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第十二楽章「tenuto」〈後編〉


戻れないところまで来てしまったな、と思う。むろん引き返せるだなんて思っていやしないし、そうする予定も今のところはない。…ただ心残りがあるとすれば、…いや。やめておこう。

今後の予定に目を通しながらうっかりため息をつく。こんなことをしていては、彼らに顔向けなんて出来ないですね。向こうはもう既に俺の顔なんて見たくもないかもしれないけれど。

なんとなく沈黙を重たく感じてしまい、向かい側のソファに腰掛けている彼に「ツィスティアさん」と声を掛けてみる。そうすると彼はすぐに視線をこちらに寄越してくれる。なんだ、とも言ってくれた。

「…いえ。大した用ではありませんが、少し話がしたいなと思いまして。ツィスティアさんはアリア指揮官がずっと演技で構築されていた存在だったとご存知でしたか?俺はもちろん知らなくて、驚きました。すごく」
「……いや。不本意ながら俺も全く演技だったと気が付かなかった。元々様々な面でポテンシャルの高い人だとは思っていたが、さすがに全てを演技していたとは誰も思わないだろうな」
何とも言えない苦そうな表情をする彼に、ですよね、と少し笑み混りの相槌を打つ。

それはそうだろうな。何かしらあの人も能力を使ったりして様々な局面にも対応していたのだろうけど、誰一人としてアリア・リーリカメンテという存在を疑いもしなかったのだから。

「でも俺、今みたいな指揮官もなかなかいいと思いますよ。サバサバしていてかっこいいというか。あぁでも紅茶は今まで通り砂糖たっぷりがお好みだそうです。セレナさんが少しばかり頭を悩ませていましたよ。それと、」
「なぁお前」
「…は、い?」

ふと、話を遮られてしまったのでなんとなしに彼の方を見る。俺にはいつも話しすぎてしまうきらいがあるらしく、そのせいか話を途中で止められること自体は慣れているのだけど、今回はその類とはまた別…というか。何か気に障ることでも言ってしまっただろうか。俺の返事の後に、目の前にいる副指揮官はまるで貫くかのように俺の目に視線を通す。

「無理、してるんじゃないか」

意に反した指摘に驚いて固まってしまう。無理を、している…のだろうか。俺は。

「あぁいや、その、なんだ…。最近ずっと大きな仕事続きで疲れているんじゃないかと思ったんだが、……平気か?」

真剣で、優しい目。俺はなんだか救われたような気分になって、ふふ、と笑ってしまう。

「…ふふ、お気遣いありがとうございます。たしかに、日ごろの疲れは溜まってきているかもしれません…少し、仮眠室に行くことにしますね。何か急用があれば叩き起こしてくださると助かります」
「…何を笑っている。休養も健康管理の内だ。倒れられては困る…」
「そうですね、ありがとうございます。…では」

ツィスティアさんの照れたような表情がなんだか珍しくて印象的だった。休息もまあ必要なので、今回はしっかり甘えさせていただくことにしよう。そう思い部屋を後にする。…でも、眠りについてしまうのは少しばかり抵抗がある。というのも、ここ最近はずっと昔の夢ばかり見てしまうのだ。だからと言って休息を怠る訳にもいかないのだけれど。

夢の中の自分はどうにも夢見がちで、高望みで、傲慢だ。それが嫌で仕方ないというだけなのだが。…だって、今の自分はドミナント以外の何者でもない。ドミナントとしてなすべきことをしていくだけ。そこに俺個人の感情は必要ないし、足手まといですらある。

だから、置いていく。その他の選択肢など無いに等しい。
それはとても寂しいことだけど、でも、仕方ない。いつか取りに帰れるその日までサヨナラするのだ。どのみち、俺は全てを知るまでここを辞めるつもりなど毛頭ない。

仮眠室に辿りつき、真っ白な布団へと潜り込む。目を閉じた先に待っているのが夢みたいな景色であることを祈って、俺は意識を手放した。
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