このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第十二楽章「tenuto」〈前編〉


シューさんに連れてこられたのは、まるで僕らの拠点のような建物(見た目こそ少し大きめのプレハブ小屋といったところだが)だった。本人曰く、もしものことがあった時に使えるよう予め準備していたもの…だそうだ。

「さ、とりあえず組織ごとその辺りに荷物まとめて置いといてくれ。…つっても二組織しかないが」

「ちょっとアルフィーネもうちょっとそっち置いてよ!」
「は!?僕が先だったと思うんだけど!言いがかりはやめてよねーっ」
「はいそこの副指揮官すぐ喧嘩しない~~、少なくともしばらくここが両組織の拠点になる予定だからお互いもうちょっと穏やかにしろな~」

まるで先日までと変わらない二人の敵対組織らしいやり取りに苦笑いが零れる。シューさんの仲裁が入ると、二人はお互いそっぽを向いてしまう。…これでしばらく同じ拠点って、果たして大丈夫なんだろうか。なんてぼんやり考えていると、ふいに後ろから少女の声と少しのタバコの匂いが飛んでくる。

「そこの黄緑のアンタ、ちょっと退いてくんないっすか?」
「…え、あぁ、すみませ……」

僕が彼女の方を振り返ってから言葉を言い終わらないうちに、タバコの匂いを纏うアルフィーネの少女はぐい、と顔を近づけてくる。なんだ…?なにか気に障ることでもしてしまったんだろうか。…いや、そもそも敵対している時点で僕のことをあまり気に入らないのかもしれない。顔を知っているだけであんまり面と向かって話したことは無いが、すこし怖い子だ、という印象をもってしまう。決めつけはよくないとわかっているのだけれど。

「アンタがねぇ…ふうん。まぁいいや。」

彼女はそういいながら顔を離し、吐き捨てるかのように言い放つ。…何か恨みでも買ってしまっているのだろうか。呆気にとられていると、彼女はすたすたと去ってしまう。少し目で追うと、あの子のことを先輩と呼んで慕っている様子がうかがえた。訂正しよう、怖い印象ではあるけれどきっと悪い子ではない。…はず。

しかし二組織が一度にこうして集まってみると結構な人数だ。和気あいあいとしていて、まるで合宿か何かのよう…って今はそんなこと言っている場合じゃないけれど。シューさんたちによれば、国民全員が危機にさらされているかもしれないのだ。あまり信じたくはないけれど、僕の幼馴染も所属しているあの組織…__ドミナントの手によって。ひょっとしたら彼は元々僕ら側の人間ではなくて最初から…いや、そんな訳ない。彼が……ラルが、そんな風に悪事をはたらく人だとは思えない。そもそもドミナントとは一体なんなんだ?考えてみたところで僕は、彼らがオルゴールの護衛をする政府直属の組織であるという以外の情報を持っていないことに気が付く。…不安が渦巻いて拭いきれない。すこし考えるだけで、もう、平常心なんて保てそうにないのだ。脳内がぐるぐるになって昏倒しそうになったところで、シューさんがシヴォルタのメンバーに召集を掛ける。

「今後の事についてだが…。ひとまず俺は夜が明けたら一回シヴォルタ拠点に戻ろうと思う。俺以外はここに残っていてほしい。構わないか?」
「戻るって…何か用事でもあるんですか?シューさん」
「いや、用事…というよりかは必要なものを取りに戻る。ここの仮拠点にはほとんど何もない。参考になりそうな資料とか、他にも今現在ここに足りないものを持ち出してくるつもりだ」
なるほど、と相槌をうつ。確かにこの建物の中には思いのほか何もないというか…かろうじて寝泊りが可能な程度の物しかないように感じる。そしてメンバー全員が言葉なしに賛成の意を示したかと思うと、一人フォルテが声をあげる。
「ねぇシュー兄さん。………それ、僕にやらせてもらえないかな」
「…え、っとフォルテ?どういうことだ?」

「だから、僕が拠点に色々取りに行く。シューさんは指揮官なんだから、何かあった時のためにも皆と離れない方がいいだろうし…危険なことがあれば能力使って何とかする。ね、お願い」
フォルテが祈るように手を組んでそう言うと、シューさんはやれやれとでもいう風にため息を吐く。

「わかった。そこまで言うなら頼むよ。取ってきてほしいものメモに纏めておくから、夜明けとともに出発してくれ」
「ありがとうシュー兄さん!へへ、任せといてよね」
「ったく…じゃあひとまず解散。あと自由にしてていいぞ」

得意げにフォルテは笑う。笑っている…けど、その表情は心からの笑顔とは思えなくて。…当然だ、フォルテだってドミナントに親しくしている人がいたのだから。ネリネやフローラもそうだった気がする。詳しくはわからないけれど。みんな同じなのだ。ドミナントは中立の立場であるがゆえに両組織との距離も近くて、…身近で、信頼していい、組織だったはずで。

副指揮官として、無理に頼りがいがあるふうを装っていたりするのだろうか。それとも、フォルテの中の何かが意図せずそうさせているのだろうか。わからないけれど、苦しそうに見えたことには変わりない。


「ねぇ、フォルテ」

気付いたら、僕は彼女に声を掛けていた。何、メトロ。こちらを振り返ったその表情は、やはりどこか無理やり作ったように見えて仕方がなくて。

「明日の朝、拠点の方に出発するんだよね。」
「うん」
「…一緒に行っちゃ、ダメかな」
僕がそう言うと、フォルテは驚いたような、困ったような、そんな顔つきをする。困惑させてしまったかな。フォルテが言葉を発さないでいるため、沈黙に耐えかねて話を続ける。

「ほら、一人じゃ抱えきれないくらいのものを任されるかもしれないし、それに…今この状況の中一人だけで行くのはやっぱり危ないんじゃないかと、思って」
たどたどしい言葉。まるでいい訳だ。後ろめたいことなんて何もないのに、つい尻すぼみになってしまうのが情けなくて仕方なかった。程なくして、フォルテは笑う。

「あはは、心配いらないって!そりゃ確かにメトロが居た方が何かと助かるかもしんないけどさ…大丈夫。それよりさ、フローラのこととか手伝ったげてよ。看病役がネリネだけじゃ大変だろ?」
「でもそれならメルさんだって手伝っ」

「いいから!………大丈夫。ほんとに、だいじょぶだから…」


僕の言葉を遮るようにそう押し切ると、フォルテはそのまま外に出て行ってしまった。最後の方、切羽詰まった表情だった。その笑顔の下できっと無理をしているのは明白で。

……それに気付いていながら、僕は彼女を引き留めることができなかった。
3/3ページ
スキ