第十四楽章「con dolore」〈前編〉
「ふー、重いね。やっぱり追いかけて正解だったよ。…もちろん、フォルテのこと信頼してないわけじゃないけどさ」
「本当、面目ないな。まさか大事なメモ落としてたなんてまるで気が付かなかった。助かったよ」
「それは気にしないでいいって。こんな大荷物じゃ、どのみち一人じゃ大変だっただろうし…」
呆れたことに僕はシュー兄さんに渡されたメモを落としたのか忘れたのか、仮拠点に置いたまま出てきてしまったらしい。それをメトロが見つけて追いかけてきてくれたという。…それにしても、まさか、こんな荷車を引かなきゃならないくらいの大荷物になるとは思っていなかったけど。こんな量、もし仮に僕がメモを忘れることもなく一人で出ていたら一体どうなっていただろうか。指揮官には後で文句を言おう…。
ぼんやり荷物とにらめっこしながら歩いていると、ふと視線を感じ、顔を上げればメトロと目が合った。
「フォルテさ、どう思う?今の、…今の、このこと」
「え……」
メトロが何を言いたいかは、曖昧な表現でも明白だった。それでも何も言葉にならず、僕は数秒間だけ口をつぐんでしまう。メトロは待ってくれている。
「どう、かなぁ。……正直よくわかんないよ。メトロは?どう、なんかあるの」
「…同じ、かな。フォルテと。だって、ついこの間までは一緒にお茶したり、話したり。そういうとこ、友達みたいだなって思ってたりもした…し」
だよなぁ、とまるで愚痴みたいに零す。でもね、とメトロは話を続ける。
「でも、たぶん、僕らは正面から向かっていく必要があると思うんだよ。これはさ、単なる願望だけど……今までのことの、全部が嘘って訳じゃないような、気がして。…それを知るためにも」
そう言い切って僕の方を見るメトロの目はやはり、依然、きらきらとしている。
「…て待って、メトロいつから僕、なんて言うようになったの」
話の流れでうっかりスルーしかけたところを慌てて掬い上げる。言えば、メトロはえ?あぁ…と大してなんでもなさそうに照れたようなそぶりを見せた。
「や…なんだろ。無理に強がろうとするのはやめた、っていうか…そんな感じ、かな……?」
「…へぇ………」
なるほど、そんなことを考えていたのか。微妙な照れ方をされたので、なんとなくこちらまで照れてしまう。それなりに突然のことなので慣れるまで多少違和感があるかもしれない。けど、随分とそちらの方がメトロらしいなとも思う。悪くないじゃん、と言えばメトロもそう?と笑う。その笑顔は、今の僕には眩しすぎる。
「俯かないんだね」
「え?」
「いや、…なんでもない。いいと思うよ、そういうの。…僕も、見習わなきゃな」
ボリュームのない声で自分に言い聞かせるような言葉を口にして、足をすすめる。そして数歩進んだところで隣が居ないことに気づいて立ち止まる。
それと同じタイミングで、名前を呼ばれて、振り返る。
「フォルテ」
「…どうしたの、メトロ」
「うん。…あのさ、僕、まだ全然強くなんてないんだ」
「…、うん?」
話の意図を掴みあぐねたので、すこし黙って相槌を打つことを決め込む。メトロは、少々目線を下げた状態で、再び声を紡ぐ。
「きっと、これから今までよりもっと迷惑かけるかもしれない。たくさん悩むと思うし。…無理に強がらないなんて言ったばかりなのに、さっき少し背伸びしたようなこと言っちゃったんだ」
じわりと上り始めた太陽が、徐々に僕らの陰を取り払っていく。メトロの髪が、風でふわりとそよいだ。
「…本当は怖いんだ。向こうには昔から親しい友達だっている。全てを知ってしまうのが、怖い。幼馴染であったはずの彼との思い出が、形を変えてしまうかもしれない、って思うと、……怯んでしまってどうしようもないんだ」
その声は微かに震えていた。それは、なんだか珍しい景色のような気さえした。そうか、彼でもそんなことを思うのだ。…当たり前だ。僕だって親しくしていた相手が向こうに居る。それが幼馴染ともなれば……あれ、メトロってもう一人幼馴染いたんだ?地味に初耳なんですけど…。と、そんな気付きはとりあえず置いておき。
目の前で下を見つめる一人の青年の手を掬って、きついくらいに握る。
「わ、え、フォルテ…?」
驚いて顔を上げたメトロの目に、朝日が反射してきらりと光を宿す。それを見た僕の瞳も、きっとまた反射を起こして多少きらめいている、…はず。
「メトロが弱気になるのなんて別にこっちは慣れっこだし。だからさ、…なんていうか。仲間じゃん、苦しいときは頼ってよ。力になれるよう頑張るし、僕もなるたけそうするからさ」
「フォルテ…。うん、そうする。フォルテも、相談してね。…僕じゃなくても、誰かに」
「はいはいっ。じゃあ先を急ごう、メトロ!」
「うん!」
進行方向を向けば、ちょうど太陽が僕たちを照り付けてくるのが眩しい。光がじわじわと目に染みる。なんだか、こんな状況だけど幸先もいいんじゃない?元気よく二人揃って一歩を踏み出した。
……と、その時。何かが僕の頬を掠めた。
「っわ、何!?」
「どうしたのフォルテ…って、うわっなんだ!?」
道の先を見れば、そこには人のような何かが数…匹?うごめいているのだ。そして僕の頬を掠めたのは、……2メートル後ろにごとりと音を立てて着地した、重めのメトロノームのようである。うわ、顔面直撃じゃなくて本当に良かった。…じゃなくて!
「ぞ、ゾンビ…!?」
「まさか!だって肌の色も普通の人みたいだし…ってまた何か投げてくる!」
「ぎゃーっ!?っちょ…逃げようメトロ!!」
「でも荷物があるしどうやって…!」
た、たしかにそうだ。大体これはなんなんだ!?その怪しい動きをする(かつこちらに攻撃をしてくる)人のような何かたちは、だんだんこちらへと距離を詰めてくる。まずい。なんだかよく分からないけどこのままここにいるのは恐らくすごくまずい。でも僕もメトロも大荷物だし、彼に至っては荷車で…、………そうだ。荷車があるじゃないか!
「メトロ、荷車に乗って!」
「え!?」
「早く!!それに乗って逃げよう!道は悪いけどしばらくは下りだし行けるっ…!!」
「…っよしわかった!」
かくして僕らは少々荷物たちを踏み台にして荷車に乗り込む。ゾンビ(仮)たちは存外スピードが遅いのでなんとかなりそうだ。よし、意を決して!
「発車…ッ!!!」
ゴゴゴゴゴ、と車輪が砂利を蹴る音が響き渡る。総重量が半端じゃないからか、荷車はまるでトロッコのように道を下っていく。
「うわあああああ!!!!!!」
「揺れる…けど、行ける…っ!!!!!」
と、ゾンビ(仮)の真横を通り過ぎるまであと三秒、ニ、一。
「…………え…?」
わずか一瞬、それらを注視した。だが、これは果たして現実だろうか。呻きながら、こちらに攻撃を仕掛けてきた怪しい人型の生き物。それは、僕がこの目で見る限り、人間。
紛れもないヴィートロイメントの国民の誰かだった。