第十一楽章「pregando」〈後編〉
光を一切宿さない赤の瞳は三日月のように細められ、目の前の女性はおかしくてたまらないとでも言うようにからからと嗤った。
「………つまるところ、指揮官は俺らの味方という認識で間違いないか?」
「味方?っはは、寧ろ構成員である君達には私に協力してもらうんだ。可笑しなことを言わないでもらいたい」
「はあ…」
俺は未だ状況をよく呑み込めないままで曖昧に返事をする。
それもそうだ。18歳の少女ながら相当に優秀であり前任のドミナント指揮官の後継としても選ばれたというあの『政府』の逸材が。あくまで『政府』側の人間でありながらも俺らの事情(勿論全てを話していたわけではないが)を快く呑みドミナント指揮官として秘密裏に協力をしてくれていた、あのアリア・リーリカメンテが。
「そうだな、今まで『アリア・リーリカメンテ』を演じ騙すような真似をしていたことは詫びようか。君達が混乱するのも致し方ない。しかしまあ…、君達がすっかり『アリア』を信じ込んでいたともなると私の演技もまだまだ捨てたものではないな」
改めて聞かされたところで、そう簡単に理解なんてできそうにもなかった。
簡潔に言うとこれはすなわち、『アリア指揮官』はどうやら今目の前にいるセイレーンと名乗る女性が演じていたもので、全くの虚構も存在だったということだそうなのだ。現実は小説より奇なりとでも言うべきか、にわかには信じがたいが。
「しかしなぜ指揮官は今まで別の存在を名乗ってお過ごしになられていたのです?」
特段驚いた様子でもないセレナータが問う。
「簡単なことだ、『アリア』でいる方が政府を裏から壊すのに都合が良い。こういう場所ではどうにもお利口さんが優遇されるんだ、君達も痛い程知っているだろう?それともう一つ、落差がある程人間は美しく絶望してくれる」
今むこうで眠っている彼女のようにな、と薄く笑う。落差…とはアリアとセイレーンの間にあるそれのことを指すのだろう。なるほど、少しずつこのセイレーンという人間がわかってきた。
「君達が政府やこの国を敵に回したその時点で私が『アリア』である必要は消えた、だから演技は終わりにしたのさ。楽しかったよ、なかなかね」
そういって彼女はまた嗤う。その後で砂糖漬けの紅茶を口にする。
その仕草はやはりドラマのワンシーンかそれに比類する何かのようだった。
「…さて、かの少女はまだ眠りの中か?」
「はい、おそらくそうかと。…さっき俺がソプラノさんを運んでいた最中にも全然目を覚ます気配がありませんでした」
ラルシェがそう答えると、指揮官はそうか、と言い席を立つ。
「どこへ行かれるんです、……セイレーン指揮官」
セレナータは何の違和感もなさそうにその名を呼び、ごく薄く微笑んだ。セイレーンは誰の目をも見ないまま答える。
「彼女に会いに行ってくるよ」
きっともう彼女が此処に戻ることは無いだろうから。
そう言って指揮官は扉を閉めた。