このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第十一楽章「pregando」〈後編〉


「あーあー、こんなに嫌な勘が当たったのは初めてだ。ま、なんとなくこうなる気はしてたが…」

そう言いながら伸びをする彼の長い黒髪がゆらり揺れる。
どうにも呑気な言い草でこそあったが、実際のところ彼がその通りの心情という訳でもないということは重々理解している。

「全くだな。さて、ひとまず先ほどの場所…政府本部の付近まで戻るとしようか。相当な数の国民があの場所に集っていたはずだ」
「あぁ、そうだな」


つい数十分前、ドミナントが告げたのはこの国の政府への裏切り。今隣を歩いている彼と何度も話し、出来れば真実であってほしくなかったそれはあまりにもあっけなく私たちへ現実を突きつけた。

「ところでスタッガルド、ここ最近は随分と急速にこの国の教会が壊されていたようだが…何かそちらから促したりとかは?」
「していない。寧ろ逆だ、君からこの国の教会について話をされてからというものの、非常に不本意ではあったが教会の破壊に対して私は少々慎重になっていた。もっとも、うちの構成員らにもそれを気付かれてしまうほどにはな」
「なるほど。…ともなると、この事態を少し不自然だとは思わないか?」

まるでからかうような飄々とした調子から一変してシューツェは言う。不自然、とは。

「急速にアルフィーネ勢力が教会破壊を進めたことが、か?確かにこのような頻度での暴動はあまり例を見たことは無いが、元々落ち着いた奴らでもなかっただろう」
「そいつはその通りだ。…でも、近頃の騒動と今回のドミナントの件。俺はこの辺の関連性を疑っている。ドミナント副指揮官も言っていたが、一連の流れがあまりにも上手くいきすぎているんだ」
ドミナントの良いようにな、と彼は付け加える。

少々疑いすぎではないかとも思うのだが、たしかに一理あるのだ、それは。先程のそれだってそうなのだ。いくら政府本部の周囲での大きな騒ぎだったとはいえ、まるで誘い合わせたかのように大多数の国民がそこに集ったというのはあまりにも奇妙極まりない。いっそ裏で国民が誘い合わせて…とかであって欲しいほどにだ。

もっとも、そのような情報は微塵も耳にしなかったし、ありえるはずはないのだが。

「…ふむ。分らないでもない。しかしこの話題はまた今度としよう、もうすぐ政府本部だ」
「あぁ、そうしよう」

そうしてしばらくお互い言葉を発さないまま歩を進める。
しかしいよいよ政府本部もすぐそこ、というあたりで少々の違和感を覚える。

「何か騒がしくないか?」
「あぁ…そのようだな。すこし急ごうか」
顔を見合わせる間もなく走り出す。

しかし揃って足を速めた先は、どうにも形容し難い程の惨状だった。


そこには苦痛に顔を歪める大勢の人、人、人。

老若男女、シヴォルタ勢力あるいはアルフィーネ勢力、その他様々な人。先程の例の爆破の時より明らかに疎らであったが、それでも大勢と呼べるほどの人数がそこにいた。

ひとりは苦しみに悶え倒れ、ひとりは不安定にただ嘆き泣いている。そしてそれらを宥め介抱する人や、苦しむ人をおぶり、どうにか帰宅しようとする人も見受けられた。
そしてその全員が驚くほど同じように苦しみを表情に浮かべていた。


それはもう劣悪に混沌としていて、まるで全員が何かの病気にでもかかったかのようだった。


「な、んだ…、何が起きている……?」
思わず呟く。シューツェもあまりの惨状に息を呑んだのが分かった。

「…分からない。先ほどのあれはドミナント構成員の能力によるものだったと思うんだが、さすがに今もその効果が持続しているはずがない」

その通りだ。おそらく教会爆破が起きた際にはドミナントの構成員の能力により人々が倒れていった。しかしそれからは結構な時間が経過しているのだ、今も同じ原因で彼らが苦しんでいるとは思えない。本来ならいくら酷くても一定時間経てば回復し、元通りになるのではなかろうか。あまりにも不自然、だった。

「……ひょっとするとこれも教会破壊あるいはドミナントによる影響かもしれない。おそらく早急に策を練った方がいい。向こうへ戻るついでにここにいる国民以外の様子も把握すべきだろうな、それでいいか?スタッガルド」

「あぁ、全くの同感だ。構わん。急ぐぞ」


ドミナント勢力…とでも呼んでやるべきか、奴らの手はどうやらこの国全体に不をもたらそうとしているらしかった。急がなくては。

国にとてつもない危機が迫っている。


それをどこかで理解した私たちは、ただひたすらに地面を蹴り飛ばし、足を動かした。


2/3ページ
スキ