第一部
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気味が悪いほど、今日の大いなる厄災は美しい。
まだ昼間なんすけど……と天に問うても、多分「知らんわ」としか返ってこないだろう。
信じられないほど、この世界の月は大きい。
「ねえねえ賢者様」
「はい?」
「これ、あげる」
「ありがとうございます、オーエン」
本日のオーエンは厄災の傷が出ているらしかった。
切れ長の目をくりくりと丸く見開き、いつもはきゅっと引き締まった口角を上げている。つまりとてもかわいい。
私は彼から差し出された花を受け取った。赤くていい香りがする。
「賢者様の髪の毛はうねうねだね」
「伸びてきて癖が出てきたんですねえ」
「そっかあ。僕、その髪の毛好き。かわいい」
「ありがとうございます」
まさかオーエンの口から素直に「かわいい」という言葉が聞けるとは思わなかった。お願いだからこの声だけは記憶に留まっていてほしい。
「賢者様、騎士様は?」
「今日はお仕事に行ってるんです」
「そっかあ……。でも僕、賢者様と一緒で嬉しい」
「私もですよ」
ちなみに今、オーエンは私の太腿に頭を預けて横になっている。つまり膝枕だ。
中身が幼いだけで見た目は相変わらず美しい青年なので、やってる側的にはなかなか緊張する。ズボン履いてて良かった。
「ふふ、カーテンみたいだね」
俯いて顔にかかった私の髪を、細い指が耳にかける。
「ねえ賢者様、なにかお話して」
「お話?」
「うん。賢者様がいたところのお話」
「いたところのお話ですか……」
脳内で検索をかけていく。わかりやすく、かつ面白いもの。
「床下に住む小人のお話をしましょうか」
「なにそれ?」
「人間の作ったものの欠片を借りながら暮らす、小人たちのお話です」
「おもしろそう。聞かせて!」
選んだのはジブリの名作だ。映画館でわざわざ見た数少ない作品の一つでもある。
「とある心臓の弱い少年が、治療のためにとあるお屋敷にやってくるところから、お話は始まります。それでーーー」
すやすやと寝息が聞こえるようになったのは、それから15分ほど後のことだった。
「……おやすみなさい」
どこか幼い寝顔を晒すオーエンを、木漏れ日が照らす。美形って何してても絵になるな。
「風髪に感じて、か」
初夏にふさわしいそよ風が、銀の紙を揺らした。
「あったかいなあ」
ついでに重いなあ。頭って確か、7kgくらいあったよね。
時刻は午後2時、ふわふわと暖かいこの時間。
私も眠くなって、目を閉じる。
多分起きた時にオーエンは普段の彼に戻っているだろうけど、多分私を殺しはしないだろう。
起きたら視界がほぼ塞がっていた。
肩にかけられてるのは白いインバネスコートで、頭に被せられているのは同色の軍帽。
そして隣で眠るのは、純白の魔法使い。
「元に戻ったのかな……」
一旦起きて、私にコートと帽子を着せた上でまた寝たのか。本当に優しい人だ。
隣で私にもたれるように眠るオーエンは、やはり穏やかな寝顔をしている。傷の時と同じだ。
「ん……」
「わっ」
すり、と手が私のそれに重ねられる。
「……オーエン、起きてますよね?」
「バレた?」
ぱち、と開いた瞼から覗く、紅と金。全てが白い彼の、ほぼ唯一の色彩だ。
にしても本当に顔がいい。眉間の力を抜いて微笑むその姿はもうほぼ彼氏だ。彼氏じゃないけど。
「そろそろおやつの時間だね」
「そうですね」
「今日のおやつはなんだと思う?」
「なんでしょう……今の気分的にはトレスレチェスなんですけど」
「おまえの気分なんてネロは察してくれるのかな。でも、僕もそれがいい」
「あはは」
オーエンは私の手で遊び出した。手相をなぞる。
「賢者様、生命線短いんだね」
「そうなんですよね。こっちの世界にも手相占いってあるんですか?」
「あるよ。魔法使いにはほぼ通じないけど」
そりゃ寿命や結婚なんて魔法使いには縁遠いものだろうし、手相でいちいち占う必要も無いわな。
「人間には通じることもあるのかな。だとしたら、賢者様そろそろ死んじゃうね」
「こんなに薄くて短いんじゃ……」と彼は滑らかに私の生命線をなぞる。
「……僕がこの手にナイフを突き立てたら、おまえは怒る?」
「え、」
「僕が、生命線を長くしてあげようか。死にたい賢者様が、地獄の中で生きる時間を増やしてあげる」
「それはやめていただきたいですね……」
私にとって、この薄くて短い生命線はほぼ唯一の救いだった。
こんな線何にもならないけど、自分は短命であると信じ込めるのは幸福だった。
「僕は、すごく長いんだ。これ」
革手袋を脱いだオーエンが、自分の左手を差し出す。
確かにその掌の生命線はくっきりと濃く、手首の方まで続いていた。
「本当だ」
「忌々しいよね。僕も賢者様みたいな薄くて短いのが良かった」
「でもオーエンは魔法使いですから、どちらにせよ長生きは確定ですね」
「そうなんだよね。僕、あと何年生きるんだろう」
下を向いて呟く。見た目はこんなに若いけど、彼はもう1200年の年月を生きているのだ。
「あと、見てこれ」
オーエンは自分の右手の小指の下の線を指した。
「結婚線ですね」
「これによると僕、一度だけ結婚するらしいんだ。しかも、物語みたいな恋をして」
一本だけ長く真っ直ぐに引かれたその線。
「僕にそんな相手が現れると思う?」
「これまでにそういう人はいましたか?」
「いないよ。僕は悪い魔法使いだから」
「なら、これからかもしれませんね」
オーエンに物語のような恋をさせる、か。
きっとその人はとても素敵な人なんだろう。取り敢えず美人なんだろうな。
「結婚線、私も濃いんですよ」
小指の際に刻まれた、濃く長い一本線を出す。
「僕よりだいぶ上の位置だね」
「早婚なんでしょうか……短命なのに」
「早婚で短命で物語みたいな恋をするの?凄いね賢者様、耐えられる?」
「耐えられそうにないです」
オーエンは楽しそうに笑った。
「線の位置が低いから、僕は晩婚なのかな」
「もう1200年も生きてますし、どうなんでしょう……」
「1200歳で結婚は晩婚なのかなあ」
「うーん……魔法使いですからね……」
「やっぱり手相占いは魔法使いに通じないな」
「ふふ。そうかもしれませんね」
革手袋が白い手を覆う。
「おーい!おやつ出来たぞー!」
「おやつだ」
「おやつだ」
「行こう、賢者様」
先に立ったオーエンの手に、自分の手を重ねた。
薄く短い生涯と長く濃い一生が、一瞬だけ触れ合った。
まだ昼間なんすけど……と天に問うても、多分「知らんわ」としか返ってこないだろう。
信じられないほど、この世界の月は大きい。
「ねえねえ賢者様」
「はい?」
「これ、あげる」
「ありがとうございます、オーエン」
本日のオーエンは厄災の傷が出ているらしかった。
切れ長の目をくりくりと丸く見開き、いつもはきゅっと引き締まった口角を上げている。つまりとてもかわいい。
私は彼から差し出された花を受け取った。赤くていい香りがする。
「賢者様の髪の毛はうねうねだね」
「伸びてきて癖が出てきたんですねえ」
「そっかあ。僕、その髪の毛好き。かわいい」
「ありがとうございます」
まさかオーエンの口から素直に「かわいい」という言葉が聞けるとは思わなかった。お願いだからこの声だけは記憶に留まっていてほしい。
「賢者様、騎士様は?」
「今日はお仕事に行ってるんです」
「そっかあ……。でも僕、賢者様と一緒で嬉しい」
「私もですよ」
ちなみに今、オーエンは私の太腿に頭を預けて横になっている。つまり膝枕だ。
中身が幼いだけで見た目は相変わらず美しい青年なので、やってる側的にはなかなか緊張する。ズボン履いてて良かった。
「ふふ、カーテンみたいだね」
俯いて顔にかかった私の髪を、細い指が耳にかける。
「ねえ賢者様、なにかお話して」
「お話?」
「うん。賢者様がいたところのお話」
「いたところのお話ですか……」
脳内で検索をかけていく。わかりやすく、かつ面白いもの。
「床下に住む小人のお話をしましょうか」
「なにそれ?」
「人間の作ったものの欠片を借りながら暮らす、小人たちのお話です」
「おもしろそう。聞かせて!」
選んだのはジブリの名作だ。映画館でわざわざ見た数少ない作品の一つでもある。
「とある心臓の弱い少年が、治療のためにとあるお屋敷にやってくるところから、お話は始まります。それでーーー」
すやすやと寝息が聞こえるようになったのは、それから15分ほど後のことだった。
「……おやすみなさい」
どこか幼い寝顔を晒すオーエンを、木漏れ日が照らす。美形って何してても絵になるな。
「風髪に感じて、か」
初夏にふさわしいそよ風が、銀の紙を揺らした。
「あったかいなあ」
ついでに重いなあ。頭って確か、7kgくらいあったよね。
時刻は午後2時、ふわふわと暖かいこの時間。
私も眠くなって、目を閉じる。
多分起きた時にオーエンは普段の彼に戻っているだろうけど、多分私を殺しはしないだろう。
起きたら視界がほぼ塞がっていた。
肩にかけられてるのは白いインバネスコートで、頭に被せられているのは同色の軍帽。
そして隣で眠るのは、純白の魔法使い。
「元に戻ったのかな……」
一旦起きて、私にコートと帽子を着せた上でまた寝たのか。本当に優しい人だ。
隣で私にもたれるように眠るオーエンは、やはり穏やかな寝顔をしている。傷の時と同じだ。
「ん……」
「わっ」
すり、と手が私のそれに重ねられる。
「……オーエン、起きてますよね?」
「バレた?」
ぱち、と開いた瞼から覗く、紅と金。全てが白い彼の、ほぼ唯一の色彩だ。
にしても本当に顔がいい。眉間の力を抜いて微笑むその姿はもうほぼ彼氏だ。彼氏じゃないけど。
「そろそろおやつの時間だね」
「そうですね」
「今日のおやつはなんだと思う?」
「なんでしょう……今の気分的にはトレスレチェスなんですけど」
「おまえの気分なんてネロは察してくれるのかな。でも、僕もそれがいい」
「あはは」
オーエンは私の手で遊び出した。手相をなぞる。
「賢者様、生命線短いんだね」
「そうなんですよね。こっちの世界にも手相占いってあるんですか?」
「あるよ。魔法使いにはほぼ通じないけど」
そりゃ寿命や結婚なんて魔法使いには縁遠いものだろうし、手相でいちいち占う必要も無いわな。
「人間には通じることもあるのかな。だとしたら、賢者様そろそろ死んじゃうね」
「こんなに薄くて短いんじゃ……」と彼は滑らかに私の生命線をなぞる。
「……僕がこの手にナイフを突き立てたら、おまえは怒る?」
「え、」
「僕が、生命線を長くしてあげようか。死にたい賢者様が、地獄の中で生きる時間を増やしてあげる」
「それはやめていただきたいですね……」
私にとって、この薄くて短い生命線はほぼ唯一の救いだった。
こんな線何にもならないけど、自分は短命であると信じ込めるのは幸福だった。
「僕は、すごく長いんだ。これ」
革手袋を脱いだオーエンが、自分の左手を差し出す。
確かにその掌の生命線はくっきりと濃く、手首の方まで続いていた。
「本当だ」
「忌々しいよね。僕も賢者様みたいな薄くて短いのが良かった」
「でもオーエンは魔法使いですから、どちらにせよ長生きは確定ですね」
「そうなんだよね。僕、あと何年生きるんだろう」
下を向いて呟く。見た目はこんなに若いけど、彼はもう1200年の年月を生きているのだ。
「あと、見てこれ」
オーエンは自分の右手の小指の下の線を指した。
「結婚線ですね」
「これによると僕、一度だけ結婚するらしいんだ。しかも、物語みたいな恋をして」
一本だけ長く真っ直ぐに引かれたその線。
「僕にそんな相手が現れると思う?」
「これまでにそういう人はいましたか?」
「いないよ。僕は悪い魔法使いだから」
「なら、これからかもしれませんね」
オーエンに物語のような恋をさせる、か。
きっとその人はとても素敵な人なんだろう。取り敢えず美人なんだろうな。
「結婚線、私も濃いんですよ」
小指の際に刻まれた、濃く長い一本線を出す。
「僕よりだいぶ上の位置だね」
「早婚なんでしょうか……短命なのに」
「早婚で短命で物語みたいな恋をするの?凄いね賢者様、耐えられる?」
「耐えられそうにないです」
オーエンは楽しそうに笑った。
「線の位置が低いから、僕は晩婚なのかな」
「もう1200年も生きてますし、どうなんでしょう……」
「1200歳で結婚は晩婚なのかなあ」
「うーん……魔法使いですからね……」
「やっぱり手相占いは魔法使いに通じないな」
「ふふ。そうかもしれませんね」
革手袋が白い手を覆う。
「おーい!おやつ出来たぞー!」
「おやつだ」
「おやつだ」
「行こう、賢者様」
先に立ったオーエンの手に、自分の手を重ねた。
薄く短い生涯と長く濃い一生が、一瞬だけ触れ合った。