第一部
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春がきた。
変わらぬ日々の中でも、着々と私が消えるカウントダウンは始まっていた。
私は今日、実は誕生日だ。
でも日付は誰にも言っていない。
私にとって誕生日というのは生まれた日を謝罪する日。祝うものと思っているであろう人達に、あまりそういうことはしたくなかった。変な気持ちにさせたくないしね。
ということで今日もいつも通り。通常営業です。
朝目が覚めて真っ先に思い浮かぶご飯のこと。
「おはよう」
「へっ」
聞き覚えのありすぎる涼やかで艶やかなお声。
「オーエン……」
「賢者様、今日誕生日でしょ」
「えっ」
なんでバレてんの。この人怖い。人じゃないけど。
「僕は悪い魔法使いだから、勝手に賢者様の星を読んだんだよ。どう?怖い?」
「いや怖いというか凄いというか……」
そうか、彼は星を読めるのか。いつ読んだんだ。
「でも僕、他の人には教えてないよ」
「あっそうなんですね」
「みんなあんなに賢者様のことを慕ってる風なのに誕生日も知らないなんて薄情だね。本当は嫌われてるんじゃない?」
「私が教えてないだけですけど、そういえば聞かれもしてないですからね」
「僕ですらちゃんと把握してるのにね。可哀想な賢者様」
「オーエンが把握してくれてるならそれでいいですよ。私はあなたも知らないだろうと思ってたから」
「ふふふ」
オーエンはご機嫌だ。窓枠に座り、長い脚を組む。
「ねえ賢者様、ネロに大きいケーキを作らせよう。僕がほぼ食べてあげる」
「いいですね」
「小鳥とうさぎと猫を呼んで、お外で日向ぼっこもしよう。悪い魔法使いとかわいい賢者様が並んで寝転がるのを見て、みんなどんな顔をするかな」
本当にめちゃくちゃご機嫌だ。さらりと私を褒めてしまっている。
「それで、明日になったらみんなに言うんだ。「昨日、賢者様は誕生日だったんだよ」って」
「楽しそうですね」
随分と今日のオーエンは可愛らしい。
にこにこ微笑んで、彼は呪文を唱える。
「わっ」
「クロエに作らせて僕が引き取っておいたの。どう、血みたいな色でしょ」
着せられたのはボルドーのワンピース。裾のフリルや袖の編み上げや大きな襟は元の世界で言う地雷系とかそういうやつだろうか。でも生地が圧倒的に高そうだし、細やかな刺繍が至るところに施されている。型も珍しいし、さすがはクロエクオリティといったところだ。
髪型はシンプルなハーフアップだった。結び目につけられたリボンが大きくて可愛らしい。
「あとこれね」
次に現れたのは黒いポーチ。入っているのはなんと化粧品一式だった。
「わっ」
そこから先は目にも止まらぬ早業だ。もう何が何だか分からないけど取り敢えず肌に多分下地やファンデーションが塗られ、眉を描き足され、ほんのりと赤いアイシャドウが入れられ、ややしっかりめにアイラインが引かれた。
凄い。これ相当細かい魔力の操作が必要なんじゃなかろうか。
てか彼はなぜ私に化粧を施しているんだ。どこから調達したんだその高そうな化粧品の数々は。
そして、オーエンは最後に赤い小瓶を取りだした。
「これね、ティントリップっていうんだって」
「へえ……」
知らなかった。なんだそれは。
「はじめは口紅にしようと思ったけど、こっちの方が血みたいだったから」
「ああ……」
この前、彼は私に血の色が似合うと笑っていた。
本当に買ってきたのか。
「これ塗るの難しいらしいから、大人しくしてろよ」
「はい」
なるべく呼吸も浅くします。
人形のように整った顔がすいっと近づく。滑らかな手にティントを握り、そっと私の唇にチップを置いた。
まずは下唇、次に内側に薄く。そして上唇に。
少し重ねてグラデーションを作って完成。
「よし」
「ありがとうございます……」
そばにある鏡には、あまり見たことのない姿をした私が写っている。
「オーエン、メイク上手いんですね」
「……そうでもないだろ」
彼は肩を竦めた。
「ほら、行くよ。今日は賢者様を見せびらかしながらみんなを困らせる日なんだから」
確かにみんな困っていた。
「け、賢者様?どうしたんだ?その格好」
「変ですか?」
「いや、とても綺麗だ!思わず見とれたよ」
「お上手ですね」
「本気だって」
「賢者様、今日は一段とお綺麗ですね」
「ありがとうございます」
確かに、会う人会う人に驚かれる。
普段適当な格好しかしてないしノーメイクだから、当然か。
「オーエン、お前なんで賢者様にそんなにぴったりくっついてるんだ?そしてなんでニヤニヤしてるんだ?」
「だってこれ、僕がやったんだもの。服はクロエだけど」
「えっ」
「今日、もしかして何かあるのか?」
「なんにもないよ」
オーエンはくすくすと笑う。背中に垂れる私の髪をくるくると指に巻きつけて遊び、すとんと落とす。
「ネロ」
「ああ、賢者さん。これ朝飯な」
プレートを渡される。本日の朝食はおじや。
「ネロ、後でケーキを作って。甘いミルクでビシャビシャにして、生クリームをたくさん載せて、内蔵みたいな甘いぐちゃぐちゃもいっぱい入れて」
「……ショートケーキのことか?」
「そう、それ。このくらいの大きさで」
「随分でかいな。まあいいよ、あとで作る」
「ふふ。ありがとう」
……ネロにはあとで何かあげよう。オーエンが示した大きさは両手を広げるほどあったのに、すぐに請けあうのは流石すぎる。
「ねえ賢者様、ケーキができるまでピアノを弾いてよ。この前の魔法、もっと聴きたい」
「わかりました」
まるで秘密を共有するかのように、こそこそと小さな声で彼は話す。
「賢者様、何を話しているんですか?」
「うるさいな。ガキは黙ってろよ」
「なっ……私は賢者様に話しかけたんです。それに、僕はガキではありません。神の使徒にそのような言葉遣いをするなんて、天罰が下りますよ」
「はっ、賢者様は今おまえなんてお呼びじゃないんだよ。それに、天罰なんて何もしなくてももう下る予定だし。僕、悪い北の魔法使いだから」
流石オーエン、子供にも容赦がない。でもちと言い過ぎですね。
「オーエン、そこまでにしてあげてください」
「どうして?賢者様はこいつの肩を持つの?」
「そういうわけではありません。でも、今のは少し言い過ぎです。もう少し短く言ってあげてください」
「ふうん。じゃあ言うよ。おまえ、邪魔」
「ひっ」
「次からはそのくらいの短さを心がけていただけると私のピアノの音が冴えるかもしれないです」
唇を尖らせるオーエンをなだめて、すっかり怯えてしまったリケの方を向く。ああかわいそうに。
「ごめんなさい、リケ。怖かったですね」
「はい……」
「今はオーエンと大切なお話をしているんです。でも、怖いことや嫌なことでは無いですよ。この後二人で少し素敵なことをしようかっていうだけで」
「ね?」と後ろを振り返ると、彼は素直に頷いた。
「……そうですか。なら、よかったです」
「リケは私になにか用事がありましたか?」
「いえ、賢者様があの人になにか良くないことを言われているのかと思っただけなので」
「あら」
このオーエンに対する偏見、本当にどうにかならないかな。でも大体本人の日頃の行いのせいだからなあ。
「オーエンは嫌なことがなければ怖いことはしないですよ。私、彼が好きです」
もうここは賢者が全幅の信頼をオーエンに寄せるしかない。みんなー、オーエンは怖くないよ!言うこととやることは怖いけど!
「賢者様……」
「ね、だからリケも、そんなことあんまり言わないであげてください。人を表面的な要素だけで判断するのはとても危険ですよ」
なんで脅された側に説教してんだろ私。ほんとごめんリケ。
「賢者様は、本当に立派な方なのですね」
「いえいえ」
「これからは僕も、表面だけで判断をしないように気をつけます。でも、僕はガキではないです」
「ふふ。そうですね。ガキではないですね」
1200歳のオーエンから見たらリケも私も等しくガキだろうけど。年齢2桁だし。
「じゃあ、私はもう行きますね。あっちでミチルが待ってますよ」
「はい。賢者様、失礼します」
去っていくリケを見送ってから、オーエンに向き直る。彼はクリームを食べていた。
「終わった?」
「終わりましたよ」
「僕もそろそろこれ食べ終わる。終わったらピアノのところに行こう」
今日はあまり顔に飛ばさずに済んでいるようだ。オーエンはスプーンを置いて満足気に微笑んで、私の手を握る。
「ね、行こう」
「はい」
楽しげな彼に先導されながら、私は後ろを振り返った。
目を丸くするカイン、ニヤニヤ笑うスノウとホワイトとフィガロ、固まる南と東の魔法使い。
みんなに心の中で手を振る。
ごめんなさい、私、今日、誕生日なんです。
変わらぬ日々の中でも、着々と私が消えるカウントダウンは始まっていた。
私は今日、実は誕生日だ。
でも日付は誰にも言っていない。
私にとって誕生日というのは生まれた日を謝罪する日。祝うものと思っているであろう人達に、あまりそういうことはしたくなかった。変な気持ちにさせたくないしね。
ということで今日もいつも通り。通常営業です。
朝目が覚めて真っ先に思い浮かぶご飯のこと。
「おはよう」
「へっ」
聞き覚えのありすぎる涼やかで艶やかなお声。
「オーエン……」
「賢者様、今日誕生日でしょ」
「えっ」
なんでバレてんの。この人怖い。人じゃないけど。
「僕は悪い魔法使いだから、勝手に賢者様の星を読んだんだよ。どう?怖い?」
「いや怖いというか凄いというか……」
そうか、彼は星を読めるのか。いつ読んだんだ。
「でも僕、他の人には教えてないよ」
「あっそうなんですね」
「みんなあんなに賢者様のことを慕ってる風なのに誕生日も知らないなんて薄情だね。本当は嫌われてるんじゃない?」
「私が教えてないだけですけど、そういえば聞かれもしてないですからね」
「僕ですらちゃんと把握してるのにね。可哀想な賢者様」
「オーエンが把握してくれてるならそれでいいですよ。私はあなたも知らないだろうと思ってたから」
「ふふふ」
オーエンはご機嫌だ。窓枠に座り、長い脚を組む。
「ねえ賢者様、ネロに大きいケーキを作らせよう。僕がほぼ食べてあげる」
「いいですね」
「小鳥とうさぎと猫を呼んで、お外で日向ぼっこもしよう。悪い魔法使いとかわいい賢者様が並んで寝転がるのを見て、みんなどんな顔をするかな」
本当にめちゃくちゃご機嫌だ。さらりと私を褒めてしまっている。
「それで、明日になったらみんなに言うんだ。「昨日、賢者様は誕生日だったんだよ」って」
「楽しそうですね」
随分と今日のオーエンは可愛らしい。
にこにこ微笑んで、彼は呪文を唱える。
「わっ」
「クロエに作らせて僕が引き取っておいたの。どう、血みたいな色でしょ」
着せられたのはボルドーのワンピース。裾のフリルや袖の編み上げや大きな襟は元の世界で言う地雷系とかそういうやつだろうか。でも生地が圧倒的に高そうだし、細やかな刺繍が至るところに施されている。型も珍しいし、さすがはクロエクオリティといったところだ。
髪型はシンプルなハーフアップだった。結び目につけられたリボンが大きくて可愛らしい。
「あとこれね」
次に現れたのは黒いポーチ。入っているのはなんと化粧品一式だった。
「わっ」
そこから先は目にも止まらぬ早業だ。もう何が何だか分からないけど取り敢えず肌に多分下地やファンデーションが塗られ、眉を描き足され、ほんのりと赤いアイシャドウが入れられ、ややしっかりめにアイラインが引かれた。
凄い。これ相当細かい魔力の操作が必要なんじゃなかろうか。
てか彼はなぜ私に化粧を施しているんだ。どこから調達したんだその高そうな化粧品の数々は。
そして、オーエンは最後に赤い小瓶を取りだした。
「これね、ティントリップっていうんだって」
「へえ……」
知らなかった。なんだそれは。
「はじめは口紅にしようと思ったけど、こっちの方が血みたいだったから」
「ああ……」
この前、彼は私に血の色が似合うと笑っていた。
本当に買ってきたのか。
「これ塗るの難しいらしいから、大人しくしてろよ」
「はい」
なるべく呼吸も浅くします。
人形のように整った顔がすいっと近づく。滑らかな手にティントを握り、そっと私の唇にチップを置いた。
まずは下唇、次に内側に薄く。そして上唇に。
少し重ねてグラデーションを作って完成。
「よし」
「ありがとうございます……」
そばにある鏡には、あまり見たことのない姿をした私が写っている。
「オーエン、メイク上手いんですね」
「……そうでもないだろ」
彼は肩を竦めた。
「ほら、行くよ。今日は賢者様を見せびらかしながらみんなを困らせる日なんだから」
確かにみんな困っていた。
「け、賢者様?どうしたんだ?その格好」
「変ですか?」
「いや、とても綺麗だ!思わず見とれたよ」
「お上手ですね」
「本気だって」
「賢者様、今日は一段とお綺麗ですね」
「ありがとうございます」
確かに、会う人会う人に驚かれる。
普段適当な格好しかしてないしノーメイクだから、当然か。
「オーエン、お前なんで賢者様にそんなにぴったりくっついてるんだ?そしてなんでニヤニヤしてるんだ?」
「だってこれ、僕がやったんだもの。服はクロエだけど」
「えっ」
「今日、もしかして何かあるのか?」
「なんにもないよ」
オーエンはくすくすと笑う。背中に垂れる私の髪をくるくると指に巻きつけて遊び、すとんと落とす。
「ネロ」
「ああ、賢者さん。これ朝飯な」
プレートを渡される。本日の朝食はおじや。
「ネロ、後でケーキを作って。甘いミルクでビシャビシャにして、生クリームをたくさん載せて、内蔵みたいな甘いぐちゃぐちゃもいっぱい入れて」
「……ショートケーキのことか?」
「そう、それ。このくらいの大きさで」
「随分でかいな。まあいいよ、あとで作る」
「ふふ。ありがとう」
……ネロにはあとで何かあげよう。オーエンが示した大きさは両手を広げるほどあったのに、すぐに請けあうのは流石すぎる。
「ねえ賢者様、ケーキができるまでピアノを弾いてよ。この前の魔法、もっと聴きたい」
「わかりました」
まるで秘密を共有するかのように、こそこそと小さな声で彼は話す。
「賢者様、何を話しているんですか?」
「うるさいな。ガキは黙ってろよ」
「なっ……私は賢者様に話しかけたんです。それに、僕はガキではありません。神の使徒にそのような言葉遣いをするなんて、天罰が下りますよ」
「はっ、賢者様は今おまえなんてお呼びじゃないんだよ。それに、天罰なんて何もしなくてももう下る予定だし。僕、悪い北の魔法使いだから」
流石オーエン、子供にも容赦がない。でもちと言い過ぎですね。
「オーエン、そこまでにしてあげてください」
「どうして?賢者様はこいつの肩を持つの?」
「そういうわけではありません。でも、今のは少し言い過ぎです。もう少し短く言ってあげてください」
「ふうん。じゃあ言うよ。おまえ、邪魔」
「ひっ」
「次からはそのくらいの短さを心がけていただけると私のピアノの音が冴えるかもしれないです」
唇を尖らせるオーエンをなだめて、すっかり怯えてしまったリケの方を向く。ああかわいそうに。
「ごめんなさい、リケ。怖かったですね」
「はい……」
「今はオーエンと大切なお話をしているんです。でも、怖いことや嫌なことでは無いですよ。この後二人で少し素敵なことをしようかっていうだけで」
「ね?」と後ろを振り返ると、彼は素直に頷いた。
「……そうですか。なら、よかったです」
「リケは私になにか用事がありましたか?」
「いえ、賢者様があの人になにか良くないことを言われているのかと思っただけなので」
「あら」
このオーエンに対する偏見、本当にどうにかならないかな。でも大体本人の日頃の行いのせいだからなあ。
「オーエンは嫌なことがなければ怖いことはしないですよ。私、彼が好きです」
もうここは賢者が全幅の信頼をオーエンに寄せるしかない。みんなー、オーエンは怖くないよ!言うこととやることは怖いけど!
「賢者様……」
「ね、だからリケも、そんなことあんまり言わないであげてください。人を表面的な要素だけで判断するのはとても危険ですよ」
なんで脅された側に説教してんだろ私。ほんとごめんリケ。
「賢者様は、本当に立派な方なのですね」
「いえいえ」
「これからは僕も、表面だけで判断をしないように気をつけます。でも、僕はガキではないです」
「ふふ。そうですね。ガキではないですね」
1200歳のオーエンから見たらリケも私も等しくガキだろうけど。年齢2桁だし。
「じゃあ、私はもう行きますね。あっちでミチルが待ってますよ」
「はい。賢者様、失礼します」
去っていくリケを見送ってから、オーエンに向き直る。彼はクリームを食べていた。
「終わった?」
「終わりましたよ」
「僕もそろそろこれ食べ終わる。終わったらピアノのところに行こう」
今日はあまり顔に飛ばさずに済んでいるようだ。オーエンはスプーンを置いて満足気に微笑んで、私の手を握る。
「ね、行こう」
「はい」
楽しげな彼に先導されながら、私は後ろを振り返った。
目を丸くするカイン、ニヤニヤ笑うスノウとホワイトとフィガロ、固まる南と東の魔法使い。
みんなに心の中で手を振る。
ごめんなさい、私、今日、誕生日なんです。