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第十六楽章「a tempo」〈後編〉


「さて、今後の話をしよう……と、その前に現状整理か」
私たちは今、拠点の広い部屋に揃って集められていた。前に立って話しているのは、シヴォルタ指揮官のシューツェさんである。
「まず、あらためて言うが……今の俺たちはドミナント勢力と対立関係にある。俺たち、てのはアルフィーネとシヴォルタ。加えて、みんな見知った顔だろうが、ソプラノもな」
突然自分の名前が呼ばれて、びくりと肩をこわばらせた。一応さっきまでの間で全員に挨拶しには回ったが、それでもやはりどこか自分は彼らとは場違いな感じがしてしまう。
「何回か話題にも出していたと思うが、今一度全員に対しておさらいも兼ねて周知しておこう。俺たちは、この国に存在するメジア神から力を得てこれまでやってきた人間だ。それはまぁ概ね把握しているだろうが、問題はドミナント勢力のこと。奴らは俺らとは異なる神…マイナという存在から力を得ているらしい。現在は、まあ色々これまでの戦争とかによってメジア神はかなりダメージを受けている、みたいな風に考えられる。で、同時にメジア神が弱ることで俺らや国民も比較的弱っているという現状だ。この中でも著しい不調が出ている者がいるってのは、概ねその影響」
ここまではいいよな、とシューツェさんは全員に視線を回す。そうした後で、話を続けた。
「それと……現在、おかしな様子の一般国民が確認されている。昼間に俺も偵察してきたが、これが結構よろしくなくてな……。簡単に言えば、狂暴化しているってとこか。見てきた限りじゃ国民全員がそうって訳ではないらしい……すなわち一部なんだが、それにしても危険な状態だ。フォルテとメトロも見たそうだが、その時はメトロノームを投げられたとか。で、俺は譜面台で殴られかけた。……はは、笑っていいぞ、ここ」
隣で、メロディアちゃんが「笑えないだろ…」とぼやいたのが聞こえた。いやいや、本当に。怖すぎ。そして、次はスタッガルドさんも説明役として口を開く。

「狂暴化についても放置できないが、それ以外の国民はほとんどが体調の悪化を訴えている状況だ。弱った国民と狂暴化した国民が鉢合わせてしまえば、その先は言わずともわかるだろう。まずはこれに関して策を講じたい」
「そう。てなわけで、色々危うい人たちだけでもまずはどこかに避難させたいって話だ。幸い使えそうな場所はめどが立っているから、避難所そのものはなんとかなる見込みだ、こんな具合でね」
そう言ってシューツェさんはぴらりと一枚の紙を見せる。地図だ。数か所、赤いインクで目印がつけられている。その印が活用予定の場所なのだろう。
「……で。避難所みたいなことをやるのはいいが、大勢を一か所に集めることは同時に集中攻撃の危険も伴う。ドミナントが何を仕掛けてくるかわからないんでな…なので、護衛なんかの役回りも必要になる」
説明をしながらゆったりとその場を歩いて、足を止め、そこでだ、なんて言う姿はまるで教師か何かみたいだな、なんて。
「担当ごとにチームを設けることにする。能力なんかも役職ごとに考慮していくつもりなので、もしかしたらアルフィーネとシヴォルタで組むこともあるかもしれんが、そこはうまいこと割り切って頑張ってくれ。で、その肝心のチームだが、三つ構えることにする」
シューツェさんは、右手の指をぴ、と三本だけ立てて見せた。緊迫した空気の中、全員がその声を静かに聞き入れている。

「避難所チーム、隔離所チーム、調査チーム。この三つだ。避難所チームは言葉通り、さっきも言った体調不良者の安全確保のための避難所の運営。隔離所は、狂暴化した人らをうまいこと隔離しておく部隊。調査チームは……言葉の通りだな。ドミナントの動向に特に注視したり、文献の情報を整理したり…と、そんなところだ。何か質問はあるか?」
挙手を促すように、片方の手をひらつかせながら言う。すると、メトロさんが先陣を切っていった。はい、ときちんとした声に、なんだ、と仰ぐ。
「その…フローラとか、とくに体調がすぐれないメンバーについてはどうするのかなって。チームの中に入れるんですか?」
「あぁ…そこは、体調面がある程度落ち着いたら調査チームの方に加わってもらうつもりだ。アグレッシブに動かなくてもできるような作業を任せたくてね。てなわけでフローラと首輪くん、君らは、半強制的ですまないが調査チーム(仮)ということにさせてもらう。よろしくな」
首輪くん、というのはアルフィーネのヴァンさんのことだろうか。フローラさんも彼も、今はひとまずベッドから降りられる程度には落ち着いたらしい。依然として快調ではないようだが。そんな二人は、シューツェさんの言葉にそれぞれ理解の意を表している。メトロさんも、回答に対してありがとうございます、とだけ返す。

「うん。じゃ、さっそく割り振りを決めていこうか。希望があれば多少は聞くが、何せこんな状況なのですべての要望には応えかねることだけご了承願いたい。それと、今回こうして手を組むような形になるので、ひとまず俺とスタッガルドの間で互いがそれぞれ持つ特殊能力なんかについても共有済みだ。立ち回りのキモになる部分だから、そこも理解しといてくれ」
互いの能力のこと。私も既に両組織の指揮官たちに自分の能力のことは話している。しかしそれはアルフィーネとシヴォルタのように敵対する間柄のままだったら本来伝えることなどない、弱点をさらす行為にもなるのだろう。けれど、今となっては共有こそが最大値への近道。これまで戦争だなんだと言っていたふたつの組織がそんな風に協力関係にあることが、不謹慎かもしれないがなんだか嬉しくも思えた。昨日の敵はなんとやら、敵の敵は味方。向かっていくところはやはり争いなのだけれど、それでもやっぱり、協力して何かに立ち向かっていく姿勢はまぶしくてかっこいい。

なんて物思いにふけっていると、ペトラさんがねぇねぇ、と明るい声で挙手をする。視線がす、と彼に集まっていく。
「あのさ、僕らって今互いの情報もガッツリ交換しちゃうくらいの関係ってことはさ、この中ではもう攻撃とかもしないしされないってコトでいいの?これまでみたいにさ」
それを聞いて、シューツェさんは少しだけにやりとする。ように、見える。
「その通りだ。これについては後で言おうかと思っていたんだが……うん。俺たち両組織は正式に、休戦協定を結ぶことになった。攻撃もしないし、されない。というか、してはいけない」
少しだけ場がどよめく。そういえば、休戦協定を結ぶに至る会話を聞いていたのは、この中じゃ私くらいだったかもしれない。
「へぇ!それなら安心して協力できるね!てことはさ、僕らってもうアルフィーネとかシヴォルタとかじゃなくて、同じ組織の一員とか、仲間みたいなものなの?」
声も高らかに喋るペトラさんに、スタッガルドさんは「そうかもしれないな」と静かに答える。同じ組織の一員、仲間か。

「ふむ……シューツェ、一つ私から提案だが、この際これまでの組織の肩書を一度外したうえでの協力関係、としてみるのはどうかね」
「肩書を……外す?」
いささか不思議そうに、シューツェさんは聞き返す。スタッガルドさんはきわめて穏やかに答える。
「あぁ。ペトラが言うように、今の我々は元居た立場は関係なしに協力をする間柄にある。いがみあいは無しだ。……アルフィーネ、シヴォルタ、そしてソプラノ。どうだ、この際今ここにいる12人で対ドミナント組織として一つの勢力を確立するというのは」
「対ドミナント組織……」
シューツェさんはそうおもむろに繰り返した後、一呼吸おいて、それから口角をぐいと吊り上げる。
「あぁ、いいじゃねぇか。今の俺たちはどう足掻いても協力せざるを得ない関係だ。それならいっそ、ドミナント対抗勢力として高々と名をあげよう。はは、最高な提案だよ、スタッガルド」
「そう言ってもらえて光栄だ。……さて、異論があれば聞こうか」
そう言ってスタッガルドさんは全体を見回すが、その眼は「異論はきちんと聞いてやるが、聞くだけだ」としっかり物語っている。そして見回したが最後、そのまなざしは私のもとに着地した。どきりと心臓が鳴った。
「ソプラノ、君はどうだ。ついこの間自分はいま何者でもない、などと言ったが……どうだろう、我々の立ち上げようとしている対ドミナント組織に正式に加わるというのは。なに、アルフィーネとシヴォルタは指揮官の我々が入れと言えば決まるが、君はそのどちらでもない、属するところのない存在だからな。君の意思で決めてくれ。逃げられるのはこの時だけだ」

まっすぐに見つめられて、私はすこしたじろいだ。あまりにも静寂だから、私とスタッガルドさんしかこの場にいない錯覚すら覚える。

……何でもない、ただの私。アルフィーネでもシヴォルタでもなく、ドミナントでもなくなった、ただのソプラノ。ソプラノ・リシフォン。スタッガルドさんがこんな風に全員を一つとして括りあげるような提案をしてくれたのは、協力の姿勢を強化するためというのがほとんどかもしれない。けれど、何にも属さないソプラノという存在に居場所を与えるためでも、ほんの少し、あるのかもしれない。都合の良い解釈に、勝手に私は安堵する。

いま何者でもない私が、誰かの指示に従う駒ではなく、ただひとり私としてこの場所で下す決断。それはきっと最初から迷いなど一つもなく、すごく根本的なところから決まりきっていた。震える声をなんとか絞り出して、真っすぐに目を合わせ、その意思を示す。

「よろしく、お願いします。全力を尽くします」
スタッガルドさんが目を伏せて笑む。途端、空気は緊張を失って、肩の荷も下りたような心地だった。隣にいるメロディアちゃんも、安堵と呆れを混ぜたいつもの顔でこちらを見て笑っていた。メロディアちゃんも肩の荷は幾分か軽そうだった。

「決まりだな。今後はしばらく、対ドミナント組織として共に手を取り合っていこう」
「はは……ねぇお父さーん、これ異論なんだけど、その対ドミナント組織って呼び方なんかダサくない?どうせならもっとカッコいいやつ考えてよ」
「む……ダサいと言われてもな…………」
「っはは、まあ確かに、不便はないが便宜上のネーミングすぎるきらいはあるかもしれん」
メロディアちゃんのひやかしにシューツェさんが乗れば、スタッガルドさんはいよいよ参ったなという顔をして、
「じゃあメロディア、君が決めたらどうだ」
なんて言うし、メロディアちゃんもまた、
「えぇ。言い出しっぺでこんなこと言うの申し訳ないけど僕そういうの決めるのガラじゃないっていうか……あ、ソープなんか案ない?」
などと言うので、私に弾が回ってきてしまったのである。いやいや、急だな。このまま笑って誤魔化そうかなんて考えも過ったが、いたってまじめな性質はそれをゆるしてはくれず、何かいい案はと考え込んでしまう。

「と、トロイメライ、とか……?」
トロイメライ。夢、夢想の意味。音楽を愛するこの国の名前の親戚のような言葉。慌てた頭が絞り出した言葉だったので、何か別の案を採用してくれと言わんばかりに訂正を試みたかったところだが、しかし。
「いーじゃん!対ドミナント組織、よりそっちの方が名乗りかっこよさそうじゃない?」
「えっ、メロディアちゃん」
「いつまで言うつもりだ……しかし、まあ、そうだな。このヴィートロイメントの代表としてドミナント勢力に立ち向かうにはうってつけな組織名と言えるかもしれん。なぁ、シューツェ?」
「あぁ。俺からの異論はない」
そんな風に否を挟む間もなく肯定が飛び交ってしまったため、私が手を引っ込める隙間はすぐになくなってしまったのである。

「てことで、決まりだ。対ドミナント組織・トロイメライとして、いま我々12名は手を結ぶ。解散時期は未定!異論のないものは拍手、賛成多数で可決とする」
呆気にとられる私をよそに、その場は手をたたく音ですぐに溢れかえった。組織への加入そのものは全く異論がないため、いちおう私も手をたたいておくことにする。……ていうか、結局対ドミナント組織って言っちゃってる気がするけどそれはよかったのだろうか。

…と、そんな感じで私は『ただのソプラノ』から卒業し、対ドミナント組織「トロイメライ」の一人として指揮棒をふることになったのだった。


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