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第十四楽章「con dolore」〈後編〉


「さっき、言ってたこと、…どういう意味?」
「あぁ。それなんだがな。少し分かったことがある」
そう言えば、資料を抱えた俺の手元を見たフローラの表情は流れるように曇っていった。

「分かったこと、ですか…?」
ネリネには隣のメルヴィンがうん、と応じる。
「おう。さっき話してた前兆ってやつはあながち間違いでもないかもしれないんだ。…っと、ところでそっちの…アルフィーネの首輪してる方の彼は大丈夫なのか?」
「ん?うん!今はまだ本調子じゃなさそうだから寝かしてるんだよねぇ」
「お、そうか。じゃあ話を戻すが…外でも話したように今多くの民衆たちが謎の体調不良に見舞われて苦しんでいる。俺らはおよそ同タイミングで発生したそのことと今のそこ二人の体調不良は関係があるんじゃないかと考えた…というか、恐らくそうなんだ」
若者たちは黙って耳を傾ける。

「この国における神の力ってやつは、主に件のオルゴールと13あった教会に宿されていたそうだ。だが、それが次々暴動やらなんやらで破壊され、しまいにはドミナントが最後の一番デカいとこをぶち壊した。恐らく最も神の力を多く宿していたのもそこなはずだ」

「…それ、って。神様の力は、一体、どうなるの…?」
「ん、そうだな。簡単に言えば神の力そのものを攻撃されてるようなもんだから、まあその力に支えられていたヴィートロイメント国民は壊れてしまう、という感じか」
「った、大変じゃないですかそれ!!」
ネリネはそう言って身を乗り出す。言葉にこそ出さないが、フローラと赤い髪の青年も二人揃って似たような表情を浮かべていた。無理もない。

「まぁ落ち着け。ドミナントが言っていただろう、オルゴールは壊していない…と。古い文献の情報だが、それによるとマイナは例のオルゴールの中に力を封印されている。まーそいつだけご丁寧に残したくらいだ、ドミナントがマイナの力を利用して何かしようとしているのは確実だろうな。…で、さっきも言ったがオルゴールにもメジア神の力は宿されている。そのオルゴールが残っているということはつまり、まだ俺らには拠り所が存在しているということだ。だから、国民たちも恐らくは今回のことが原因となった死人が出るには至っていない…といったところだな」
「うん。ややこしい話ではあるんだけれど、何か質問はあるかい?」
メルヴィンが付け加える。少し駆け足に説明をしたせいか、面々の顔つきは驚きやら困惑やらでよく分からないことになっていた。ネリネが手を挙げる。

「はいっ!あの、わたしは元気ですけど、フローラさんは今こうですし…その差、っていうか。それってなんなんでしょう…?」
「あぁ…そうだな。まだ詳しくは俺たちにも分からないが、どこか一つの教会から強く力を受けていた場合はその教会が破壊されたときに本人に出る影響も強いんじゃないかと推測できるんだ。支えを失って不安定になっている、とでもいえばいいか。フローラやそこの彼はそうだったが、ネリネや他、俺たちなんかはそこには当てはまらない……ということだ、多分な。それとさっき話してた前兆っていうのも、恐らくは力を多めに受けていた教会がなくなったから体調に影響が出始めた、とかそんな感じだ。言い切るにはまだ不確かな情報だが」

「な、るほど……」
納得したようなしてないような、疑問符が浮かんで見えそうな顔をしたネリネの後ろで赤い髪の青年がええーっと素っ頓狂な声を上げる。

「てことはさ、僕たちもカミサマ嫌いな人たちも、みんな教会壊して自分たちで自分たちの首絞めてたってこと!?」
「まぁそういうことだな」
「そんなぁ……」
青年は分かりやすく落胆したような仕草をとる。…わざとらしいので、いささか本心には見えないが。

「シューツェは、アルフィーネの指揮官さんにも以前そのことについて話していたんだよね?」
「あぁ。少し掻い摘んでな。どうやらそのお陰かスタッガルドも多少は教会の破壊に抵抗を持ってくれていたようだが…」
「民衆は絶えず暴動を続けていた。だろう?それも、何かに導かれたかのように」
メルヴィンの言葉に額を手の甲で抑えながら頷く。しかし本当に気味が悪い。なぜこうも綺麗に国民たちは政府本部のもとへ集まったのか。洗脳の類なんかを疑いたくなる。それとも本当に洗脳なのか?


「つまり、その。アルフィーネの教会破壊を食い止めることが出来ればこんな惨状にはならなかったかもしれない、ってことですか…?」
「…そうだね。でも、どちらの勢力にも譲れない対立した思想があった。その思想から生まれた暴動をどんなに抑え込もうとしても、その想いは絶えずあふれ続ける。アルフィーネ勢力が教会の破壊を続けたように…ね。…難しい問題だったんだよ、きっと。何より僕たちは、教会と神の力の関連性について全く知りもしなかった。アルフィーネとシヴォルタ、どちらもね」

「…そして、戦争を唯一公的に止められたはずのドミナントは、そう、しなかった……」

フローラの言葉で、場の空気が一段と張りつめたのを感じる。…でも、そうだ。教会の破壊はメジア神の力に支えられる国民全員の身を危険に晒す。オルゴールを護衛する組織であればきっとそんなこと周知の事実だったはずだ。それでいてこの戦争を止めなかった意味など、明白。

「ドミナントが、そう、させていた…か」

あらためて口にすると事態の重みに頭はくらくらした。思い出されるのは、海のような髪をした彼女のことだ。一体あの笑顔の裏で何を考えていたのか、…いやそもそも裏などあるのか?ドミナントを統べるうら若き才女とはえ、その歳はわずか18。まだ少女と呼べる年齢だ。確かに指揮官としてしたたかではあったが、万一何かの悪事に巻き込まれていたら。思えば、あの時(民衆に対してドミナント副指揮官が宣戦布告を述べたあの時だ)のあの場所に彼女、アリアは居ただろうか?自分の記憶の中にその影がないことがやけに引っかかった。こんな状況下ではあるが、どこかで話が出来やしないものだろうか。


考えに耽っていると、ふいに扉の向こうで物音がした。他の面々も気づいたのか顔を上げる。メルヴィンと目配せをし、片手でドアノブに手をかける。開けて顔を出すと、目に飛び込んできたのはアルフィーネ指揮官スタッガルドの姿__

「…あぁスタ、……!」
「今、戻った」

………と、一人の少女の姿だった。


「…お世話になります。ソプラノです。ソプラノ、リシフォン」

その声は冷たく、いやに響いたのをよく、憶えている。
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