第一部
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厄災がくるのは、大抵秋の頃だという。
今は8月、夏真っ盛り。夏休みを経験した人ならわかると思うけど、本当にこの時期はあっという間に過ぎていくものだ。
つまり、もうすぐ厄災が訪れる。
そのために私は気を引き締めてそれぞれの国の魔法使い達のトレーニングプランを見直し、綿密なコミュニケーションを心がけていた。
彼らにとって、私は頭。年齢二桁の小娘だろうが魔力がなかろうが躁鬱だろうが関係ない。
世界の命運は、私と、賢者の魔法使いたちに委ねられているのだ。
今でも「やだぁー!」と叫んで逃げたくなる。あの時逃げちゃおうかと差し出された手をとっていたら、どんなに楽になれただろう。
でも、それではこの世界が終わってしまう。みんなも私も、ここでおしまいだ。
それではあんまりなので、魔法舎でこうして呼吸を整えている。迎え撃つべきものは、常に空にある。あれに勝たなければ、死ぬのだ。
私一人が死ねるなら幸せだけど、みんなはそうじゃないから。
「……ねえ賢者様、寝てる?」
「はい」
気づけば、フィガロが心配そうにこちらを覗き込んでいた。
今私は次の仕事を振る魔法使いの編成を考えている。現在二日間の休暇をとらせているのはリケとミチルだ。彼らを省きつつ、それぞれの相性や風土との兼ね合いを考慮して選んでいく。
「なんだか酷く疲れてるみたいだよ」
「きちんと休息はとってますよ」
「うーん……」
頭が倒れるわけにはいかないから、私は意識的に心身を休めるようにしていた。まあそれでも瞑想をするとかきちんと睡眠をとるとかだけど、やらないよりマシだ。
「それ、一緒に考えようか。というか俺が行くよ」
「でも、これは危険度が低くて長くかかる依頼なんです。同時期に重なってるのが短期で危ないやつなので、フィガロにはなるべく魔法舎に待機していてほしくて」
「ふうん。どうして?」
「長い方が南、危ない方が北です。もしどちらかに参加している魔法使いに何かあった時、フィガロにはすぐ動ける場所にいてほしくて」
「それなら、危ない北の方に参加させてよ」
「本来なら大乱闘北3ブラザーズにお願いしたいところなんですけど、オーエンがまだ本調子じゃないし、ミスラもここのところ不眠が続いててイライラしてるようなんです。なのでこっちにはリケを除く中央の人達プラス東年長組に行ってもらいます」
「オズと俺が行っちゃったらパワーバランスが崩れるって?」
「そういうことです。魔法舎も確実に安全というわけではありませんし、緊急事態が発生することもありますから。まあつまり波風立てず上手く対応できる人がほしいんです」
「へえ。俺、そんなに頼りにされてる?」
「正直なことを言うとめちゃくちゃ頼りにしてます」
「へえ、嬉しいなあ」
私は膝に置いている書類を捲った。
「え、まだあるの?」
「はい」
なんと南からは二件依頼が来ているのだ。もう信じられん。厄災滅びろ。
「それには誰を?」
「西の皆さんにお願いしようかと」
西の魔法使いは経験豊富な人が多く、且つ非常に安定している。この程度の依頼なら、多分怪我なくこなしてくれるはず。
「つまり、この期間には南の国にシャイロック、ムル、ラスティカ、クロエ、レノ、ルチル、シノ、ヒースが行くってこと?」
「はい」
「で、北にはオズ、カイン、アーサー、ファウスト、ネロ?」
「はい」
「ひゃー」とフィガロは目を丸くした。
「残留組は?」
「スノウ、ホワイト、ミスラ、オーエン、ブラッドリー、リケ、ミチル、フィガロですね」
双子は前回の依頼から帰ってきて次の全休組だし、北3はあまりにも調子が悪い。リケとミチルは明日から休暇、フィガロは緊急要員。
ぶっちゃけ簡単な依頼には魔法使いを単独で派遣することも考えた。でもそれだと何かあった時に危険すぎる。
一つの依頼で四人は出したいところだ。つまり、一気にこなせる仕事は最大五個。でも今は交代で休みを取らせる期間だし、魔法舎の守りのことも考えれば限界は三つ。つまり今、キツキツなのだ。
夏で北勢の力が発揮しきれないのも痛手だった。
みんななかなか体調が戻らないのでもういっそ北の依頼を任せてそのまま休んできてもらうことも考えたが、それをするにも危険が伴う。ミスラ、オーエン、ブラッドリーが今はちゃめちゃに仲が悪いからというのが原因だ。みんな体調不良と不眠でイライラしているから仕方ない。
私はここ最近毎日ミスラと共寝している。もう立派な添い寝フレンドだけど、それでも眠れない日はある。
毎日オーエンを見舞って音楽を奏でれば数時間は彼とお喋りになる。私としても彼といる時間はとても安らぐので減らしたくはなかった。
ブラッドリーの方はフィガロに薬を調合してもらい、今は安静にしてもらっている。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
無理。正直言って無理。
片付けても片付けても依頼は降ってくるし夏のせいで強い人達がダウンしてるしそれぞれの傷の影響もあるし休ませなきゃいけないし、私の脳はもう限界だった。
「……オーエンのとこ行ってきます」
「ああ、そうだね……ちょっと待って」
唇にフィガロの指が押し当てられる。軽く開くと、やっぱりシュガーが押し込まれた。
「頑張ってる賢者様に、せめてものお礼。いつもありがとね」
「こちらこそ」
ウインクする彼に頭を下げて、私は例の部屋に向かった。
「遅い!」
「すみません。編成に手間取ってしまって」
「ふうん。それって僕のせい?僕の体調が戻らないから?」
「オーエンのせいじゃないですよ。ちょうど依頼が三つも重なってしまったのが不運だったんです」
「へえ。僕ら、今年は特に運がないね」
「ええ。本当に」
白いシャツにビッグシルエットのカーディガンを羽織り、黒いスラックスを履いたオーエンが出迎えてくれた。こうしてみると何処ぞの御曹司に見えてくる。
掌の中ほどまで柔らかい記事で覆われた、いわゆる萌え袖状態の手。それが不意に私の頬を包み、ふわりと持ち上げた。
「……他の男の匂いがする」
「夜はミスラに添い寝ですし、さっきフィガロにシュガーも貰ったので」
「……最悪」
オーエンは苦々しげに吐き捨てた。確かに、彼にとっては不愉快な面子だろうな。
「《クーレ・メミニ》」
細い指が私の口にシュガーを滑り込ませる。
普段ならこのくらいで呪文を唱えることなんてないのに。まだ、魔力が安定していないのだ。
「オーエン、寒気がするの、治りましたか?」
彼はずっと寒気がすると言って、この気候でもカーディガンを着用している。今着ているのは私が街で買ってきたものだ。
「……全然治らないよ。本当に、今年は最悪なことしかない」
彼はそう言って、カウチに私を引きずり込んで抱き締める。
ミスラとの添い寝が増えてきた頃から、オーエンはこれをするようになった。多分、匂い消しだ。
特に害がある訳でもないので、私は大人しくしている。気恥ずかしさよりも、本来はあるはずの心音がないことの方が重要だった。
私の音はどうしようもなく伝わるのに、私は彼の音を聴くことはできない。この世界との関係の脆さと、一方通行になるしかない何かを象徴するかのように。
「……おまえ、こんなにあったかいのに、いなくなるんだね」
「…………そうですね」
「薄情者」
「いくらでも言ってください。事実なので」
あなたと離れることは、とても辛い。
この世界から私が消えてなくなることが、とても悲しい。
あなたの心音が聞こえないことが、こんなにも寂しい。
「……賢者様の心臓は、いつもうるさいね」
「体に備わってますからね……」
「僕のは聞こえる?」
「いえ、全く」
「当然だ」
くすくすと彼は笑う。本当にいじわるなひとだ。
「ねえ賢者様、このまま寝ちゃおうよ」
「いいですねえ」
「でしょ。おまえが寝てる間に、おまえの心臓を取ってあげる」
「素敵なお話ですねえ」
低いオーエンの体温は、火照りがちな私にはちょうどいい。
このまま瞼を閉じると、微かな呼吸音だけがよく聴こえた。唯一の、彼の身体の音。
呪文はいつもより低く穏やかに、甘やかに響く。
額に触れる柔らかい感触は、最近彼から与えられるようになったものだ。
まあ、いつも知らないふりをしているんだけど。
今は8月、夏真っ盛り。夏休みを経験した人ならわかると思うけど、本当にこの時期はあっという間に過ぎていくものだ。
つまり、もうすぐ厄災が訪れる。
そのために私は気を引き締めてそれぞれの国の魔法使い達のトレーニングプランを見直し、綿密なコミュニケーションを心がけていた。
彼らにとって、私は頭。年齢二桁の小娘だろうが魔力がなかろうが躁鬱だろうが関係ない。
世界の命運は、私と、賢者の魔法使いたちに委ねられているのだ。
今でも「やだぁー!」と叫んで逃げたくなる。あの時逃げちゃおうかと差し出された手をとっていたら、どんなに楽になれただろう。
でも、それではこの世界が終わってしまう。みんなも私も、ここでおしまいだ。
それではあんまりなので、魔法舎でこうして呼吸を整えている。迎え撃つべきものは、常に空にある。あれに勝たなければ、死ぬのだ。
私一人が死ねるなら幸せだけど、みんなはそうじゃないから。
「……ねえ賢者様、寝てる?」
「はい」
気づけば、フィガロが心配そうにこちらを覗き込んでいた。
今私は次の仕事を振る魔法使いの編成を考えている。現在二日間の休暇をとらせているのはリケとミチルだ。彼らを省きつつ、それぞれの相性や風土との兼ね合いを考慮して選んでいく。
「なんだか酷く疲れてるみたいだよ」
「きちんと休息はとってますよ」
「うーん……」
頭が倒れるわけにはいかないから、私は意識的に心身を休めるようにしていた。まあそれでも瞑想をするとかきちんと睡眠をとるとかだけど、やらないよりマシだ。
「それ、一緒に考えようか。というか俺が行くよ」
「でも、これは危険度が低くて長くかかる依頼なんです。同時期に重なってるのが短期で危ないやつなので、フィガロにはなるべく魔法舎に待機していてほしくて」
「ふうん。どうして?」
「長い方が南、危ない方が北です。もしどちらかに参加している魔法使いに何かあった時、フィガロにはすぐ動ける場所にいてほしくて」
「それなら、危ない北の方に参加させてよ」
「本来なら大乱闘北3ブラザーズにお願いしたいところなんですけど、オーエンがまだ本調子じゃないし、ミスラもここのところ不眠が続いててイライラしてるようなんです。なのでこっちにはリケを除く中央の人達プラス東年長組に行ってもらいます」
「オズと俺が行っちゃったらパワーバランスが崩れるって?」
「そういうことです。魔法舎も確実に安全というわけではありませんし、緊急事態が発生することもありますから。まあつまり波風立てず上手く対応できる人がほしいんです」
「へえ。俺、そんなに頼りにされてる?」
「正直なことを言うとめちゃくちゃ頼りにしてます」
「へえ、嬉しいなあ」
私は膝に置いている書類を捲った。
「え、まだあるの?」
「はい」
なんと南からは二件依頼が来ているのだ。もう信じられん。厄災滅びろ。
「それには誰を?」
「西の皆さんにお願いしようかと」
西の魔法使いは経験豊富な人が多く、且つ非常に安定している。この程度の依頼なら、多分怪我なくこなしてくれるはず。
「つまり、この期間には南の国にシャイロック、ムル、ラスティカ、クロエ、レノ、ルチル、シノ、ヒースが行くってこと?」
「はい」
「で、北にはオズ、カイン、アーサー、ファウスト、ネロ?」
「はい」
「ひゃー」とフィガロは目を丸くした。
「残留組は?」
「スノウ、ホワイト、ミスラ、オーエン、ブラッドリー、リケ、ミチル、フィガロですね」
双子は前回の依頼から帰ってきて次の全休組だし、北3はあまりにも調子が悪い。リケとミチルは明日から休暇、フィガロは緊急要員。
ぶっちゃけ簡単な依頼には魔法使いを単独で派遣することも考えた。でもそれだと何かあった時に危険すぎる。
一つの依頼で四人は出したいところだ。つまり、一気にこなせる仕事は最大五個。でも今は交代で休みを取らせる期間だし、魔法舎の守りのことも考えれば限界は三つ。つまり今、キツキツなのだ。
夏で北勢の力が発揮しきれないのも痛手だった。
みんななかなか体調が戻らないのでもういっそ北の依頼を任せてそのまま休んできてもらうことも考えたが、それをするにも危険が伴う。ミスラ、オーエン、ブラッドリーが今はちゃめちゃに仲が悪いからというのが原因だ。みんな体調不良と不眠でイライラしているから仕方ない。
私はここ最近毎日ミスラと共寝している。もう立派な添い寝フレンドだけど、それでも眠れない日はある。
毎日オーエンを見舞って音楽を奏でれば数時間は彼とお喋りになる。私としても彼といる時間はとても安らぐので減らしたくはなかった。
ブラッドリーの方はフィガロに薬を調合してもらい、今は安静にしてもらっている。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
無理。正直言って無理。
片付けても片付けても依頼は降ってくるし夏のせいで強い人達がダウンしてるしそれぞれの傷の影響もあるし休ませなきゃいけないし、私の脳はもう限界だった。
「……オーエンのとこ行ってきます」
「ああ、そうだね……ちょっと待って」
唇にフィガロの指が押し当てられる。軽く開くと、やっぱりシュガーが押し込まれた。
「頑張ってる賢者様に、せめてものお礼。いつもありがとね」
「こちらこそ」
ウインクする彼に頭を下げて、私は例の部屋に向かった。
「遅い!」
「すみません。編成に手間取ってしまって」
「ふうん。それって僕のせい?僕の体調が戻らないから?」
「オーエンのせいじゃないですよ。ちょうど依頼が三つも重なってしまったのが不運だったんです」
「へえ。僕ら、今年は特に運がないね」
「ええ。本当に」
白いシャツにビッグシルエットのカーディガンを羽織り、黒いスラックスを履いたオーエンが出迎えてくれた。こうしてみると何処ぞの御曹司に見えてくる。
掌の中ほどまで柔らかい記事で覆われた、いわゆる萌え袖状態の手。それが不意に私の頬を包み、ふわりと持ち上げた。
「……他の男の匂いがする」
「夜はミスラに添い寝ですし、さっきフィガロにシュガーも貰ったので」
「……最悪」
オーエンは苦々しげに吐き捨てた。確かに、彼にとっては不愉快な面子だろうな。
「《クーレ・メミニ》」
細い指が私の口にシュガーを滑り込ませる。
普段ならこのくらいで呪文を唱えることなんてないのに。まだ、魔力が安定していないのだ。
「オーエン、寒気がするの、治りましたか?」
彼はずっと寒気がすると言って、この気候でもカーディガンを着用している。今着ているのは私が街で買ってきたものだ。
「……全然治らないよ。本当に、今年は最悪なことしかない」
彼はそう言って、カウチに私を引きずり込んで抱き締める。
ミスラとの添い寝が増えてきた頃から、オーエンはこれをするようになった。多分、匂い消しだ。
特に害がある訳でもないので、私は大人しくしている。気恥ずかしさよりも、本来はあるはずの心音がないことの方が重要だった。
私の音はどうしようもなく伝わるのに、私は彼の音を聴くことはできない。この世界との関係の脆さと、一方通行になるしかない何かを象徴するかのように。
「……おまえ、こんなにあったかいのに、いなくなるんだね」
「…………そうですね」
「薄情者」
「いくらでも言ってください。事実なので」
あなたと離れることは、とても辛い。
この世界から私が消えてなくなることが、とても悲しい。
あなたの心音が聞こえないことが、こんなにも寂しい。
「……賢者様の心臓は、いつもうるさいね」
「体に備わってますからね……」
「僕のは聞こえる?」
「いえ、全く」
「当然だ」
くすくすと彼は笑う。本当にいじわるなひとだ。
「ねえ賢者様、このまま寝ちゃおうよ」
「いいですねえ」
「でしょ。おまえが寝てる間に、おまえの心臓を取ってあげる」
「素敵なお話ですねえ」
低いオーエンの体温は、火照りがちな私にはちょうどいい。
このまま瞼を閉じると、微かな呼吸音だけがよく聴こえた。唯一の、彼の身体の音。
呪文はいつもより低く穏やかに、甘やかに響く。
額に触れる柔らかい感触は、最近彼から与えられるようになったものだ。
まあ、いつも知らないふりをしているんだけど。