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第十六楽章「a tempo」〈後編〉


ひとときのいとまを、程よいあまさの紅茶と共に過ごす。穏やかな風は、目を通し終えた書類たちをわずかにはためかせた。

ふと思い起こしていたのは、およそ3年前のことである。私でない私__アリア・リーリカメンテのことだ__が、このドミナントに加入したときのこと。
最初はあくまで、政府側からドミナントに介入するようなかたちだった。むろん、それからすぐに優秀さをかわれて正式に加入し、前任の後を継ぐ形で若くして指揮官の椅子に悠々と腰掛けることになったが。自分で演じておきながら、神のことやらなんやらについて知らないふりをするのはなんとも滑稽だったなと思う。それでも、うまいことこちら側へ入り込めたのだからいいだろう。

前任の指揮官との接触はおよそ一年に満たないほどだったか。向こうは、自分と似て平和主義な、そして前向きで努力家な明るさをもつアリアのことをよく可愛がってくれていたように思う。後継に抜擢されたのも、まぁ奴が私を気に入っていたからというのはそれなりにあるだろう。もっとも、誰からも気に入られるようにはしていたので、なるべくしてなったというところか。華のようなキャリアだ。アリアという人間が本物であったなら、それは大層バラ色の人生を送っていただろうに。

ひとつ苦言を呈するならば、前任の考えは私にとってあますぎた。ぬるくて、あまい。方針がいまいち私にはピンとくるものではない。方向性が違うとでも言うべきか……なんて、田舎の音楽隊でもあるまいし。ゆえに、私は奴と同じ指揮の取り方はしない。もとよりこのドミナントは私の思うままにするつもりだったのだから、誰かのやり口を真似た方針にするなんてこと甚だ考えちゃいなかったが。あえて言うならば、たった一人のスカウト候補としてあげられていた名前についてはありがたく利用したのが記憶に新しい。
__ソプラノ・リシフォン。メジア側の人間を引き入れるなんて冗談じゃないとも思ったが、その能力は確かにこの組織に利益をもたらしうるものだった。駒としての利用と考えるならば、いささか悪くないなとそう考えたまでである。実際、彼女は非常に良い働きっぷりだった。まじめな性質、すこし無知なところ。都合よく、頭のある利便性の高い駒。あのまま政府に勤めていたら、いずれ大役を任されるような素質もあるんじゃないだろうか。なんて、調子のいいもしも話だ。夢のある政府直属組織の実情はメジアを滅ぼすために奮起する、マイナ神から力を得るごく少数の人間たちなのだから。

さて、今頃国民は元の立場関係なく潰しあうなどしている頃合いだろうか。能力者たちは概ねその真逆かもしれないが、まあそれならそれでいい。これまでの戦争こそが同士討ちをしていただけの醜く愚かな儀式だったのだ。ようやく目が覚めたということだ、言葉通りの意味で。

ふと、ずきりとひときわ頭が痛む。頭に流れ込んでくる何かを、意識がふらついた刹那、ほとんど反射で脳内に刻み込む。しばらくすればそれは収まって、荒くなりかけた呼吸も元通り正常に行える。
閉じた瞼の裏に浮かんだのは、がれきだらけとなった、数々の跡地。破壊させた、教会の。そのイメージを忘れないよう、適当な紙に、適当に記しておく。とはいえ忘れてしまう気はしないのでこれはほとんど気休めであるが、なんとなくそうしておきたかったのだ。ペンを置いたところでようやく症状はすべて落ち着いて、あさくため息を吐きながらやわらかな椅子に腰かける。開けたままの窓の外を見やれば、ゆっくりと日が傾き始めていた。
外に送り出していた構成員がひとり、戻ってくる音がする。

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