第一部
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大いなる厄災の影響は、どんどん増していた。
あちこちで報告される異変。増える依頼。溜まる疲労。
歳若い魔法使いは明らかにぐったりしているし、歴戦の魔法使いも最近は元気がない。
折しも季節は夏。祖国日本ほど湿度も気温もないとはいえ、それを知らぬ彼らにとってはほぼ苦行らしかった。
特に寒い北出身の魔法使いの消耗が著しい。オズはぼーっとしてるし双子のお道化にはキレがない。ブラッドリーはまたどこかに飛んでいってから帰ってきていないし、ミスラは不眠に拍車がかかってイライラしている。オーエンは体調を崩して寝込んでいた。
その他の魔法使い達は気温ではなく重なる依頼で疲労していた。タフなシノですらふらついていたし、体力のないファウストや実戦経験に乏しいリケとミチルが心配だ。
唯一元気なのはフィガロ。北出身で強い魔力を有しながらも南の気候に慣れ、自己回復が上手い彼にもう怖いものはない。
でも彼は北の魔法使い達の回復に時間を割いているから、あまり任務に引っ張り回すわけにもいかない。
しかも今年の夏は例年を遥かに凌ぐ暑さらしく、なかなか体調が元に戻らないという。
「どうしましょう、賢者様……」
「やっっばいですね」
今は各国の先生と有志による会議中。参加者はスノウ、ホワイト、オズ、シャイロック、ファウスト、フィガロ、アーサー、カイン、ルチルだ。アーサーは目が回るほど忙しいであろう王宮の仕事をダッシュで片付けてのご参加となる。
「ただでさえ今年は猛暑で作物の実りが悪いのではないかと言われています。その中でこの変異ですから、各国の国民はすっかり気落ちしてしまっていて……」
「こっちも力が強い北の魔法使いがこぞってダウンしてますし、他の皆さんのカバーもそろそろ限界が近いですよね」
「……アーサー」
「きちんと睡眠はとっていますよ、オズ様」
「まず、歳若いリケやミチル、ヒースやシノが心配です」
「アーサーだって王子としての業務もありますし」
「ルチルは大丈夫ですか?」
「はい。……と言いたいところですが……」
「ですよね」
「ところで賢者様、ブラッドリーは?」
「戻ってこようとしてもくしゃみが出続けていたるところを飛び回っているそうです。多分、夏風邪をひいたものと」
「オーエンは」
「体調が治らなくて寝込んでます。ネロのご飯も中々進まないようで」
「まあ……それは心配ですね」
この有様だ。私にも、魔法使い達にもどうしようもない。
ここで私がみんなに一斉休暇を出せばいいんだけど、それだと日々寄せられる依頼に対応できなくなる。
「どうしようかなあ……」
「八方塞がりだねえ」
「どうにもならんのお」
「ならんのお」
数千年生きてる彼らですらお手上げなのに、最終判断を下すのは年齢二桁の小娘である。
そしてその小娘が私であるというこの重責。ああピアノが弾きたい。指がなまらない程度には弾いてるし毎日オーエンの傍でカリンバも弾いてるけど全然足りない。思いっきりリサイタルでも開きたい。
「……一日全休とります?交代で」
「そうするか……」
「本当は一週間くらいあげたいんですけど」
「さすがにそこまでは休めんのお」
「ブラックだなあ」
結局、魔法使い達にこれから交代で二日間の全休をとらせることになった。
一日増やしたのは賢者が粘ったからです。お疲れ様でした。
気配でわかるからノックはいらない、静かに入ってこい。
それが、オーエンが言ったことだった。
「……まだ咳が出る。熱でぼーっとするし、喉が渇いた」
「どうぞ」
「ん」
水を口元まで持っていくと、パジャマを着た細い体がなんとか起き上がる。
「食欲はありますか」
「ないよ。あるわけないだろ、こんなの……」
彼はケホ、と小さく咳をした。
「……今日のご飯、私の世界の料理なんです」
「…………食べる。何」
「お粥です。おじやを更に柔らかくしたようなやつだと思ってもらえれば」
「……そう。パン粥よりは良さそうだね」
「私もそう思ってネロにお願いしたんです。頑張ってもらいました」
うちの料理人の腕は一流だ。ありがとうネロ。
「食べさせて」
「はい」
いわゆる「あーん」である。でも病人相手に照れてもいられないし、特に恥ずかしくもないので普通にやる。私は賢者、魔法使いのケアも大切な仕事です。
「……パン粥より食べやすい」
「良かったです」
「明日からこれにして」
「はい。あとこれ、今回のお薬です」
「……………」
「ふふ、そんな嫌そうな顔しないで」
甘党オーエンは当然のように薬嫌いだった。フィガロが調合したものというのも相まってか、本当に飲むのを嫌がるのだ。
「ね、早く元気にならないと指がなまっちゃいますから」
「それはやだな」
「でしょう?」
食事をとって薬を飲んだら、フィガロの診療まで睡眠。
私の役目はオーエンが寝付くまでひたすらカリンバを弾き続けることだった。それがないと悪夢を見ると、いつになく不安そうに彼が言うから。
「……賢者様」
「なんですか?」
「このまま治らなかったら、他の奴らは僕を追い出そうとすると思う?」
病は心を弱らせる。
大人になってからの風邪は特に辛いというし、オーエンにとっても苦しいだろう。
「追い出さないと思いますよ。もしそういうことを言う人が出たら私が怒ります」
「賢者様、僕のために怒るの?」
「私のためですよ。オーエンが居ないと寂しいから」
「……そう」
布団の中からくぐもった声がする。この感じだとあと10分程度で寝付くだろう。
静かな部屋に響くのは、北の国に長く伝わる伝統の曲。
彼の寝息が聞こえるまで、私はそっと弾き続ける。
あちこちで報告される異変。増える依頼。溜まる疲労。
歳若い魔法使いは明らかにぐったりしているし、歴戦の魔法使いも最近は元気がない。
折しも季節は夏。祖国日本ほど湿度も気温もないとはいえ、それを知らぬ彼らにとってはほぼ苦行らしかった。
特に寒い北出身の魔法使いの消耗が著しい。オズはぼーっとしてるし双子のお道化にはキレがない。ブラッドリーはまたどこかに飛んでいってから帰ってきていないし、ミスラは不眠に拍車がかかってイライラしている。オーエンは体調を崩して寝込んでいた。
その他の魔法使い達は気温ではなく重なる依頼で疲労していた。タフなシノですらふらついていたし、体力のないファウストや実戦経験に乏しいリケとミチルが心配だ。
唯一元気なのはフィガロ。北出身で強い魔力を有しながらも南の気候に慣れ、自己回復が上手い彼にもう怖いものはない。
でも彼は北の魔法使い達の回復に時間を割いているから、あまり任務に引っ張り回すわけにもいかない。
しかも今年の夏は例年を遥かに凌ぐ暑さらしく、なかなか体調が元に戻らないという。
「どうしましょう、賢者様……」
「やっっばいですね」
今は各国の先生と有志による会議中。参加者はスノウ、ホワイト、オズ、シャイロック、ファウスト、フィガロ、アーサー、カイン、ルチルだ。アーサーは目が回るほど忙しいであろう王宮の仕事をダッシュで片付けてのご参加となる。
「ただでさえ今年は猛暑で作物の実りが悪いのではないかと言われています。その中でこの変異ですから、各国の国民はすっかり気落ちしてしまっていて……」
「こっちも力が強い北の魔法使いがこぞってダウンしてますし、他の皆さんのカバーもそろそろ限界が近いですよね」
「……アーサー」
「きちんと睡眠はとっていますよ、オズ様」
「まず、歳若いリケやミチル、ヒースやシノが心配です」
「アーサーだって王子としての業務もありますし」
「ルチルは大丈夫ですか?」
「はい。……と言いたいところですが……」
「ですよね」
「ところで賢者様、ブラッドリーは?」
「戻ってこようとしてもくしゃみが出続けていたるところを飛び回っているそうです。多分、夏風邪をひいたものと」
「オーエンは」
「体調が治らなくて寝込んでます。ネロのご飯も中々進まないようで」
「まあ……それは心配ですね」
この有様だ。私にも、魔法使い達にもどうしようもない。
ここで私がみんなに一斉休暇を出せばいいんだけど、それだと日々寄せられる依頼に対応できなくなる。
「どうしようかなあ……」
「八方塞がりだねえ」
「どうにもならんのお」
「ならんのお」
数千年生きてる彼らですらお手上げなのに、最終判断を下すのは年齢二桁の小娘である。
そしてその小娘が私であるというこの重責。ああピアノが弾きたい。指がなまらない程度には弾いてるし毎日オーエンの傍でカリンバも弾いてるけど全然足りない。思いっきりリサイタルでも開きたい。
「……一日全休とります?交代で」
「そうするか……」
「本当は一週間くらいあげたいんですけど」
「さすがにそこまでは休めんのお」
「ブラックだなあ」
結局、魔法使い達にこれから交代で二日間の全休をとらせることになった。
一日増やしたのは賢者が粘ったからです。お疲れ様でした。
気配でわかるからノックはいらない、静かに入ってこい。
それが、オーエンが言ったことだった。
「……まだ咳が出る。熱でぼーっとするし、喉が渇いた」
「どうぞ」
「ん」
水を口元まで持っていくと、パジャマを着た細い体がなんとか起き上がる。
「食欲はありますか」
「ないよ。あるわけないだろ、こんなの……」
彼はケホ、と小さく咳をした。
「……今日のご飯、私の世界の料理なんです」
「…………食べる。何」
「お粥です。おじやを更に柔らかくしたようなやつだと思ってもらえれば」
「……そう。パン粥よりは良さそうだね」
「私もそう思ってネロにお願いしたんです。頑張ってもらいました」
うちの料理人の腕は一流だ。ありがとうネロ。
「食べさせて」
「はい」
いわゆる「あーん」である。でも病人相手に照れてもいられないし、特に恥ずかしくもないので普通にやる。私は賢者、魔法使いのケアも大切な仕事です。
「……パン粥より食べやすい」
「良かったです」
「明日からこれにして」
「はい。あとこれ、今回のお薬です」
「……………」
「ふふ、そんな嫌そうな顔しないで」
甘党オーエンは当然のように薬嫌いだった。フィガロが調合したものというのも相まってか、本当に飲むのを嫌がるのだ。
「ね、早く元気にならないと指がなまっちゃいますから」
「それはやだな」
「でしょう?」
食事をとって薬を飲んだら、フィガロの診療まで睡眠。
私の役目はオーエンが寝付くまでひたすらカリンバを弾き続けることだった。それがないと悪夢を見ると、いつになく不安そうに彼が言うから。
「……賢者様」
「なんですか?」
「このまま治らなかったら、他の奴らは僕を追い出そうとすると思う?」
病は心を弱らせる。
大人になってからの風邪は特に辛いというし、オーエンにとっても苦しいだろう。
「追い出さないと思いますよ。もしそういうことを言う人が出たら私が怒ります」
「賢者様、僕のために怒るの?」
「私のためですよ。オーエンが居ないと寂しいから」
「……そう」
布団の中からくぐもった声がする。この感じだとあと10分程度で寝付くだろう。
静かな部屋に響くのは、北の国に長く伝わる伝統の曲。
彼の寝息が聞こえるまで、私はそっと弾き続ける。