concerto
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初めて彼女の奏でる音を聴いたとき、桜さんを思い出した。
とある番組でIDOLiSH7と共演した際、ピアノアレンジバージョンで楽曲が披露された。
彼らの歌は桜春樹が作ったものであるため、自分も一ファンとしてその演奏を聴くのを楽しみにしていたのだが、ピアノが始まった瞬間、まるで時が止まったみたいだった。
ピアノを弾く彼女からずっと目を離せず、ただひたすらにその音に聴き入って。
曲が終わったあと、どうしたんだと肩を叩かれ、そこで初めて自分が涙を流していたことに気が付いた。
その様子がカメラで抜かれていたらしく、ちょっとしたネットニュースにもなっていたのは少し恥ずかしい。
彼女のピアノが忘れられなかった自分は、その日すぐに彼女のことをネットで検索した。
────みょうじなまえ
それなりにピアノコンクールでの受賞歴があり、コンサートなんかにも出演しているらしい。
そして次の出演日程が、たまたま自分の休みと重なっていたので思わずチケットを購入してしまった。
─────────────
今日は待ちに待ったコンサートで、たった今、それが終わったところであった。
胸には充足感が満ちていて、未だ感動の余韻から抜け出せず、このコンサートホールを去ることが躊躇われた。
どの楽器も素晴らしかったが、やはりあの彼女のピアノはどこか桜春樹を彷彿とさせるもので、懐かしいような、切ないような気持ちになる。
何がそう思わせるのか、決定的なことが分からず、自分の記憶の中の音色と照らし合わせてみる。
そんなことをしていたら、どうやら自分以外には周りに誰もいないようだと気付いた。
慌てて立ち上がったところで、誰かが一人、ステージ上を歩いてきたのが見えた。
「あ…!」
それがピアノの彼女であると分かった瞬間、思ったよりも大きな声が出てしまい、ステージに近い席にいた自分の声に気付いた彼女はビックリした表情でこちらを見た。
『あ、まだお客様がいらっしゃったんですね』
「驚かせてしまったようで申し訳ありません。あまりにも素晴らしいコンサートだったもので、余韻に浸ってしまいました。」
『そうだったんですね、ありがとうございます。…あれ?もしかして、ŹOOĻの棗巳波さんですか?』
「その通りです。みょうじさんに知っていただけているなんて光栄です。」
『あ、私のことも…』
「存じ上げております。今日はあなたのピアノを聴きにきたので。とても素晴らしい演奏でした。」
『本当ですか!ありがとうございます』
そう言ってにこりと笑う彼女は、ピアノを弾いている時よりも幼く可愛らしい印象だ。
ネット検索をした際に同い年だと知って驚いたが、こうして話してみると年相応な女性である。
「以前、IDOLiSH7の皆さんと共演されていた時に聴いたピアノが忘れられなくて、今日はこうして聴きにきてしまいました。」
『あ、ネットニュースで話題になっていたのって、そういうことですか?』
「ふふ、お恥ずかしながら、そういうことです。あなたのピアノを聴いていると、今は亡き友人に言われたことを思い出します。自分の思うままに、好きなことに全力で挑めと。」
そして風のように自由だったあの人を思い出す。
一緒に過ごした時間は短かったけれども、その記憶は深く胸に刻まれている。
『私の恩師も同じことを言っていました。実は一時期ピアノをやめようかと悩んでいた時があって…。好きことなら周りの誰に何を言われても、自分の思うままに全力でやるだけだって。桜さんのその言葉があって、私は今の道に進むことができました』
「…桜さん?」
『あ、私の恩師、と言ってもピアノを直接教わっていたわけじゃないんですけど。思い悩んでいた時期にたまたま会った作曲家の方で、音楽のことや、将来のことなんかを相談させてもらっていたんです』
「その方の…お名前は…?」
『桜春樹さんですよ』
ああ、あなたはこんなところにもいたんですね。
亡くなってもなお、こんなにも私の心を激しく揺さぶることができるだなんて。
本当に、ひどい人だな…。
「────彼の話、もっと聞かせていただけませんか?」
fin.
2022/12/12
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