第十六楽章「a tempo」〈前編〉
「……怒ってないの」
僕のこと、色々と。拠点までの帰り道で、ずっと気になっていたことを依然ぶっきらぼうに口にする。
「うーん……怒る、っていうか。僕はもともと敵対意識がそんなに強い方じゃなかったから、傷つけあわなきゃいけない状況は前提としてずっと嫌だったんだ。だから、君がしたことにも何も思わないわけじゃない。だけど、お互いがお互いの組織にいる以上、そういう動きになってしまうのは仕方のなかったことでもあるというか……、うーん、なんだろうな。何があったかは知らないけどね、君とこうして、戦わなくていい状況にあることが素直にうれしいっていうか、安心してるんだよ」
安心。……裏を返せば、ずっと不安だったということか。幼少を共にした友人が突如敵になったり、味方になったり。平和主義の彼のことだから、それもそうか。僕もそうだ。
「……そっか」
「うん。けど、今度はラルが敵っぽくなっちゃったね」
メトロが足を止める。あわせて、僕も反射的に立ち止まる。
「やっぱり僕は戦いたくないよ、ラルとも。もちろん、他のひとたちとも」
「うん」
「……ずっと言ってたし、ラルも似たようなこと言ってたけどね」
メトロがくるりとこちらを向いて、同時にぴょこりと明るい緑の髪が跳ねる。
「三人が、いいんだ。また、三人で笑って遊んだり、過ごしたり……それが出来るような、対立なんてない平和な国に、戻ってほしいんだ。あ…戻したい、の方が正しいかな」
三人で、また。対立を深めてから、何度もその声で聞かされた言葉だ。これまでは、その言葉に心臓が痛くなるような感じだってしたのに、今では不思議と自分のぐらついた心情を支えてくれるつよさすら感じる。三人で、また。
「だから、まずは君が……あ、また前みたいにメロって呼んでもいい?」
「……え、今更?さっきもそう呼ばれた気するんだけど……」
「あれ、そうだったっけ」
「……。構わないよ、好きなようにして」
真面目な雰囲気の話だってのに、なんだか気が抜けてしまう。呆れつつ答えれば、メトロはありがと、といって少し照れくさそうにまた笑った。さっきの続きだけど、と言う。
「だからね、まずはメロが協力してくれることに安心してる。ラルの気持ちとしては、もしかしたらドミナントとしてっていうのが最優先かもしれない。だけど、ラルが本当に、少しでも僕たちと争うことに躊躇しているなら、僕は、……」
「……争わないための策を講じたい、ってところでしょ」
さしずめ、平和。弱気に言葉を詰まらせたメトロの代わりにほとんど明瞭な憶測を言えば、彼は口元をほころばせる。その姿に、僕もどこかで安堵する。
「…うん、そう!」
「……で、どうにかしたいって言ってたけど。具体的な策とかは何か考えてるわけ」
「え、っと……それは、これから!よければ、一緒に考えてくれないかな」
「ん、了解。とりあえず日も暮れそうだし、まずは拠点まで急ご」
そう言うと、メトロはじゃあ競争だね、なんて言って勢いよく走りだす。それを、ちょっと!と僕は追いかけた。懐かしいな、昔はよく三人でかけっこもしたっけ。思えばラルシェが僕らと話すために選んだ場所は、以前かくれんぼして遊んだ広場のすぐ近くだった。僕たちを待つ間、あいつは何を思っていたんだろう。違う世界に生まれた、なんてあいつは言ったけど、それはそんなに大切なことなのかな。違う世界の生まれだったとしても、あんなに一緒に話して、遊んで、笑ったのに?
ずっと自分の中にあった蟠りは、あれから恐ろしい速度で解けている。神に対する感情の様々も、シヴォルタに対して心の底から沸きあがるような憎しみも、もうほとんど消えている。それが不思議でならないが、おかげで僕はなんとなく和解を得てしまったのだから、ひとまずそれはよしとしておこうと思った。
暮れの空は、明日が快晴であることをこれでもかと主張している。