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第十二楽章「tenuto」〈後編〉


何か紙きれが落ちているのを見つけたのがきっかけだった。

僕は当然視界に入って気になったそれを拾い上げたし、さらりと目を通してその一枚の紙が何かのメモ書きであるということも理解した。…しかし、どうやらその字は特徴を見るにうちの組織のものではない__すなわち、これは憎きシヴォルタのものということになる。はあ、とため息をひとつ。そのまま放置しちゃっても良かったんだけど、拾ってしまった以上はなんとなくそうする気にもなれないもので。仕方ない、優しいメロディアちゃんが憎きシヴォルタのために落し物を渡してあげようじゃないの。そう考えたわけである。

…と、周りを見てみたのだけれど。おかしいなー、なんかこの部屋人少なくない?まあうちの指揮官…と向こうの短気帽子は拠点に戻りに出掛けたみたいだし、不調組とその看病勢は別室に居るしで少ないのはまあそうなんだけど。ったく、それ以外でいない奴らはなんなわけ?今へたに外出するのも危ないからわざわざここに留まってるって言うのに。

となると、今この部屋にいるシヴォルタは黄緑色のあいつ一人だけということになる。…ほんと、なんで一番話しかけにくいやつしかいないんだよ。なんならアルフィーネだって僕一人だけではないだろうか。…まあいいや、さっさと渡して後は僕もヴァンの様子でも見に部屋を出て行ってしまえばいい。そうだ、そうしよう。何せ元々敵同士なんだから、変に気にする必要もないんだ。いつも通り、適当にあしらえばそれでいい。
そんな風に思って声を掛けたはいいものの、しかし。

「ねぇ、おま」
「わっっっ!?えっ、あ…ごめん!な、なんでしょう…か……」

このざまなのである。

…いやいやいや。お前がびっくりする理由なんて何もないだろ。急に声を掛けられてびっくりした~とか?て言っても(大変に不本意ではあるが仮にも)同じ室内にいるんだし、この程度で驚かれるようじゃあこっちもびっくりってもんだよ。ほんと取っ付きにくいったらありゃしない。だから嫌だったんだよ。あーあ、もうなるたけ最低限の言葉で終わらせてしまおう。

「…これ。お前のとこのだろ。落ちてた」

そう言って件の紙きれをずい、と差し出す。すると、こいつはぽかんとした非常に間抜けなツラをしながら僕の顔と手元を交互に見て、その後思い出したかのようにあぁ、と言って紙きれを受け取る。

その動作はこっちも困るほどに挙動不審で、怪しいことこの上ない。……人をなんだと思っているんだ、まったく。なんて、僕が言えたことでもないのだけれど。

「えっと…あぁ、確かにこれシューさんの筆跡と似てるような…。あ、ありがとう…?」

疑問形に近いような発音で返されたお礼の言葉にむかついたので「別にいいよ」と言った後で皮肉のひとつでも言ってやろうかともう一度口を開くが、その声は目の前の間抜け面によって発せられた素っ頓狂な叫び声にあっけなく掻き消されてしまう。

「あーーー!も、もしかしたらこのメモ、シューさんがフォルテに持たせようとしてたメモかもしれない…!」
「…はぁ?」

何を言いだすかと思えば。思わず呆れ切ったようなため息交じりの声が出る。向こうの短気帽子に持たせようとしてたメモ…ということはつまり、拠点から持ち出すべきものをリストアップしていたメモを奴は忘れていったのだろうか。

「……へぇ。そうなんだったらまずいんじゃないの?今からでも追っかけてやればー?」
「そうだよね…今からでも、走ればきっと間に合…あ、」
「………ちょっと、なに?喋ったんなら最後まで言いなよ」

まるで言ってはいけないことを言ってしまったかのように途中で口ごもった様子が純粋に気にかかってそんな風にけしかけてみると、間を置いた後に少し悩まし気な唸り声で相槌を打たれた後で、

「うぅん…ええと、実は昨日フォルテに着いて行かせてほしいって言ったら強く断られちゃって…その、……。…追いかけて行きにくいというか……」

ばつが悪そうに指で頬をぽりぽりと掻きながら、そんなことを言うのである。さすがに僕もこいつのカウンセラーではないし、うまく答えかねて「あ、そう…」としか言えなかったのだけれど。

「て、いうか…そんな重要なメモ忘れるなんて結構抜けてんだねーあいつ。ま、お前があいつになんて言われたかは知らないけど、僕は憎いシヴォルタがここから減ってくれた方が嬉しいし行ってきたらいいんじゃないの?」

僕も僕とていつも通りのうまい返し方なんて思いつかず、どことなくぎこちない返答になってしまう。すると、暴言混りの言葉が気に障ったのか、少し怒ったような表情を向けられる。…そうそう、それでいい。お前はシヴォルタなんだから堂々と僕らにむかついててよ。僕もお前らのこと嫌い、だし。

「そんな風に言うことないだろ…っ!でも、まぁ…さすがにメモは届けないとまずいだろうから指揮官に確認をとってくることにするよ。っ…それと、」
「はいはい、そうしてよ。じゃあ僕はもう…__」

僕はもう行くから。言葉を遮ってマフラーを翻しながらそう言いかけたところで、腕をぐいと掴まれ止められる。…その力は、まるで、引力。

「俺……僕は、また三人で笑いあいたい…っ!!」

酷く訴えかけてくるような、痛さを必死に堪えているかのような、そんな、つよい眼差し。僕はうっかり彼の瞳に吸い込まれてしまいそうになって、思わずその手を跳ね除けた。目が合ってしまうから、逸らす。

「………ごめん」

彼の想いなんてとうの昔から知っていたから、とっくのうちに解っていたから、だからこそ、痛い。…苦しい。まだ時間がかかるんだ。きっと。

今はまだ、お前の隣になんて並べない。やっぱり、シヴォルタと協力するなんて耐えられない。僕の腕を掴んだその手の力が昔とあまりに違うのが痛い程解ってしまうから。


今の僕には、まだ。


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