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第十一楽章「pregando」〈後編〉



夜更けの街を歩いていた。


普段は夢を見ているだけのこの時間の街を、こんな風に眺めるのなんて初めてで。とはいえ、何も楽しさとかは無い。あと少しだけ昔の自分だったらきっと、見上げた先の星空や夜特有のこの雰囲気にもっとわくわくしていたのだろうけれど。


あの場所からは随分遠くまで来たみたいで、今は街を見下ろせるようなすこし高いところにある道を歩いている。いや、正確には遠くまで来ているかどうかは分からない。

ここ数時間くらいただひたすらによく考えもしないでずっと歩いていたし、何しろ周りが真っ暗なためにここがどこかもさっぱり分からないのだ。

風と靴の音しかしなかった中に、ふとどこからか誰かが泣くような、そんな音が聞こえたような気がして立ち止まる。下の方から聞こえた、と、思う。念のためフードを深めに被りなおして、ガードレールから身を乗り出し、少し下にある住宅街に視線を揺蕩わせた。
ぱ、と私の目がとらえたのは母親と幼い娘のような二人組。少女はただくるしい、くるしい、と泣いていて。そしてそれを支えるお母さんもどことなく、苦しそうに顔を歪ませていて。

あぁどうしたらいいの、頭が痛い?そうね、苦しそうね、ゆっくり深呼吸できる?あぁ、身体が熱いのね、苦しいね。

そんな風な会話が聞こえた。本当に苦しそうだった。見るにも堪えなくて。


「った、助けなきゃ」


なんて言って、走り出そうとして、止まった。足が。

助けなきゃ?助けなきゃいけないのか?
だって人が、そこで苦しんでいる。そうするのが、



………そうするのが、なんだ?

いやいや、なんだ、ってなんだよ。私の思うそれはすごく素敵な『正義』のはずでしょう?困っている人がいたら声を掛けて、助けて。ありがとう、って笑んでもらえたらそれはきっと良いことで。すごく良いことで。私も相手もきっと笑顔になる、良いことなはずなんじゃ、ないのか。間違ってなんていないはずなんじゃないのか。

なのに、なんでこんな。こんなに躊躇しているのは。

だって、と私の中で私が主張する。
だって、私の信じていた『正義』は。ついさっきまで信じていた『正義』は正義ではなくて、私がしていたことは争いの根源で、誰かを傷つける由縁のもので、私は、ただの駒で。

それは紛れもなく、


「『悪』、だ」


そう言葉にすれば急に現実は私のもとへ戻ってきた。酷い頭痛に目眩がするようだった。

「…っ、あ、うぅ、っ……!」


私の信じた『正義』は間違っていたんだ。それは、『正義』ではなかったんだ。
なのに、私は。もうそんな私にそれを名乗る資格なんてあるはずも無くて。

その場に蹲るような姿勢で嗚咽する。

もう、何も分からなくて。『正義』とはなんだ?私が信じていたそれは、なに?

自分の信じた正義が間違っていたとき、人は、私はどうしたらいい?

涙はただアスファルトを濡らす。

今の私は、誰に何を祈ればいいかすら知れなくて。
ただ、ありもしない何かに縋るばかりで。

「もう、…きらいだ、私なんて」

ただ蹲って泣くことしかできなかった。
それに相反するみたいに、夜空はだんだん光を孕んでいく。

星の光も薄まっていくようだった。
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