第一部
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そういえば最近好きな音楽も聴いてないな、と気づいた。
この世界にきてもう結構経つ。多分アニメやドラマはもう一クールが終わる頃だろう。
「賢者様、ピアノは弾けますか?」
廊下で出くわした掃除中のカナリアさん。快活な彼女は私を見た途端目をきらっと輝かせて話しかけてきた。コミュ力がすごい。
「弾けますよ」
「あら、そうなんですね!実は、少し前に空き部屋にピアノを見つけたんです」
「ピアノを?」
「はい。おそらく、昔の魔法使い様が置いていったんだと思います」
カナリアさんに着いて行ったその部屋には、確かにピアノがあった。立派な黒いグランドピアノ。
試しに鍵盤を一つ押してみる。ポーン、とあの涼やかな音色が私の鼓膜を撫でた。
「調律されてる……」
「この前見つけてから調律師を呼んでやってもらったんです。音はばっちりですよ!」
「ありがとうございます。少し弾いてみますね」
椅子を引いて座る。とても久しぶりだから、指が酷くなまってる気がするな。
息を吸って鍵盤に意識を集中させ、手の力を抜いて、さあ。
選んだのは革命のエチュード。とにかく左手が忙しいけど、それが好きで前はよく聴いていた。
有名な部分だけ弾いて顔を上げると、カナリアさんがパチパチと拍手をしている。その表情は一言でまとめてしまえば、歓喜だろう。
「賢者様、すごいんですね!」
「いえ……」
久しぶりに弾いたから指がもつれそうだったし音の粒が揃わないしでグダグダだった。こんなのを先生に聞かせたら手を叩かれてピアノの蓋を閉められる。
「楽器は使うのが一番でしょうから、ちょこちょこ弾いてあげてください」
「はい」
最近音楽とはすっかり縁遠くなっていたし、定期的に弾くにはいいかもしれない。
カナリアさんを見送ってから、私はまた鍵盤の上に手を置いた。
「……リストかな」
こちらの世界の楽譜があればいいのにな。
それからしばらく弾いていると、窓の方から鳥の鳴き声がした。
「……そういえば、動物は音楽が好きなんだっけ」
オーエンが言っていたことを思い出す。確か、彼はとても歌が上手かったはず。というか魔法使いも音楽好きじゃなかった?
「賢者様、ピアノ弾けたんだ」
「オーエン」
本日は窓からご登場です。確か昨日はミスラにぶっ殺されてたけど、本日も白いスーツにはシミのひとつも見当たらない。
「得意なの?」
「いえ、やらされていただけで……」
鍵盤の上から手を下ろしてさする。実はピアノにはいい思い出がない。
「それにしては随分と楽しそうだったじゃない。僕とケーキ食べに行くのとどっちが楽しい?」
「オーエンといる方が楽しいですよ」
「ふうん」
毒舌は私には刺さらないので、私にとって彼は変わった超年上の友達みたいなものだ。
「もっと弾けってさ」
革手袋に包まれた指が、彼の肩に留まる小鳥を指した。なるほど、通訳してくれてるのか。
「何がいいですか?」
「跳ねる曲だってさ。そういう気分らしいよ」
「跳ねる……」
選んだのはラ・カンパネラ。難易度鬼でも私は好きだ。跳ねるような音としなやかで物悲しい旋律は、一人の夜に随分とお世話になった。
「……上手いんだね」
「散々やらされたので」
思い出されるあの日々。もう二度と帰りたくないけど、戻れないもの。
「ねえ賢者様、楽譜を買いに連れて行ってあげようか」
オーエンはやっと部屋に入り、私の手をとった。革手袋に包まれたしなやかな手と、私の特になんの特徴もない手が重なる。
「僕しか知らない曲を弾いて、寂しい賢者様」
「……」
「僕と二人で独りぼっちの世界に閉じこもって。そしたらみんな悲しむでしょ」
「……そうでしょうね」
カインやミチルなんかは特に。
「ねえ、今から楽譜を買いに行こう。隅っこに売れ残った、埃だらけのを」
「いいですよ」
頷くと彼は優雅に微笑んで、手を引いた。
「《クーレ・メミニ》」
いつになく華やいだその呪文で、私はクラシカルなワンピースに身を包む。着てたシャツとスカートは何処へ。
同時にオーエンも着替えていた。黒地に白のピンストライプのスリーピース。ステッキまで持っている。
「行こう、賢者様」
連れてこられたのは街の片隅にある店だった。魔法使いが経営しているらしい。
「ひいっ、オーエン」
「一番古いピアノの楽譜を出して。ここにいる子に弾かせるから」
「ここにいる子?」
「今は見えないように魔法をかけてるけど、ここにもう一人いる」
え、なんでそんなことしてるんですか?
私はオーエンを見上げた。彼は一体何を考えているんだ。
「一番古いものでしたら、こちらがありますが……千年前のものです」
「それでいい。賢者様、見て」
私は楽譜を受け取って開いた。古い紙の匂い。
見たところ記号の意味は元いた世界と変わらないらしい。難易度も高くないし、これならすぐに弾けるだろう。
「弾けそうです」
「これちょうだい」
ぽん、とオーエンはお金を置いた。
ずっと思ってるけど、なんでオーエンは私といる時は基本全額自分で負担するんだろう。カインにはめちゃくちゃ奢らせるのに。
「あの、オーエン」
「なに?」
「私が主に弾くんでしょうし、私が払いますよ」
「は?馬鹿にしてる?」
「いえしてないです」
「僕のために弾かせるんだから僕が払うのは当然でしょ」
「はあ……なるほど……」
なんかすごいまともなこと言ってる……。
その後街で適当に買い物をして甘いものを食べて帰った。ピアノは山ほど弾かされた。
この世界にきてもう結構経つ。多分アニメやドラマはもう一クールが終わる頃だろう。
「賢者様、ピアノは弾けますか?」
廊下で出くわした掃除中のカナリアさん。快活な彼女は私を見た途端目をきらっと輝かせて話しかけてきた。コミュ力がすごい。
「弾けますよ」
「あら、そうなんですね!実は、少し前に空き部屋にピアノを見つけたんです」
「ピアノを?」
「はい。おそらく、昔の魔法使い様が置いていったんだと思います」
カナリアさんに着いて行ったその部屋には、確かにピアノがあった。立派な黒いグランドピアノ。
試しに鍵盤を一つ押してみる。ポーン、とあの涼やかな音色が私の鼓膜を撫でた。
「調律されてる……」
「この前見つけてから調律師を呼んでやってもらったんです。音はばっちりですよ!」
「ありがとうございます。少し弾いてみますね」
椅子を引いて座る。とても久しぶりだから、指が酷くなまってる気がするな。
息を吸って鍵盤に意識を集中させ、手の力を抜いて、さあ。
選んだのは革命のエチュード。とにかく左手が忙しいけど、それが好きで前はよく聴いていた。
有名な部分だけ弾いて顔を上げると、カナリアさんがパチパチと拍手をしている。その表情は一言でまとめてしまえば、歓喜だろう。
「賢者様、すごいんですね!」
「いえ……」
久しぶりに弾いたから指がもつれそうだったし音の粒が揃わないしでグダグダだった。こんなのを先生に聞かせたら手を叩かれてピアノの蓋を閉められる。
「楽器は使うのが一番でしょうから、ちょこちょこ弾いてあげてください」
「はい」
最近音楽とはすっかり縁遠くなっていたし、定期的に弾くにはいいかもしれない。
カナリアさんを見送ってから、私はまた鍵盤の上に手を置いた。
「……リストかな」
こちらの世界の楽譜があればいいのにな。
それからしばらく弾いていると、窓の方から鳥の鳴き声がした。
「……そういえば、動物は音楽が好きなんだっけ」
オーエンが言っていたことを思い出す。確か、彼はとても歌が上手かったはず。というか魔法使いも音楽好きじゃなかった?
「賢者様、ピアノ弾けたんだ」
「オーエン」
本日は窓からご登場です。確か昨日はミスラにぶっ殺されてたけど、本日も白いスーツにはシミのひとつも見当たらない。
「得意なの?」
「いえ、やらされていただけで……」
鍵盤の上から手を下ろしてさする。実はピアノにはいい思い出がない。
「それにしては随分と楽しそうだったじゃない。僕とケーキ食べに行くのとどっちが楽しい?」
「オーエンといる方が楽しいですよ」
「ふうん」
毒舌は私には刺さらないので、私にとって彼は変わった超年上の友達みたいなものだ。
「もっと弾けってさ」
革手袋に包まれた指が、彼の肩に留まる小鳥を指した。なるほど、通訳してくれてるのか。
「何がいいですか?」
「跳ねる曲だってさ。そういう気分らしいよ」
「跳ねる……」
選んだのはラ・カンパネラ。難易度鬼でも私は好きだ。跳ねるような音としなやかで物悲しい旋律は、一人の夜に随分とお世話になった。
「……上手いんだね」
「散々やらされたので」
思い出されるあの日々。もう二度と帰りたくないけど、戻れないもの。
「ねえ賢者様、楽譜を買いに連れて行ってあげようか」
オーエンはやっと部屋に入り、私の手をとった。革手袋に包まれたしなやかな手と、私の特になんの特徴もない手が重なる。
「僕しか知らない曲を弾いて、寂しい賢者様」
「……」
「僕と二人で独りぼっちの世界に閉じこもって。そしたらみんな悲しむでしょ」
「……そうでしょうね」
カインやミチルなんかは特に。
「ねえ、今から楽譜を買いに行こう。隅っこに売れ残った、埃だらけのを」
「いいですよ」
頷くと彼は優雅に微笑んで、手を引いた。
「《クーレ・メミニ》」
いつになく華やいだその呪文で、私はクラシカルなワンピースに身を包む。着てたシャツとスカートは何処へ。
同時にオーエンも着替えていた。黒地に白のピンストライプのスリーピース。ステッキまで持っている。
「行こう、賢者様」
連れてこられたのは街の片隅にある店だった。魔法使いが経営しているらしい。
「ひいっ、オーエン」
「一番古いピアノの楽譜を出して。ここにいる子に弾かせるから」
「ここにいる子?」
「今は見えないように魔法をかけてるけど、ここにもう一人いる」
え、なんでそんなことしてるんですか?
私はオーエンを見上げた。彼は一体何を考えているんだ。
「一番古いものでしたら、こちらがありますが……千年前のものです」
「それでいい。賢者様、見て」
私は楽譜を受け取って開いた。古い紙の匂い。
見たところ記号の意味は元いた世界と変わらないらしい。難易度も高くないし、これならすぐに弾けるだろう。
「弾けそうです」
「これちょうだい」
ぽん、とオーエンはお金を置いた。
ずっと思ってるけど、なんでオーエンは私といる時は基本全額自分で負担するんだろう。カインにはめちゃくちゃ奢らせるのに。
「あの、オーエン」
「なに?」
「私が主に弾くんでしょうし、私が払いますよ」
「は?馬鹿にしてる?」
「いえしてないです」
「僕のために弾かせるんだから僕が払うのは当然でしょ」
「はあ……なるほど……」
なんかすごいまともなこと言ってる……。
その後街で適当に買い物をして甘いものを食べて帰った。ピアノは山ほど弾かされた。