連行される。
何となく、彼にピアノを弾く時は「役に立てている」という実感があるのだ。
なんの役に立ってるのかは知らんけども。
なんてことはない。ただ厄災の後片付けのお手伝いである。
力の弱い魔法使いと人間が協力して生きる発展途上の南の国は、温暖な気候と豊かな自然が持ち味だ。日頃豪華な魔法舎や人混みの多い中央の国にいる私にとって、ここののんびりとした風土は新鮮に感じる。なんせ生まれたところも都市だから。
「賢者様、この度は魔法使い様たちを連れてきてくださって、ありがとうございます」
「いえいえ。皆さんのお役に立ててよかったです」
まあ正確に言うとお役に立ってるのは魔法使い達なんですけどね。
フィガロは怪我人の治療、ルチル、ミチル、レノックスは瓦礫の撤去。
私も混ざりたかったんだけど、「賢者様は女性ですから、力仕事は私たちでやりますよ」というにこやかな笑顔で辞退されてしまった。これだから女は。
そんなことで私は今木の下にシートを敷き、地元の女性達とご飯の支度をしている。
パイにオードブルにジュース。爽やかで逞しくて可愛らしい彼女らは、その丸い手から次々と美味しそうなものを生み出していた。
料理スキルがない私はそれを受け取って運ぶ役目。マジ私なんも出来ない。かなしい。
「食べちゃダメだよ」
危ないからという理由で預かったレノの羊は「メェ」と鳴きながらついてきている。かわいいね。
「けんじゃさまー!」
「なんですか?」
話しかけてきたのは地元の女の子だ。栗色の髪をお下げに結ったかわいい子。
「けんじゃさま、好きなひとはいるの?」
少しませた子のようだ。まあこのくらいの歳ならこんな感じか。
「私はみんなのことが好きですよ」
「ちがうわ、恋のおはなしをしているの」
おお、恋ときましたか。
彼女はくるくると自分の指先でお下げの先を巻きながら、遠くでルチルを手伝う男の子を見た。少し長い黒髪の子だ。
「ヴィラちゃんは、あの子が好きなんですか?」
「ええ、そうよ」
事前に聞いていた名前を呼んで訊くと、彼女はこくんと頷いて肯定した。
「わたし、あの人がすき」
「素敵ですね」
本気の恋らしい。ほっこりするなあ。
「けんじゃさまには、そういう人はいないの?」
「いませんねえ」
いつか離れるこの世界にあまり未練を残したくなかった。
それに、賢者という立場もある。一人の人と恋仲になるにはあまりにも重い役職なのだ。てかまず誰と恋をするんだよ。魔法使い達はイケメンすぎて無理ですよ。
「つまらなくないの?」
「恋以外にも、楽しいことはありますから」
「そう?」
私は今何が楽しくて生きているんだろう。何も楽しくない気もする。
「賢者様ー!」
「はーい!ごめんなさい、またあとで」
「うん」
栗色の頭を撫でて、女性達の所へ向かった。
「ヴィラと話していただいて、ありがとうございます」
私に焼きあがったパイを手渡しながら、私を呼んだ彼女は微笑む。ヴィラの母親だろう。目元がよく似ている。
「いえ、ヴィラちゃん、とってもいい子ですね」
「ありがとうございます」
「みなさーん!ご飯の時間ですよー!」
「はーい!」
ちょうど太陽が空の真上を貫いた。
私は隣のルチルに世話を焼かれている。渡されたベーコンは動いていない私には少し味が濃いけど、彼らにはきっとちょうどいいだろう。
「賢者様、喉は乾いてないですか?」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「賢者様、このパイとっても美味しいですよ!」
ミチルがこちらに切り分けたパイを渡してくれた。あ、ほんとだ美味しい。
私も少しはお料理スキルを身につけた方がいいだろうな、と思う。今まで火や刃物から遠ざけられてきたからなあ。マジで音楽しかできない。
膝の上で軽く指を動かす。ここに何か楽器があれば、みんなを楽しませられるだろうか。
そういえば私はオーエンとカナリアさんの前でしかピアノを弾いていない。ここにいる人たちは私が楽器できること知らないのか。
「賢者様、美味しいですか?」
「え、あ、はい!とても」
マジでご飯は美味しい。料理できるようになりたい。
「午後も作業はありますし今日は泊まりになりますから、お疲れになったら言ってくださいね!」
気遣われてしまった。
私はそっと口角を上げた。いける、大丈夫。
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
夜はパーティーだった。
私は早めに上がらせてもらったけど、今頃下ではフィガロとルチルがお酒を楽しんでいる頃だろう。ミチルは寝たから。
窓の外は真っ暗だ。虫の音と水音が聞こえる。近くに川があるからだろう。
「マジで外暗いなー」
ここは南の国でも田舎の方らしい。
それでも厄災の被害は甚大で、死者も多数出たという。今日だって作業を始める前に黙祷をした。
「私、なんも出来んなあ」
ここには楽器もないから音楽はできないし、かといって力仕事もできない。料理も洗濯もできないから、女性陣の手伝いをするにも足手まといだ。
「帰りたいなあ……」
まあ魔法舎に帰っても元の世界に帰っても何もできることなんてないんですけどね。
でも多分魔法舎にはオーエンがいて、多分休む暇もなくあの部屋に連行される。
何となく、彼にピアノを弾く時は「役に立てている」という実感があるのだ。
なんの役に立ってるのかは知らんけども。