第一部
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
翌日、案の定オーエンは「昨日は賢者様の誕生日だったんだよ。おまえら知らなかったの?」とマウントをとり、魔法舎を大混乱に陥れた。
それはそれは凄かった。何となく察していたネロを除く20人が、それぞれのやり方で落ち込んだのだ。
「知ってたならなんで教えてくれないんですか」とオーエンを責める人、「ごめんなさい賢者様」と謝る人、何故か部屋から出てこなくなる人、謎のお守りを渡してくる人。てんやわんやだった。
それなのにあの白い悪魔ときたら「動物たちですら把握してたよ。おまえら薄情なんだね」なんてさらに圧をかけるんだから面白い。
「動物が知ってるなんてありえない」と反論する人もいたけど、「あいつらは意外と人の話聞いてるんだよ」と返されて黙っていた。動物と話せるオーエンに言われちゃそりゃ何も言えんわな。
でも、本当に動物たちは私の誕生日を知っていたらしい。昨日庭に出た途端わんさか周りに集まってきたのだ。口に花を咥えて。
私は魔法舎で自分の誕生日について言及していないから、確実にあれはオーエンが事前に通達していたのだ。
想像してみたら死んだ。白皙の美青年が動物に向かって「明日は賢者様の誕生日だからねおまえたち」とか言ってたとかなんだその素敵シーン。
オーエンの誕生日がもう過ぎていて、祝える可能性が少ないのが本当に惜しい。せめてその日までは帰宅延長しておいてほしい。
「ねえ賢者様、ここはどうやるの?」
椅子に腰かけて右手のメロディーを弾いていたオーエンが止まる。
「あーここ難しいですよね。左と合わせてみます?」
「わかった」
「じゃあいきますね」
予想通り、オーエンの習得は早かった。
昨日教え始めてもう今日には右手の音をほぼ記憶している。あとは手を動かすことに慣れるだけだ。
「そういう感じになるのか……」
「はい。でもまずはメロディーを完璧にしましょう」
「うん」
珍しく革手袋を外した白い素肌に、陽の光が降り注ぐ。まるで祝福のように。
「……ミスした」
「初めの頃はそんなものです。でも、オーエンはとても上手ですよ」
「そう?僕、上手い?」
「はい。上手です」
これが私だったら手を叩かれてやり直しだけど、オーエンは私じゃない。私も、母親や先生じゃない。
彼が奏でる音は、とにかく淡く、透き通った色をしている。
きつく思われがちなその言動とは大違いだ。子猫が丸くなるような、懐かしい温かみがあるのだ。
美しい横顔は真剣で、形を教えた指はぎこちなく丸くなっている。たまに口ずさむ音階は、震える空気にシュガーのように溶けていく。
「……よし。もう一回」
深く集中している。銀灰色の睫毛が瞬く度に、光がきらりと散る。
とても美しい光景だと思う。この穏やかさをみんなが知れば、何かあった時に彼のせいになることもないだろう。でもこの世はそんなに上手くいかないから、彼のこの弾き終えた時の笑顔を知るのは私しかいない。
「賢者様、聞いてた?僕間違わなかった」
「はい。凄いです、オーエンは才能がありますね」
「そのうち賢者様より上手くなるかもね」
「ふふ。そうかもしれませんね」
通して左と合わせましょうというと、彼は素直に頷く。
私はこの時間が好きだ。音楽は、心の深いところをそっと繋ぐから。
異世界の魔法使いと奏でられることを、私はとても嬉しく思う。
「ねえ賢者様、何を考えてるの?」
「オーエンはピアノが上手だなあと思ってます。一緒に弾けてとても嬉しいです」
「……そっか」
彼はそっと鍵盤から指を離して、手書きの楽譜を捲る。
たった数ページのそれは、すぐに終わる。
私の彼の時間のように。
「ねえ、賢者様」
「はい?」
「もう一回、通しで弾こう」
「はい」
鍵盤に指を添えて、隣のオーエンに合わせて押す。
あと数分で終わってしまうであろうこの時間を吸うように、音色が響き出した。
それはそれは凄かった。何となく察していたネロを除く20人が、それぞれのやり方で落ち込んだのだ。
「知ってたならなんで教えてくれないんですか」とオーエンを責める人、「ごめんなさい賢者様」と謝る人、何故か部屋から出てこなくなる人、謎のお守りを渡してくる人。てんやわんやだった。
それなのにあの白い悪魔ときたら「動物たちですら把握してたよ。おまえら薄情なんだね」なんてさらに圧をかけるんだから面白い。
「動物が知ってるなんてありえない」と反論する人もいたけど、「あいつらは意外と人の話聞いてるんだよ」と返されて黙っていた。動物と話せるオーエンに言われちゃそりゃ何も言えんわな。
でも、本当に動物たちは私の誕生日を知っていたらしい。昨日庭に出た途端わんさか周りに集まってきたのだ。口に花を咥えて。
私は魔法舎で自分の誕生日について言及していないから、確実にあれはオーエンが事前に通達していたのだ。
想像してみたら死んだ。白皙の美青年が動物に向かって「明日は賢者様の誕生日だからねおまえたち」とか言ってたとかなんだその素敵シーン。
オーエンの誕生日がもう過ぎていて、祝える可能性が少ないのが本当に惜しい。せめてその日までは帰宅延長しておいてほしい。
「ねえ賢者様、ここはどうやるの?」
椅子に腰かけて右手のメロディーを弾いていたオーエンが止まる。
「あーここ難しいですよね。左と合わせてみます?」
「わかった」
「じゃあいきますね」
予想通り、オーエンの習得は早かった。
昨日教え始めてもう今日には右手の音をほぼ記憶している。あとは手を動かすことに慣れるだけだ。
「そういう感じになるのか……」
「はい。でもまずはメロディーを完璧にしましょう」
「うん」
珍しく革手袋を外した白い素肌に、陽の光が降り注ぐ。まるで祝福のように。
「……ミスした」
「初めの頃はそんなものです。でも、オーエンはとても上手ですよ」
「そう?僕、上手い?」
「はい。上手です」
これが私だったら手を叩かれてやり直しだけど、オーエンは私じゃない。私も、母親や先生じゃない。
彼が奏でる音は、とにかく淡く、透き通った色をしている。
きつく思われがちなその言動とは大違いだ。子猫が丸くなるような、懐かしい温かみがあるのだ。
美しい横顔は真剣で、形を教えた指はぎこちなく丸くなっている。たまに口ずさむ音階は、震える空気にシュガーのように溶けていく。
「……よし。もう一回」
深く集中している。銀灰色の睫毛が瞬く度に、光がきらりと散る。
とても美しい光景だと思う。この穏やかさをみんなが知れば、何かあった時に彼のせいになることもないだろう。でもこの世はそんなに上手くいかないから、彼のこの弾き終えた時の笑顔を知るのは私しかいない。
「賢者様、聞いてた?僕間違わなかった」
「はい。凄いです、オーエンは才能がありますね」
「そのうち賢者様より上手くなるかもね」
「ふふ。そうかもしれませんね」
通して左と合わせましょうというと、彼は素直に頷く。
私はこの時間が好きだ。音楽は、心の深いところをそっと繋ぐから。
異世界の魔法使いと奏でられることを、私はとても嬉しく思う。
「ねえ賢者様、何を考えてるの?」
「オーエンはピアノが上手だなあと思ってます。一緒に弾けてとても嬉しいです」
「……そっか」
彼はそっと鍵盤から指を離して、手書きの楽譜を捲る。
たった数ページのそれは、すぐに終わる。
私の彼の時間のように。
「ねえ、賢者様」
「はい?」
「もう一回、通しで弾こう」
「はい」
鍵盤に指を添えて、隣のオーエンに合わせて押す。
あと数分で終わってしまうであろうこの時間を吸うように、音色が響き出した。