第十四楽章「con dolore」〈前編〉
重い瞼を押し上げれば、その隙間から絶え間なく光は入り込んできた。
その眩しさに思わず目を細める。外の空気(と、ヤニ)を吸うべくして外に出てきていたはずだったが、気づかぬうちに眠りこけていたらしい。先ほどまで月が照らしていた空はすっかり明るくなっている。まだ明けて少ししか経っていない、白い空だ。…つまり、例の騒動から一夜明けたという訳か。全く、これからどうなるんすかねぇ。正直、シヴォルタと協力なんて嫌なもんだけど。
「…ん?」
ふと、右肩に重みを感じる。なんだ、朝っぱらから何の用事だ、そして誰だ?などと思いながら寝ぼけ眼で見やると。
「うわっっっなんすかアンタ!!!鳩!?!?!?」
それはどうやら人に懐くタイプの鳩…らしかった。驚いたあまり勢いよく飛び跳ねてしまったので、奴は右肩を降りて地面の上にちょこりとたたずみ、小首を傾げるなどしていた。
「…ったく、なんなんすか…ここにはアンタにやる餌なんて、……ってアンタ何もってんの?」
クルクルと鳴く鳩をまじまじと見てみれば、その脚には何やら紙が巻き付けてある。いわゆる伝書鳩と呼ばれるそれなのだろうか、こいつは。恐る恐る手を伸ばせば鳩は快く応じてくれ、その紙のついている方の脚をひょいと上げて見せてくれる。利口。その賢さに少しばかり感動しながら、軽く結んである手紙を手に取る。さて、一体誰宛で誰からのものだろうか?…と、なんとなくあまり本文を読んでしまわないよう薄目で紙をひらく。
「メトくん、メロちゃん…。って、アイツじゃないっすか!なんでこんなもの…」
この二人に手紙を宛てるなど、ドミナント所属のあのマシンガントークとイナゴと絵を描くのが好きな、アロンジェ・ラルシェ一人しかいない。案の定一番下を見ればその名前のサインがある。アイツと先輩とアイツは幼馴染と以前話を聞いたが、それが本当なら手紙を寄こすなど何もおかしいことではない。
しかし、このタイミングで…という点は何やら引っかかる。
「まさかドミナントからアタシらへの宣戦布告とか…」
状況的に反射でそんなことを思ってしまうが、そんな思考を吹き飛ばすかのように、この手紙にはかわいらしい(だが、さほど上手いわけではない)花の絵が描いてあるのが意図せずとも目に入る。こんな時だというのに随分と平和なものだ。だが……そう、それは一寸たりとも今までの彼のイメージから離れてはいない。
平和主義で優しく、絵とイナゴがすき。自分は暑苦しいのは嫌いなので、彼くらいの温度感が結構話しててちょうどいいなんて思っていたこともあった。しかし、今や彼は敵陣営である。
…どうなんすかね、アタシらに向けてたカオはどこまで信じていいんだか。神を壊すこと以外に大して興味なんてなかったはずなのに、存外ショックを受けている自分がいるのが情けない。
「…ま、ともかくこの手紙はちゃーんとレヴィちゃんがメロディア先輩に届けるっすからね。感謝してほしいっすよ」
ゆっくりと身体をほぐすようにして立ち上がる。気づけば、役目を終えた鳩はどこかへ飛び去ったようだった。
ぐ、と背伸びをして、大きく息をつく。仮にも睡眠はとったというのにさほど元気が出ない。嫌なもんっすね、この程度で気分が下がるなんて。
これで今まで何もかも騙してましたってんなら、映画でも撮って笑ってやりたいくらいっすよ。でもそうじゃないのなら。…そうじゃないんなら、アタシはアンタのこと放っとくのは性に合わない。なんてったって、レヴィちゃんは優しいから、弱くてかわいーやつが困ってるのを助けない訳にはいかないんすよ。
だから、もし本当にダメならせめて、手を伸ばしてはくれないだろうか。
…なんて、こんなことを考えるのも茶番っすね。さ、届けに行こう。アタシは手紙をイイ感じに折りなおして、メロディア先輩のもとへと足を動かした。