没分暁漢
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現実というものは、本当にままならない。
私は今、尾崎さんと久世さん、そして小瑠璃さんという方と夕食を食べている。
何故こうなったのか、自体を巻き戻して説明しよう。
六時半に店仕舞いを始めた直後、お仕事帰りだという尾崎さんが店に訪れたのだ。
「仕事じゃなくて、普通に本を買いにきたんです」どのことだから、はいどうぞと支度を止めて接客に転じた。
そして、「ああその本は新刊で」だの「それは続編がこっちにあって」だの話していたら急に「この後って空いてますか」ときた。
瞬発的に「空いてますけど……」と返してしまったのが運の尽きというかなんというか。
そうして、私はフラマンローズの店内であまり味がしないオムライスを食べることになったのだ。
「へえ、響子さんは本屋のお嬢さんなんですか」
「はい……」
「今おいくつで?」
「十八です……」
「あら、じゃあツグミちゃんと同い年じゃないの。良かったわねえ」
「はあ……」
この小瑠璃さんは記者さんらしく、くるくると表情を変えながらこちらに質問を畳み掛けてくる。
溌剌として愛らしいお嬢さんなんだけど、私のような書店の隅っこに収まっているような陰気な人間にはちときつい。
尾崎さんは何故この場に私を連れてきたのだろうか。隣の席でにこにこしながらお酒を飲む横顔からは、何も読み取れない。
「夏目さんは、凄いんですよ」
尾崎さんがその薄い唇を開いた。
「お店の本の位置と内容を、全部覚えてるんです」
高過ぎず低過ぎず、丁度いい穏やかな声が耳をくすぐる。
思わずかっと赤くなりそうなのを、お冷を飲むことで抑えた。
「凄いですね!」
久世さんが身を乗り出した。
「本当に、全て覚えてるんですか?」
「はい……何時どんな本をお探しの方がいらっしゃるか分かりませんから」
「すごーい!プロ意識があるんだわ」
小瑠璃さんが頷く。
「そのくらいしか取り柄が無いものですから……」
圧倒的陽の気。辛い。帰りたい。尾崎さんの隣に座るという素敵体験をしているけど帰りたい。
「響子さんは、女学校ではどんな生徒だったんですか?」
「……隅でずっと本を読んでいるような、根暗で陰気な学生でした。友達もいませんでしたし」
「あら」
場の空気を濁しそうではあったけれど、素直に答えた。どの道、直ぐにバレてしまうから。
「でもそんなに記憶力が良いなら、成績は優秀だったんじゃありません?」
「成績の方は、そんなに……中の下くらいです」
嘘だ。本当は学年上位常連、作文で優秀賞をとって表彰されたこともよくあった。
でもそんな自慢じみたことなんて言いたくないし、まず相手はどちらも華族のお姫様だ。平民如きの話なんて聞いてても何も面白くないだろう。
縮こまっていたら、いつの間にかお会計の時間になっていた。
財布を開ける前に、すっと尾崎さんが支払う。
「え……」
「奢りです。俺が無理に連れてきちゃったようなものだから」
「いや、でも」
「いいんです。遠慮しないで」
「……ご馳走になります」
「よし」
彼はからりと笑って、「じゃあ帰りましょうか」と私の隣に並んだ。
「え、でもあのお二人は……」
「私達、これから映画を見に行くの。じゃあね、響子さん!」
「え、あ、はい……」
女二人で仲良く映画館の方に歩いていく二人を見送り、何の気なしに尾崎さんの顔を見上げると思いっ切り目が合った。
「……何でしょうか」
「いえ……本当に、静かな方なんだなあとおもって」
静か。
それは学生時代の頃からの私を形容する、最も簡単な言葉の一つだ。
「よく言われます」
静かと言えば聞こえは良いけれど、つまりそれは「根暗」とか「陰気」とか「地味」ということ。
私はあの時からずっと変わらない。
「そうだ、名前で呼んでもいいですか?」
「構いませんけど……」
「あと、敬語も無しで。ほぼ毎日会ってるのに、ちょっと他人行儀ですよ」
「え、あ、はい……」
尾崎さんは私より年上だし、店とアパートが近いから確かにほぼ毎日会っている。
「ご自由になさってくださいませ……」
「なら響子って呼びます。良い?」
「ど、どうぞ」
対人スキルが高過ぎる。流石というかなんというか。
「あのさ、響子は嫌だった?今日俺達と飯食うの」
「へ、いや、そんなことは……」
「でも殆ど黙ってたし、食べるのも遅かった」
バレている。
矢張り、目敏い人なのだ。
「……私はあまり、ああいう場に出ないんです。人と食事をすることもほぼ無いので、緊張してしまって……」
「敬語」
「えっ、あの、これが常と言いますか、家族含め全員敬語でお話しているものですからなかなか……」
人生で敬語以外を扱ったことがないんです。
必死で言外でそう訴えると、尾崎さんは苦笑した。
「なら、尾崎さんってのだけやめて。隼人……難しいだろうから隼人さんでいい」
「は、隼人さん?」
「宜しい。及第点」
そういえば、久世さんは彼と敬語抜きで話していた。
私なんて今初めて男性を下の名前でお呼びしたというのに。
尾崎さん……じゃなかった、隼人さんと別れて二階の自室に帰ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
お母さんがこちらへ来る足音を聞きながら、私は瞼をそっと瞑った。
私は今、尾崎さんと久世さん、そして小瑠璃さんという方と夕食を食べている。
何故こうなったのか、自体を巻き戻して説明しよう。
六時半に店仕舞いを始めた直後、お仕事帰りだという尾崎さんが店に訪れたのだ。
「仕事じゃなくて、普通に本を買いにきたんです」どのことだから、はいどうぞと支度を止めて接客に転じた。
そして、「ああその本は新刊で」だの「それは続編がこっちにあって」だの話していたら急に「この後って空いてますか」ときた。
瞬発的に「空いてますけど……」と返してしまったのが運の尽きというかなんというか。
そうして、私はフラマンローズの店内であまり味がしないオムライスを食べることになったのだ。
「へえ、響子さんは本屋のお嬢さんなんですか」
「はい……」
「今おいくつで?」
「十八です……」
「あら、じゃあツグミちゃんと同い年じゃないの。良かったわねえ」
「はあ……」
この小瑠璃さんは記者さんらしく、くるくると表情を変えながらこちらに質問を畳み掛けてくる。
溌剌として愛らしいお嬢さんなんだけど、私のような書店の隅っこに収まっているような陰気な人間にはちときつい。
尾崎さんは何故この場に私を連れてきたのだろうか。隣の席でにこにこしながらお酒を飲む横顔からは、何も読み取れない。
「夏目さんは、凄いんですよ」
尾崎さんがその薄い唇を開いた。
「お店の本の位置と内容を、全部覚えてるんです」
高過ぎず低過ぎず、丁度いい穏やかな声が耳をくすぐる。
思わずかっと赤くなりそうなのを、お冷を飲むことで抑えた。
「凄いですね!」
久世さんが身を乗り出した。
「本当に、全て覚えてるんですか?」
「はい……何時どんな本をお探しの方がいらっしゃるか分かりませんから」
「すごーい!プロ意識があるんだわ」
小瑠璃さんが頷く。
「そのくらいしか取り柄が無いものですから……」
圧倒的陽の気。辛い。帰りたい。尾崎さんの隣に座るという素敵体験をしているけど帰りたい。
「響子さんは、女学校ではどんな生徒だったんですか?」
「……隅でずっと本を読んでいるような、根暗で陰気な学生でした。友達もいませんでしたし」
「あら」
場の空気を濁しそうではあったけれど、素直に答えた。どの道、直ぐにバレてしまうから。
「でもそんなに記憶力が良いなら、成績は優秀だったんじゃありません?」
「成績の方は、そんなに……中の下くらいです」
嘘だ。本当は学年上位常連、作文で優秀賞をとって表彰されたこともよくあった。
でもそんな自慢じみたことなんて言いたくないし、まず相手はどちらも華族のお姫様だ。平民如きの話なんて聞いてても何も面白くないだろう。
縮こまっていたら、いつの間にかお会計の時間になっていた。
財布を開ける前に、すっと尾崎さんが支払う。
「え……」
「奢りです。俺が無理に連れてきちゃったようなものだから」
「いや、でも」
「いいんです。遠慮しないで」
「……ご馳走になります」
「よし」
彼はからりと笑って、「じゃあ帰りましょうか」と私の隣に並んだ。
「え、でもあのお二人は……」
「私達、これから映画を見に行くの。じゃあね、響子さん!」
「え、あ、はい……」
女二人で仲良く映画館の方に歩いていく二人を見送り、何の気なしに尾崎さんの顔を見上げると思いっ切り目が合った。
「……何でしょうか」
「いえ……本当に、静かな方なんだなあとおもって」
静か。
それは学生時代の頃からの私を形容する、最も簡単な言葉の一つだ。
「よく言われます」
静かと言えば聞こえは良いけれど、つまりそれは「根暗」とか「陰気」とか「地味」ということ。
私はあの時からずっと変わらない。
「そうだ、名前で呼んでもいいですか?」
「構いませんけど……」
「あと、敬語も無しで。ほぼ毎日会ってるのに、ちょっと他人行儀ですよ」
「え、あ、はい……」
尾崎さんは私より年上だし、店とアパートが近いから確かにほぼ毎日会っている。
「ご自由になさってくださいませ……」
「なら響子って呼びます。良い?」
「ど、どうぞ」
対人スキルが高過ぎる。流石というかなんというか。
「あのさ、響子は嫌だった?今日俺達と飯食うの」
「へ、いや、そんなことは……」
「でも殆ど黙ってたし、食べるのも遅かった」
バレている。
矢張り、目敏い人なのだ。
「……私はあまり、ああいう場に出ないんです。人と食事をすることもほぼ無いので、緊張してしまって……」
「敬語」
「えっ、あの、これが常と言いますか、家族含め全員敬語でお話しているものですからなかなか……」
人生で敬語以外を扱ったことがないんです。
必死で言外でそう訴えると、尾崎さんは苦笑した。
「なら、尾崎さんってのだけやめて。隼人……難しいだろうから隼人さんでいい」
「は、隼人さん?」
「宜しい。及第点」
そういえば、久世さんは彼と敬語抜きで話していた。
私なんて今初めて男性を下の名前でお呼びしたというのに。
尾崎さん……じゃなかった、隼人さんと別れて二階の自室に帰ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
お母さんがこちらへ来る足音を聞きながら、私は瞼をそっと瞑った。
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