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第十五楽章「teneramente」




見たことある顔だな、と、思った。


その子は俯きがちにフードも深めだったので(なにか雰囲気も違う気がする)、なんとなくそう感じただけかとも疑ったが、その口から名前を聞いて己の記憶が間違いないものだったと知らされる。
だけど、なんでだろう。なんで君は、ここにいる?

「指揮官、その子」

思ったまま口に出して、うっかり指をさす真似までする。人を指すのって失礼なんだっけと考えて、ひとまず腕をおろす。目だけは依然、指揮官のみを見ている。
僕じゃない全員がろくに言葉を出さないので、自分の声だけが静かに空気をつたわっていく。おもむろに控えめな咳ばらいをして、指揮官は口を開いた。

「…道中、色々あってな。独断で申し訳ないが、ひとまずは私と此処まで来てもらった」

指揮官が低い声でそう告げれば、おいおいと言わんばかりに口を開く人物がもうひとり。

「来てもらった…て。その子ドミナントのだろ?どういうつもりだ、スタッガルド。当然、あんたの考えあってのことだとは解るんだが、説明してほしい」

そう言って驚いたような素振りを見せたのは、黒い服の向こうの指揮官だ。僕らの指揮官もそれに対して静かに頷く。
すると、そこで声を上げたのは他でもない、件の政府の少女だった。僕はそれに伴って、じろりとその子にピントを合わせる。

「私から、説明させてください。…うまく話せる自信、ないですけど。でも、……」

か細い声でそこまで言って、言葉に詰まる。そんな少女に対してまるでゴーサインでも出すように指揮官は少し微笑んで、もう一度頷いた。それを見て…ソプラノといっただろうか。その子は、先ほどよりかは緊張も薄まったような顔つきになる。

ふと隣を見やれば、カステラちゃんとその看病をしていた子は、二人して似たような顔でソプラノと名乗る少女のことを見つめていた。何かを期待しているみたいな瞳だった。何が彼女らの眼差しをそうさせているのか、僕にはよく解らないけれど。

そうしてソプラノという子は、ぽつぽつと話を始めたのだった。







自分は、所属組織ドミナントより失踪してきている身であること。
そしてそれは、ドミナントという組織が自分の居ていい組織ではないと知ってしまったからであること。

かんたんにまとめてしまえば、ソプラノの話というのはこのようなものだった。
いささか信じきれないような、けど状況を顧みればありえなくもないような話だなと、僕はただ、そう受け止めていた。
もっとも、こんなに簡素にまとめていい内容でもないのだろう。

「つまり君は、今の僕たちとほとんど同じ状況におかれている…ということで、あっているのかな」
向こうの背が高い方の副指揮官がそうやさしく尋ねれば、ソプラノははい、と応じる。

「そう、だと思っています。…私、本当になにも、しらなくて。あの組織に仮にも属していた人間がこんなことを言っても、甚だ疑わしいでしょうし、皆さんのことかえって困らせるだけだって分かってます。私自身、身の振り方をどうすべきか、決めあぐねていて。そこまでまだ、頭も回っていなくて。…だけど」

少女の揺れる瞳が、まっすぐとこちら側に向けられる。
負の感情ゆえなのか否かは図りかねたが、その眼は奥底にちゃんとした意思を孕んでいたのが僕にもわかった。表情は決していきいきとしたものではなかったけれど。
苦し気に、絞り出すように、少女は言葉を紡ぐ。その声は今までずっと、震えている。


「私はドミナントであっても、…今のあの人たちの仲間じゃ、ない。仲間でいられもしないし、そこに入る余地もありません。部外者、みたいな…。……けど、この状況を何もできないまま傍観していることも、できない……したくないんです。

だからと言ってはおかしな話だし、勝手だし、都合がよすぎるのもわかっているつもりなんですけど。でも。

皆さん側に、協力をさせてください。雑用でも、なんでもいいんです。少ないかもしれないけれど、知ってることは話します。…どうにかしようにも、一人じゃ、なにも、できないんです。今の私には、なにも…」


だから、お願いします。少女はそこまで話したところで、僕たちに頭をふかぶかと下げた。
なんとなく秒数を数えてみて、ちょうど10になったところで向こうの指揮官のひとが声を出した。

「まあとりあえず頭を上げな、政府の嬢ちゃん」
「…うん、そうだね。どうやらお客人も来たようだし」

向こうの副指揮官のその言葉でふと彼らのすぐ後ろを見やると、どうやらシヴォルタのひとが二人、外出から戻ってきたのかそこにいるのが確認できた。


「そ、ソープちゃん…?なんで」
「よく戻ったね、フォルテにメトロ。シューツェに大荷物を頼まれていたのだろう?ご苦労様。ひとまずそれを片付けてしまおう、話の続きはそれからがいい。みんなお腹も空いただろうし、腹ごしらえでもしながら……ということで、どうかな?指揮官さんたち」
「私は構わないよ、腹が減ってはなんとやらと言うからな。とくに若輩者たちは」
「ん、賛成だ」

敵対関係になったはずの政府の人間が突如として仲間のごとくこの場所にいることに驚きを隠せないだろうに、そんな二人はよそとして両組織の大人たちはとんとんと話を進めていく。まるで対立なんて元からなかったかのようなテンポのよさだ。ついさっきまで頭を下げていた政府の女の子も拍子抜けしたのか、ぽかんとしている。
ここにいるみんなが緊張の糸をすっかり切ってしまったようだった。誰のかは知らないけれど、すぐ近くに腹の虫の鳴き声まで聞こえてくるし。カステラちゃんのかな、なんて思って隣を見やれば、彼女は顔をほんのり赤らめていた。
思わず吹き出せば、ぎぎ、と睨まれてしまう。ごめんってば。

「うん。よし、そういうことだから、メトロとフォルテ、メルヴィンは俺とかんたんにこの荷物の整頓と片付けをしよう。それ以外の面々は…そうだな、食事の支度をしてくれ。つってもこのあたりをそれなりに片付けておいてくれればそれでいい。食える時に食う、これに限るからな。じゃ、各自行動開始!ほらほら、いろいろ気になるだろうが話はあとだ。突っ立ってないで行くぞ、二人とも。メルも」

彼ら以外のほとんどが置いて行かれた状況のまま、次の予定はあっけなく決定してしまう。
仕方なく立ち上がって、薄桃の髪の子にじゃあ僕らは食事の支度に回ろっかなんて言えば、なんでかすごくぎこちない笑顔を向けられてしまった。


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