第一部
夢小説設定
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最近、無意識に涙を流すようになった。
それは大抵一人の時に起こる。何も無くても不意に視界が歪んで、気づいた時には泣いている。
世界を背負う重圧に、無意識に心が悲鳴をあげているのだと思う。私が間違えば、みんな死んでしまうから。
ただ、今日はタイミングが良くなかった。
また涙が溢れてきてどうしようもない時に、扉がノックされたのだ。
「……賢者様」
「オーエン?ごめんなさい、今は……」
「いいから。開けるよ」
「え、あの」
そうでした私が止めても意味なんてないんでした。無情にも開かれた扉から現れた純白の彼は、私を見て小さく「やっぱり」と呟いた。
「最近眠れてないでしょ。食事の量も減ってるってネロが言ってた。困るんだよね、そういうの」
「はい。ごめんなさい」
私が体を壊すと、みんなが迷惑する。
本来ならば心も体も常に万全を保っていなきゃいけない立場だ。いつ何が起こるかわからないから。
「おまえの気持ちもわからなくはないよ。そんなに弱いのに世界なんて背負わされて、可哀想に」
オーエンはそう言って私のベッドに腰掛けた。
彼が好む香水の、わたあめみたいな甘い香り。瞳の奥にちらつくのは、ラストノートよりずっと甘くて重い何か。
それを見た時、私は「ああ」と思ってしまった。
恋をしている。彼も、私も。
初めから、お友達でもなんでもなかったのだ。きっと、生まれた時から定められていた。
だから、広げられた腕の中に、私は大人しく収まることができた。
「……可哀想。おまえ、きっと酷く不運な星の元に生まれたんだね」
「そうですかね」
「うん。そうじゃなかったら、今頃こんなことされてない」
視界の回転は一瞬だった。
慣れ親しんだ反発が私を受け止める。首元にかかった手が、酷く冷たい。
「どんな気持ち?自分の魔法使いに首なんて締められて。僕は今最悪の気分だよ」
「……オーエン」
「教えてなんてやらない。おまえのせいだよ、僕、ずっとずっとおかしいんだ。おまえのこと考えると苦しくて、酒が入ったチョコレートを食べた時みたいに熱くなって。全部全部おまえのせいだ」
「オーエン」
「こんなこと初めてなんだよ。責任とれ。僕は、おまえに狂わされた。おまえのせいだよ、そうだろ?」
「オーエン……」
「おまえが泣いてるのを見るのは嫌だ。独りで泣いた跡を見るのはもっと嫌だ。あの時僕がどれだけ辛かったか考えたことある?可哀想なのは僕もだね、おまえなんかに、人間の小娘なんかに、こんなに……」
矢継ぎ早に話す彼の口元は酷く歪んでいる。
彼本来の瞳が潤み、私の頬に雫が落ちた。
「……出るよ。僕、最前線に出る。おまえのために戦ってやるよ。でもその代わり、おまえの心を頂戴」
「それってどういう……」
「おまえが今までずっとずっと独りで守ってた奥の奥まで、心の全てを僕が奪ってやるよ。体の方は、どうやったってここに繋ぎ止めておけないんだから。なあ、いいだろ?答えろよ」
「あの、オーエン」
「わかんないなら言い方変えるよ。抱かせろ。おまえの全部に、一晩かけて僕を書き込んであげる。厄災がくる前日に」
首を締めていた手が離れる。頬に添えられて、涙を拭った。
「もう泣かないようにしてやるよ。僕が見てないところでは、もう絶対に」
「わあ……」
こりゃ凄い。熱烈な告白と捉えてよろしいやつだろうか。
てか抱くってあの抱くか。抱き締めるじゃない方のやつか。
「あ、あの、オーエン」
「何?やめてって言ったって僕は……」
「あの、抱くのはいいです」
「え」
「私初めてなんで、優しくしてくだされば」
「あ、うん」
予想していなかったことを口走ってしまったのだろうか。オーエンは我に返ったように目を丸くしている。
こういうところが可愛いから、本当に嫌になる。断れないし拒絶もできない。ましてや憎むなんて。
「厄災がくる前日でしたよね。それまでに色々整えておきます」
「……おまえ、嫌じゃないの?」
「嫌じゃないですよ。オーエンこそ、嫌じゃないですか?」
「い、言ったのは僕なんだから、嫌なわけないだろ……」
だんだんと声が小さくなっていく。耳が赤くなり、それが顔に伝染していった。かわいいなあ。
「オーエンって、私のこと嫌いじゃないんですか?」
「嫌いだよ。その夜闇みたいな髪も、心の底みたいな真っ黒な瞳も、血が似合う唇も」
「はい」
「春の風みたいな声も嫌い。古びた優しい物語みたいな性格も、揺れる花みたいな仕草も」
「はい」
「嫌いだよ。僕、おまえのことなんて大嫌い」
「はい。……ふふっ」
「笑うなよ。嫌いって言ってるだろ」
「ごめんなさい……あはははは」
「だから笑うなってば!」
何だか嬉しくなってしまって、私は口元を覆った。痛いほどに晴れた心が擽られているようだ。
「いつか好きになってもらえるように頑張りますね」
「もういなくなるくせに、そんなこと言うなよ」
「でもほら、またなんかあったら会えるかも」
ありえないことを言った。
あと一週間で、私はこの世界から消えてしまうのに。
「ねえオーエン」
「……何」
「幸せになってくださいね」
「最低」
「あはは」
可哀想な私達。
瞬きよりも短い時間しか、もう残されてはいないなんて。
でも世界なんてこんなもんだと笑って、私は擦り寄るオーエンを抱き締めた。
お願いだから、そんなに泣かないで。ね、オーエン。
それは大抵一人の時に起こる。何も無くても不意に視界が歪んで、気づいた時には泣いている。
世界を背負う重圧に、無意識に心が悲鳴をあげているのだと思う。私が間違えば、みんな死んでしまうから。
ただ、今日はタイミングが良くなかった。
また涙が溢れてきてどうしようもない時に、扉がノックされたのだ。
「……賢者様」
「オーエン?ごめんなさい、今は……」
「いいから。開けるよ」
「え、あの」
そうでした私が止めても意味なんてないんでした。無情にも開かれた扉から現れた純白の彼は、私を見て小さく「やっぱり」と呟いた。
「最近眠れてないでしょ。食事の量も減ってるってネロが言ってた。困るんだよね、そういうの」
「はい。ごめんなさい」
私が体を壊すと、みんなが迷惑する。
本来ならば心も体も常に万全を保っていなきゃいけない立場だ。いつ何が起こるかわからないから。
「おまえの気持ちもわからなくはないよ。そんなに弱いのに世界なんて背負わされて、可哀想に」
オーエンはそう言って私のベッドに腰掛けた。
彼が好む香水の、わたあめみたいな甘い香り。瞳の奥にちらつくのは、ラストノートよりずっと甘くて重い何か。
それを見た時、私は「ああ」と思ってしまった。
恋をしている。彼も、私も。
初めから、お友達でもなんでもなかったのだ。きっと、生まれた時から定められていた。
だから、広げられた腕の中に、私は大人しく収まることができた。
「……可哀想。おまえ、きっと酷く不運な星の元に生まれたんだね」
「そうですかね」
「うん。そうじゃなかったら、今頃こんなことされてない」
視界の回転は一瞬だった。
慣れ親しんだ反発が私を受け止める。首元にかかった手が、酷く冷たい。
「どんな気持ち?自分の魔法使いに首なんて締められて。僕は今最悪の気分だよ」
「……オーエン」
「教えてなんてやらない。おまえのせいだよ、僕、ずっとずっとおかしいんだ。おまえのこと考えると苦しくて、酒が入ったチョコレートを食べた時みたいに熱くなって。全部全部おまえのせいだ」
「オーエン」
「こんなこと初めてなんだよ。責任とれ。僕は、おまえに狂わされた。おまえのせいだよ、そうだろ?」
「オーエン……」
「おまえが泣いてるのを見るのは嫌だ。独りで泣いた跡を見るのはもっと嫌だ。あの時僕がどれだけ辛かったか考えたことある?可哀想なのは僕もだね、おまえなんかに、人間の小娘なんかに、こんなに……」
矢継ぎ早に話す彼の口元は酷く歪んでいる。
彼本来の瞳が潤み、私の頬に雫が落ちた。
「……出るよ。僕、最前線に出る。おまえのために戦ってやるよ。でもその代わり、おまえの心を頂戴」
「それってどういう……」
「おまえが今までずっとずっと独りで守ってた奥の奥まで、心の全てを僕が奪ってやるよ。体の方は、どうやったってここに繋ぎ止めておけないんだから。なあ、いいだろ?答えろよ」
「あの、オーエン」
「わかんないなら言い方変えるよ。抱かせろ。おまえの全部に、一晩かけて僕を書き込んであげる。厄災がくる前日に」
首を締めていた手が離れる。頬に添えられて、涙を拭った。
「もう泣かないようにしてやるよ。僕が見てないところでは、もう絶対に」
「わあ……」
こりゃ凄い。熱烈な告白と捉えてよろしいやつだろうか。
てか抱くってあの抱くか。抱き締めるじゃない方のやつか。
「あ、あの、オーエン」
「何?やめてって言ったって僕は……」
「あの、抱くのはいいです」
「え」
「私初めてなんで、優しくしてくだされば」
「あ、うん」
予想していなかったことを口走ってしまったのだろうか。オーエンは我に返ったように目を丸くしている。
こういうところが可愛いから、本当に嫌になる。断れないし拒絶もできない。ましてや憎むなんて。
「厄災がくる前日でしたよね。それまでに色々整えておきます」
「……おまえ、嫌じゃないの?」
「嫌じゃないですよ。オーエンこそ、嫌じゃないですか?」
「い、言ったのは僕なんだから、嫌なわけないだろ……」
だんだんと声が小さくなっていく。耳が赤くなり、それが顔に伝染していった。かわいいなあ。
「オーエンって、私のこと嫌いじゃないんですか?」
「嫌いだよ。その夜闇みたいな髪も、心の底みたいな真っ黒な瞳も、血が似合う唇も」
「はい」
「春の風みたいな声も嫌い。古びた優しい物語みたいな性格も、揺れる花みたいな仕草も」
「はい」
「嫌いだよ。僕、おまえのことなんて大嫌い」
「はい。……ふふっ」
「笑うなよ。嫌いって言ってるだろ」
「ごめんなさい……あはははは」
「だから笑うなってば!」
何だか嬉しくなってしまって、私は口元を覆った。痛いほどに晴れた心が擽られているようだ。
「いつか好きになってもらえるように頑張りますね」
「もういなくなるくせに、そんなこと言うなよ」
「でもほら、またなんかあったら会えるかも」
ありえないことを言った。
あと一週間で、私はこの世界から消えてしまうのに。
「ねえオーエン」
「……何」
「幸せになってくださいね」
「最低」
「あはは」
可哀想な私達。
瞬きよりも短い時間しか、もう残されてはいないなんて。
でも世界なんてこんなもんだと笑って、私は擦り寄るオーエンを抱き締めた。
お願いだから、そんなに泣かないで。ね、オーエン。