第一部
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北の国から。
我が故郷の名作を、不意に思い出した。
今は本当に「北の国」。広い広い雪の森の中、私たちは魔獣の出現を待っていた。
……恋バナをしながら。
「それでそれで?ミスラちゃんの初恋は?」
「覚えてませんよ、そんなの」
「「えー!!つまんないの!」」
「あの皆さん……今一応任務中で……」
「いいのいいの」
「魔獣いつ出てくるかわかんないし」
「でも……」
「「合コン」では鉄板のネタですよ、アーサー」
「そ、そうなのですか?なら私もきちんと……」
今回のメンツはスノウ、ホワイト、ミスラ、アーサー。
任務は北の国の森に現れる魔獣の討伐。大いなる厄災の影響で強化されている可能性があるため、緊急用として賢者である私も同行している。
今はかつて使用されていた猟師小屋に隠れて、ターゲットを待っているところだった。
「そんなことより、賢者様の初恋はいつだったんです?」
まさかのミスラからのパス。これは困る。だって私は、恋愛をしたことがないから。
「えーっと……」
捏造するか素直に言うか悩んだ末、私は彼らに誠実であることを選んだ。
「ないです」
合コンの本場出身失格のお返事をした。
魔獣が現れたと報告が入ったのは、それから30分ほど経った後だった。
「《パルノクタン・ニクスジオ》」
「「《ノスコムニア》」」
それぞれの呪文が響く。
幸い魔獣はそれほど強くもないらしく、「あれこれわざわざ北の魔法使い多めに選抜しなくてもよかったんじゃね?」と思ってしまうほどだった。リケやミチルのいい練習台になりそうだ。
そう、実はメンツは北の魔法使いで固める予定だったのだ。
だというのにブラッドリーはくしゃみでどこかへ飛んでいき、オーエンは「賢者様、僕、行きたくない……」とわざとらしく潤んだ瞳でお願いに来た。「お願い」と言っても「おまえ断ったらいじめるからね」という脅しが多量に含まれてはいたけど。
聞くと、どうやら今日オーエンは中央の国のケーキ屋に行く用事があるらしかった。楽しみにしている先約があるなら仕方ない。誰にだって息抜きは必要だ。
そんなことで、北の国で育ったアーサーを選抜した。
でも蓋を開けたら全然余裕そうだし今ミスラがアルシムしたら秒で終わったし、なんだったんだろうという感じではある。
「皆さん、怪我はありませんか?」
「ないです」
「「ないぞい」」
「大丈夫です、賢者様」
やっぱりみんな大丈夫そうだ。良かった良かった。
「ミスラ、アルシムお願いします」
「はい」
任務が楽勝だったということもあってか、速やかに時空の扉が開く。今日のミスラは比較的機嫌が良い。
「ありがとうございます」
お礼を言ってから、魔法舎に帰還した。
帰ってすぐに自室に飛び込んだ。
ベッドにぼすんと横になる。仕事自体は楽だったけど、やっぱり北の国は寒い。体がキンキンに冷えているうえに、人といるということ自体が、少し辛い。
「あうあああ……」
賢者引退したい。精神科はどこですか。
私は布団を被った。冷たい。悲しい。
来たばかりの頃は元の世界から持ってこられた精神安定剤があったし、尽きたらフィガロに頼んでシュガーを貰えていた。でも頂き続けるのも申し訳なくて、ここ数日は言い出せないでいる。
そのせいで、私の精神は大変まずい状態になっていた。
落ち込みが酷い。人といる時はテンション上げられるし余計なことを口走るのに、少しでも一人になるとこのザマだ。まるでメンタルのジェットコースター。富士急より落差が大きい自信がある。
それでも一人は寂しくて、でも人といると無駄に傷つける。私はどうせどこにいてもよそ者で、ここでだって魔法が使えない異世界人で。そして、いつか消えて忘れられる。
彼らは何も悪くない。私が信じられないだけ。私の心が弱いだけ。世界の理を、悲しく思う私が悪い。
でも、この先どうなるかわからなくて、世界を背負っているのが怖くて。私、そんな人間じゃないのに。
「賢者様」
「わっ」
布団をべりっと捲られて、そこにいるのはやっぱりオーエンだった。
「北の国から帰ってきたのに温かいものも飲まないなんて馬鹿なの?」
「馬鹿です」
「ふぅん。自覚があるようで何より」
彼の手には湯気の上がるマグカップとマシュマロの瓶が載ったお盆を持っている。
「下でみんな飲んでたよ。賢者様がすぐ部屋に帰っちゃったからって、僕が持ってくように頼まれた」
彼はそれを机に置いて、椅子を引いて腰掛けた。
「可哀想だと思わない?なんの価値もない賢者様のために、使いっ走りまでさせられて」
「誠に気の毒だと思います。殺してください」
「やだ」
オーエンはぷいっとそっぽを向いた。あらま。
「でも、本当にごめんなさい」
「なにが」
「使い走りをさせて。きっと皆さん、めんどくさいと思ってるでしょうね」
可哀想。今回の賢者の魔法使い全員に、頭を下げて回りたいくらいだ。
もっと精神的に強い賢者なら、愛情を受け取り慣れた賢者なら、彼らは無用な心配をしなくて済んだのだ。
せめて躁鬱が治れば……と思うけど、精神科もない現状でそれは不可能。守られるしかない立場で、日々無力感まで感じている。誰のためにもなれやしない。
「そうだよ。みんな君のことが嫌いなのに、賢者だからって心配してあげてるんだよ」
オーエンは大量にマシュマロを浮かべたココアを差し出してきた。受け取って飲むと、胸焼けしそうなほど甘い上にめちゃくちゃ熱い。きっと舌を火傷しただろう。
「オーエンもですか」
「そうだよ」
「ですよね」
彼は残りのマシュマロを食べながら頷いた。
「来年になればみんな私のこと忘れてるでしょうし、それだけが救いですね」
美しい皆様の記憶に残らずに済むこと、非常に嬉しく思います。こんな根暗女のことなんて早く消してください。
私はどこにいくのかわからないけど。
そう言って笑うと、オーエンも笑った。
「おまえ、かわいそうな子だね」
「知ってます」
「本当に、本当にかわいそう」
馬鹿にしたような笑みだ。当然だと思う。
「かわいそうだから、これ分けてあげる」
細くて美しい手が、私の手に瓶から出したマシュマロを一つ置いた。残りはご自身で召し上がるのだろう。
「じゃあね、賢者様」
「じゃあ」
オーエンが去った後、私はそのマシュマロをぽいと口に放り込んだ。
「えっ、中にジャム入ってる」
我が故郷の名作を、不意に思い出した。
今は本当に「北の国」。広い広い雪の森の中、私たちは魔獣の出現を待っていた。
……恋バナをしながら。
「それでそれで?ミスラちゃんの初恋は?」
「覚えてませんよ、そんなの」
「「えー!!つまんないの!」」
「あの皆さん……今一応任務中で……」
「いいのいいの」
「魔獣いつ出てくるかわかんないし」
「でも……」
「「合コン」では鉄板のネタですよ、アーサー」
「そ、そうなのですか?なら私もきちんと……」
今回のメンツはスノウ、ホワイト、ミスラ、アーサー。
任務は北の国の森に現れる魔獣の討伐。大いなる厄災の影響で強化されている可能性があるため、緊急用として賢者である私も同行している。
今はかつて使用されていた猟師小屋に隠れて、ターゲットを待っているところだった。
「そんなことより、賢者様の初恋はいつだったんです?」
まさかのミスラからのパス。これは困る。だって私は、恋愛をしたことがないから。
「えーっと……」
捏造するか素直に言うか悩んだ末、私は彼らに誠実であることを選んだ。
「ないです」
合コンの本場出身失格のお返事をした。
魔獣が現れたと報告が入ったのは、それから30分ほど経った後だった。
「《パルノクタン・ニクスジオ》」
「「《ノスコムニア》」」
それぞれの呪文が響く。
幸い魔獣はそれほど強くもないらしく、「あれこれわざわざ北の魔法使い多めに選抜しなくてもよかったんじゃね?」と思ってしまうほどだった。リケやミチルのいい練習台になりそうだ。
そう、実はメンツは北の魔法使いで固める予定だったのだ。
だというのにブラッドリーはくしゃみでどこかへ飛んでいき、オーエンは「賢者様、僕、行きたくない……」とわざとらしく潤んだ瞳でお願いに来た。「お願い」と言っても「おまえ断ったらいじめるからね」という脅しが多量に含まれてはいたけど。
聞くと、どうやら今日オーエンは中央の国のケーキ屋に行く用事があるらしかった。楽しみにしている先約があるなら仕方ない。誰にだって息抜きは必要だ。
そんなことで、北の国で育ったアーサーを選抜した。
でも蓋を開けたら全然余裕そうだし今ミスラがアルシムしたら秒で終わったし、なんだったんだろうという感じではある。
「皆さん、怪我はありませんか?」
「ないです」
「「ないぞい」」
「大丈夫です、賢者様」
やっぱりみんな大丈夫そうだ。良かった良かった。
「ミスラ、アルシムお願いします」
「はい」
任務が楽勝だったということもあってか、速やかに時空の扉が開く。今日のミスラは比較的機嫌が良い。
「ありがとうございます」
お礼を言ってから、魔法舎に帰還した。
帰ってすぐに自室に飛び込んだ。
ベッドにぼすんと横になる。仕事自体は楽だったけど、やっぱり北の国は寒い。体がキンキンに冷えているうえに、人といるということ自体が、少し辛い。
「あうあああ……」
賢者引退したい。精神科はどこですか。
私は布団を被った。冷たい。悲しい。
来たばかりの頃は元の世界から持ってこられた精神安定剤があったし、尽きたらフィガロに頼んでシュガーを貰えていた。でも頂き続けるのも申し訳なくて、ここ数日は言い出せないでいる。
そのせいで、私の精神は大変まずい状態になっていた。
落ち込みが酷い。人といる時はテンション上げられるし余計なことを口走るのに、少しでも一人になるとこのザマだ。まるでメンタルのジェットコースター。富士急より落差が大きい自信がある。
それでも一人は寂しくて、でも人といると無駄に傷つける。私はどうせどこにいてもよそ者で、ここでだって魔法が使えない異世界人で。そして、いつか消えて忘れられる。
彼らは何も悪くない。私が信じられないだけ。私の心が弱いだけ。世界の理を、悲しく思う私が悪い。
でも、この先どうなるかわからなくて、世界を背負っているのが怖くて。私、そんな人間じゃないのに。
「賢者様」
「わっ」
布団をべりっと捲られて、そこにいるのはやっぱりオーエンだった。
「北の国から帰ってきたのに温かいものも飲まないなんて馬鹿なの?」
「馬鹿です」
「ふぅん。自覚があるようで何より」
彼の手には湯気の上がるマグカップとマシュマロの瓶が載ったお盆を持っている。
「下でみんな飲んでたよ。賢者様がすぐ部屋に帰っちゃったからって、僕が持ってくように頼まれた」
彼はそれを机に置いて、椅子を引いて腰掛けた。
「可哀想だと思わない?なんの価値もない賢者様のために、使いっ走りまでさせられて」
「誠に気の毒だと思います。殺してください」
「やだ」
オーエンはぷいっとそっぽを向いた。あらま。
「でも、本当にごめんなさい」
「なにが」
「使い走りをさせて。きっと皆さん、めんどくさいと思ってるでしょうね」
可哀想。今回の賢者の魔法使い全員に、頭を下げて回りたいくらいだ。
もっと精神的に強い賢者なら、愛情を受け取り慣れた賢者なら、彼らは無用な心配をしなくて済んだのだ。
せめて躁鬱が治れば……と思うけど、精神科もない現状でそれは不可能。守られるしかない立場で、日々無力感まで感じている。誰のためにもなれやしない。
「そうだよ。みんな君のことが嫌いなのに、賢者だからって心配してあげてるんだよ」
オーエンは大量にマシュマロを浮かべたココアを差し出してきた。受け取って飲むと、胸焼けしそうなほど甘い上にめちゃくちゃ熱い。きっと舌を火傷しただろう。
「オーエンもですか」
「そうだよ」
「ですよね」
彼は残りのマシュマロを食べながら頷いた。
「来年になればみんな私のこと忘れてるでしょうし、それだけが救いですね」
美しい皆様の記憶に残らずに済むこと、非常に嬉しく思います。こんな根暗女のことなんて早く消してください。
私はどこにいくのかわからないけど。
そう言って笑うと、オーエンも笑った。
「おまえ、かわいそうな子だね」
「知ってます」
「本当に、本当にかわいそう」
馬鹿にしたような笑みだ。当然だと思う。
「かわいそうだから、これ分けてあげる」
細くて美しい手が、私の手に瓶から出したマシュマロを一つ置いた。残りはご自身で召し上がるのだろう。
「じゃあね、賢者様」
「じゃあ」
オーエンが去った後、私はそのマシュマロをぽいと口に放り込んだ。
「えっ、中にジャム入ってる」