第一部
夢小説設定
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頭が痛い。
私は布団の中でごろりと寝返りを打った。
主治医フィガロから「休み足りてない」と言われもらったオフ二日目。見事に頭痛。確実にストレス。これでは何も出来なさそうだ。
偏頭痛め……と自身の体質を呪うしかもうやれることがない。頼みのフィガロは今日外出していて留守だ。詰んだ。
本当に、今回は酷く痛む。慣れない場所でついに脳が処理限界を迎えたのだろう。
「あう……」
だいぶ無理すぎてしんどい。さっき試しに起きてみたら一気に痛みが頭を揺すって視界が大きくグワングワンと揺れ、とても立ち歩くなんて出来ない状態だった。これでは水すら取りに行けない。
もう耐えるしかない……とせめて意識を飛ばそうと布団に潜り込んだ。しんどい。辛い。誰にも言っていないのだから、当然ながら誰も助けてくれない。
漸く眠りに落ちそうだというタイミングで、ノックもなしにドアが開いた。覚えのある甘い香りと静かな足音。オーエンだ。
あー頼りにならない人だ……と私は心の中で両手を上げた。ルチルやレノックスとかだったら、まだなんとかヘルプを出せたのに。
オーエンの魅力は、その気まぐれさと自分の意思を曲げないところにある。なんだかんだ紳士ではあるが、私のような俗物に救いの手を差し伸べるタイプではないのだ。
「賢者様、具合悪いの?死んだカエルみたいになってるけど」
「頭が死ぬほど痛いので……」
「よかったね。死ねるの?」
「死ねなさそうです……殺してください……」
「やだ」
「ですよね……」
さすがに今はオーエンとお喋りする気力は無い。話している声が頭に響いて仕方ない。
「何か用事でしたか?」
「用事がなきゃきちゃダメなの?」
「ちょっと今はしんどいので……」
「あ、そう」
ひょえー冷たい。でももう慣れたしむしろ落ち着く。今更わかりやすく優しくされたら恐怖で涙が出るだろう。
「口開けて」
「あー」
おざなりに開けた口に、シュガーがぽいぽいと放り込まれた。実はこれは魔法使いによって味に違いがあるのが、オーエンのやつはとにかく甘さで一点突破している。多分これを使ってお菓子を作ったらとてつもない甘さに仕上がるのだろう。
「《クアーレ・モリト》」
目の上にそっと手が置かれた。手袋越しだからかもしれないが、あまりにも体温が低い。
ああこれは睡眠魔法だな、と思う間もなく、私は意識を闇に投げた。
それから果たして何時間後か。起きたら「頭治った?」という声と共に、またシュガーが口に入れられた。
「……オーエン、ずっといたんですか?」
「うん」
どうしたんだろう。今までの彼なら魔法をかけたあと、すぐに戻るのに。
机の前に置かれた椅子に腰掛けたオーエンは、私の賢者の書を勝手にパラパラと捲っていた。日本語で書いているから読めないだろうに、その顔はどこか楽しそうだ。
「これあげる」
「あ、ありがとうございます」
受け取ったのは、小さな黒猫のぬいぐるみだった。絶妙にくたっとしているのが愛嬌があって良い。
「頭が痛い時はそれをおでこに載せればなんとかなるってさ。クロエが作って、フィガロが魔法をかけた」
「へえ……」
「さっき届けにきたけど賢者様は寝てたから、僕が受け取ったの。偉い?」
「偉いです。ありがとうございます、オーエン」
今日のオーエンはなんだか優しい。どうしたんだろう。天変地異の前触れだろうか。
「……賢者様が臥せってると、他のやつらがうるさいんだよね。賢者様は大丈夫ですかって何度も何度も訊いてきて」
「ああ……」
彼らはとても優しい。私のような人間を賢者と慕い、頼り、心配してくれる。
だから半日でも姿が見えないと必ず誰かが部屋をノックするし、具合が悪ければ面倒を見てくれる。私のことなんて、一年後には忘れてしまうのに。
「治ったなら早く食堂に行って。もうお昼だから、お腹空いた」
「あ、はい……」
時計を見たらもう午後一時だった。
悪いことしたな、と思いながら、私は起き上がる。
「《クーレ・メミニ》」
「わっ」
櫛が舞ってボサボサだった髪がきちんと整えられ、洋服がぬるりとクローゼットから飛び出してくる。オーエンがくるりと後ろに向いた瞬間に、それらは私の体を包んだ。
「すごい……」
「偉い?」
「とても偉いです。助かりました」
時間短縮のために魔法を使わせてしまうほど、お腹が空いていたのか。本当に悪いことしちゃった。
「賢者様、今日は朝ごはん食べてないんだってね」
「ええ、はい」
「そういうことしてるから、体調悪くなるんだと思うよ」
「そうですね」
頭が痛くて起き上がれなかったり、疲れて気力がなかったり。元の世界にいた頃は色々な理由で朝食を拒否していた。
こっちに来てからはかなり食べるようになったんだけどなあ……。まだ足りないか。
私の頭痛の話はみんなに知れ渡っていたようで、食堂に降りると数人の魔法使い達に囲まれた。
「賢者様、頭痛は大丈夫?」
「心配ありがとうございます、クロエ。ぬいぐるみ受け取りました。とっても可愛いですね」
「賢者様、体調はどう?ごめんね、もっと早く帰ってこられたら良かったんだけど」
「大丈夫ですよ、フィガロ。ぬいぐるみの魔法、ありがとうございます」
「賢者様、無理はしていませんか?」
「皆さんのおかげでだいぶ楽に仕事ができてますよ。ありがとうございます、アーサー」
ずっとこんな感じだ。本当に心優しい、温かい彼ら。
私は彼らに報いることが上手くできているか心配で、苦しくて、死にたくなる。
もっと、適任がいた。
私は「賢者」としては名ばかりなんじゃないか。記録も頑張ってはいるけど、役に立たないんじゃないか。
オーエンは「馬鹿みたい」と鼻で笑って、昼食を受け取りに行った。
そう、馬鹿みたい。私が、生きてることが。こんなに大事にされてるのに、自分を大切にできない私が。
ネロはいつも、私の分の食事は少なめに盛り付ける。そもそも食べるのが苦手なのを知っているからだ。
でも今日は違った。みんなと同じ、少なくともリケやミチルと同じくらいの量がある。それに、誰かが作ったシュガーも添えられていた。
「賢者様にも同じ量食べさせろってオーエンがうるさくてな。あいつなりに心配してるんだろうよ」と、ネロは笑っていた。
私は向かいで生クリームを頬張るオーエンを見た。「何?」と睨まれたので、「なんでもないですよ」と返しておく。
シュガーは、やっぱり極甘だった。
私は布団の中でごろりと寝返りを打った。
主治医フィガロから「休み足りてない」と言われもらったオフ二日目。見事に頭痛。確実にストレス。これでは何も出来なさそうだ。
偏頭痛め……と自身の体質を呪うしかもうやれることがない。頼みのフィガロは今日外出していて留守だ。詰んだ。
本当に、今回は酷く痛む。慣れない場所でついに脳が処理限界を迎えたのだろう。
「あう……」
だいぶ無理すぎてしんどい。さっき試しに起きてみたら一気に痛みが頭を揺すって視界が大きくグワングワンと揺れ、とても立ち歩くなんて出来ない状態だった。これでは水すら取りに行けない。
もう耐えるしかない……とせめて意識を飛ばそうと布団に潜り込んだ。しんどい。辛い。誰にも言っていないのだから、当然ながら誰も助けてくれない。
漸く眠りに落ちそうだというタイミングで、ノックもなしにドアが開いた。覚えのある甘い香りと静かな足音。オーエンだ。
あー頼りにならない人だ……と私は心の中で両手を上げた。ルチルやレノックスとかだったら、まだなんとかヘルプを出せたのに。
オーエンの魅力は、その気まぐれさと自分の意思を曲げないところにある。なんだかんだ紳士ではあるが、私のような俗物に救いの手を差し伸べるタイプではないのだ。
「賢者様、具合悪いの?死んだカエルみたいになってるけど」
「頭が死ぬほど痛いので……」
「よかったね。死ねるの?」
「死ねなさそうです……殺してください……」
「やだ」
「ですよね……」
さすがに今はオーエンとお喋りする気力は無い。話している声が頭に響いて仕方ない。
「何か用事でしたか?」
「用事がなきゃきちゃダメなの?」
「ちょっと今はしんどいので……」
「あ、そう」
ひょえー冷たい。でももう慣れたしむしろ落ち着く。今更わかりやすく優しくされたら恐怖で涙が出るだろう。
「口開けて」
「あー」
おざなりに開けた口に、シュガーがぽいぽいと放り込まれた。実はこれは魔法使いによって味に違いがあるのが、オーエンのやつはとにかく甘さで一点突破している。多分これを使ってお菓子を作ったらとてつもない甘さに仕上がるのだろう。
「《クアーレ・モリト》」
目の上にそっと手が置かれた。手袋越しだからかもしれないが、あまりにも体温が低い。
ああこれは睡眠魔法だな、と思う間もなく、私は意識を闇に投げた。
それから果たして何時間後か。起きたら「頭治った?」という声と共に、またシュガーが口に入れられた。
「……オーエン、ずっといたんですか?」
「うん」
どうしたんだろう。今までの彼なら魔法をかけたあと、すぐに戻るのに。
机の前に置かれた椅子に腰掛けたオーエンは、私の賢者の書を勝手にパラパラと捲っていた。日本語で書いているから読めないだろうに、その顔はどこか楽しそうだ。
「これあげる」
「あ、ありがとうございます」
受け取ったのは、小さな黒猫のぬいぐるみだった。絶妙にくたっとしているのが愛嬌があって良い。
「頭が痛い時はそれをおでこに載せればなんとかなるってさ。クロエが作って、フィガロが魔法をかけた」
「へえ……」
「さっき届けにきたけど賢者様は寝てたから、僕が受け取ったの。偉い?」
「偉いです。ありがとうございます、オーエン」
今日のオーエンはなんだか優しい。どうしたんだろう。天変地異の前触れだろうか。
「……賢者様が臥せってると、他のやつらがうるさいんだよね。賢者様は大丈夫ですかって何度も何度も訊いてきて」
「ああ……」
彼らはとても優しい。私のような人間を賢者と慕い、頼り、心配してくれる。
だから半日でも姿が見えないと必ず誰かが部屋をノックするし、具合が悪ければ面倒を見てくれる。私のことなんて、一年後には忘れてしまうのに。
「治ったなら早く食堂に行って。もうお昼だから、お腹空いた」
「あ、はい……」
時計を見たらもう午後一時だった。
悪いことしたな、と思いながら、私は起き上がる。
「《クーレ・メミニ》」
「わっ」
櫛が舞ってボサボサだった髪がきちんと整えられ、洋服がぬるりとクローゼットから飛び出してくる。オーエンがくるりと後ろに向いた瞬間に、それらは私の体を包んだ。
「すごい……」
「偉い?」
「とても偉いです。助かりました」
時間短縮のために魔法を使わせてしまうほど、お腹が空いていたのか。本当に悪いことしちゃった。
「賢者様、今日は朝ごはん食べてないんだってね」
「ええ、はい」
「そういうことしてるから、体調悪くなるんだと思うよ」
「そうですね」
頭が痛くて起き上がれなかったり、疲れて気力がなかったり。元の世界にいた頃は色々な理由で朝食を拒否していた。
こっちに来てからはかなり食べるようになったんだけどなあ……。まだ足りないか。
私の頭痛の話はみんなに知れ渡っていたようで、食堂に降りると数人の魔法使い達に囲まれた。
「賢者様、頭痛は大丈夫?」
「心配ありがとうございます、クロエ。ぬいぐるみ受け取りました。とっても可愛いですね」
「賢者様、体調はどう?ごめんね、もっと早く帰ってこられたら良かったんだけど」
「大丈夫ですよ、フィガロ。ぬいぐるみの魔法、ありがとうございます」
「賢者様、無理はしていませんか?」
「皆さんのおかげでだいぶ楽に仕事ができてますよ。ありがとうございます、アーサー」
ずっとこんな感じだ。本当に心優しい、温かい彼ら。
私は彼らに報いることが上手くできているか心配で、苦しくて、死にたくなる。
もっと、適任がいた。
私は「賢者」としては名ばかりなんじゃないか。記録も頑張ってはいるけど、役に立たないんじゃないか。
オーエンは「馬鹿みたい」と鼻で笑って、昼食を受け取りに行った。
そう、馬鹿みたい。私が、生きてることが。こんなに大事にされてるのに、自分を大切にできない私が。
ネロはいつも、私の分の食事は少なめに盛り付ける。そもそも食べるのが苦手なのを知っているからだ。
でも今日は違った。みんなと同じ、少なくともリケやミチルと同じくらいの量がある。それに、誰かが作ったシュガーも添えられていた。
「賢者様にも同じ量食べさせろってオーエンがうるさくてな。あいつなりに心配してるんだろうよ」と、ネロは笑っていた。
私は向かいで生クリームを頬張るオーエンを見た。「何?」と睨まれたので、「なんでもないですよ」と返しておく。
シュガーは、やっぱり極甘だった。