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第十二楽章「tenuto」〈後編〉


奇跡的に運行していた汽車に揺られ、閑散とした街を眺めながら私は彼女の独白に耳を傾けていた。感情も何もかも落としてきてしまったかのようなぽつぽつとした声は私たち二人だけの車両によく響いて、それが何とも痛ましい。

「私、これからどうしたらいいんでしょうか」

彼女は何も知らなかった。
涙すらも零せないその瞳は、この世の何よりも虚ろだ。

「ずっと、ドミナントに入ってからは自分の能力とか、誇れるものなんだ、って思えていたんです。みんなの…国の役に立てて、誰かのことを救えて。」

でも、そうじゃなかった。

何を恨むでもないその淡々とした口調は、まるで今までのそれとは違う。彼女は本当にあのソプラノ・リシフォンなのか。…それすらをも、疑ってしまうほどに。

「正義ってなんなんでしょう、私の正義は所詮、綺麗事…なんでしょうか」

言葉の重さに反して随分とあっけらかんとした言い方をするものだから、思わず顔をあげて彼女の方を見ると、目が合った。逸らすつもりなんて毛頭無いのだがそれでも、逸らせないと感じる、強い眼差し。しばらくそうした後で、ふい、と彼女の方から目線を逸らされる。その一方で、私は彼女を目で追いかける。

「誰かを助けるのは、正義のため。悪を制するのも、正義のため。信じていました。私がそうして信じているものは全て正義である、と。

……けど違った。

人の意思を無理やり捻じ曲げて、ぐちゃぐちゃにして、…正義を言い訳に壊していただけ。たとえ政府を裏切るような行為をしていた人だったとしても、その人の意思を殺していいはずがなかった!みんな、自分の事情が、理由があってそうしていたのを無理やり操るなんて、おかしかったんです、っ私がしていたことは、人殺しも、同然で…っ!

薄々、わかってたんです。何かが変だ、って。正義のためだって自分を誤魔化していただけで。

……もっと早く気が付くべきだった。全て、ドミナントが一番の力を握るべくして行っていたことだった、と。自分は、ただ使われているだけの『駒』である、と。」

言葉も出せないままずっとその目を横から見つめていると、再び目が合う。ソプラノは、自嘲気味に、感情もなしに微笑みながら、

「これは、罪です。…無知だった私が犯した、罪。」

そんなことを言う。
とうの昔に涙も乾ききったその目は依然憂いを孕んでいて、たとえるなら、まるで赤い月のようだった。高潔なこの子ですら罪人となりえるのならば、彼女が黒を付けられてしまう前に彼らの悪事を見抜けなかった私もまた罪人となるだろう。彼女を救えなかった、無知な、罪人。

……それならば。せめて、一ミリ程度の償いとして彼女と共に罪を背負うことは許されないだろうか。なんて、高望みもいいところだ。

汽車は変わらず無言で私たちを揺さぶっている。気付けば、太陽はすでに頭の上まで昇りきったようだった。

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