第十一楽章「pregando」〈前編〉
そんなわけで、僕らは結局いま不在の指揮官を抜いた二組織の全員で一か所に集まっていた。
「まず、シューツェからきいていた情報が少しだけあるからそれについて話すよ。…どうやら彼は最近、とても古い文献について調べていたようでね。ただそれは本当に古くて、いくつか解読不能な文字なんかもあったりしたようだ。
それでその内容なんだけれど、これは彼が解読できた部分からの推測にすぎないんだ。全部合っているかは僕もシューツェもわからない。それをふまえて聴いてほしい」
僕らは言葉を発さずに、その言葉にじっと耳を傾けていた。彼は続ける。
「まず、大昔から国民に様々な利益をもたらしていたメジア神は大多数のヴィートロイメント国民から信仰されていた。そして、かの神は今もなお政府の方で国宝として保管している特別なオルゴールの中で、強大な力を有しながらそこに存在している。この話はみんなもよく知っているだろう?」
知らない人なんてこの国にはいないくらい、すごく有名な話。もちろん、アルフィーネである僕にとっては胸糞極まりないんだけど、まあそれは一先ず置いておくとして。
「それで、そこからが本題だ。…なんでその偉大なるメジア神がひとつのオルゴールの中に存在する必要があったのか、って話なんだけれどね」
「国民に、均等に幸が行き渡るように国の中心に力を置くため…と言う風に言い伝えられていましたよね?」
シヴォルタのピンクちゃんが確認するように尋ねる。僕だってそういう話を幼いころに本で読んだ記憶があるし、広く言われているのもその話だったはずだ。
「うん。僕もそう思っていたし事実それは間違いじゃあないようなんだけれどね。…別の理由もあるみたいなんだ、メジア神がオルゴールの中に存在しているというのには。」
目の前で話す彼の表情が少しだけ曇った、ように見えた。
「別の理由、ですか?」
ピンクちゃんが首を傾げる。
「うん。シューツェが言うには、ある存在…自分と同等もしくはそれ以上の力を持つ存在をオルゴールの中に閉じ込めてしまうために自身も一緒にオルゴールの中に入ったそうなんだ。そしてそのメジア神が閉じ込めた存在というのが」
「マイナ、ですか」
まるで遮るように突如として口を開いたのは黄緑のあいつだった。耳にしたことのないようなその名前に僕は何かしらの違和感を覚えた。目の前の彼はどうやら正解らしいその名前が出てきたことに驚いているようだった。
「よく知ってたね、メトロ。そう、マイナ。……この国に存在していた筈の、もう一人の神だ」
「もう、ひとりの神…?ってか、マイナって今日資料の中にあった名前…だよね?メトロ」
「資料?なにか見つけたのかい?」
「あ、はい。今日フォルテと資料室を整理していた時にその…マイナ、という名前を古い記事の切り抜きのようなもので見かけて。なんだっけ…ええとたしか、メジア神の才、マイナ神と同じくして生まれ…みたいな、なんかそんな感じだったと思います」
なるほど、と言って薄金のそいつは少しの間だけ黙り込んだ。そしてその沈黙を容赦なくペトラがねぇ、と切り裂く。僕をお姉ちゃんと慕うその子は、いつにも増して無理やり張り付けたような笑い方をしていた。
「ね、そのマイナ…っていうカミサマが今回のこととどう関わってるの?」
「え?あぁ…そうだね。ここからは完全にシューツェの推測だけれど、彼に言わせれば、ドミナントはそのマイナという神の力を利用して何かを目論んでいる……みたいなんだ」
何かを目論んでいる。メジア以外の得体の知れない神の力を、利用して。それはマイナについてほとんど知らない僕らにとってはあまりにも理解に苦しむ話だった。だって、じゃあ、ソープは…あいつは、なんで今まで僕とあんな風に。
「もくろんでいる、って…どういうことですか。ドミナントは…あの人たちは、わたしたちに何かしようとしているん、ですか」
声を震わせながらそう言ったピンクちゃんは、もう今すぐにでも泣き出してしまいそうだった。
「そ、んなわけないでしょネリネ。だってあんなに好くしてくれてた人たちがそんな、…」
「でもお宅の指揮官の推測だとそういうことになるんだよねぇ?ドミナントは実は悪の組織で、僕らだってもしかしたら狙われてるのかもしれないよ?」
そう言ってペトラがシヴォルタの帽子をまくしたてる。そしてそれに対してそいつはまた激昂する。あぁもう、本当にうるさい。
「っざけんなよ!だったら今までのことはなんだったの!?全部、全部僕らを騙すための演技だったって言うのかよ…っ!」
「うるっさいなぁちょっと黙ってくんない?よく考えろよ!そうじゃなかったらなんで今日みたいな、あんなことするんだよ!もう分かってるんだろ本当は!僕だって何も知らない、あそこには親友だっている、そんなこと信じたくないけどそうじゃなきゃ何も辻褄が合わないんだよわかるだろ!」
「…っそりゃ、そうだけどさぁ……!」
僕だってもう気がどうにかなりそうだった。こんな風に激すつもりなんてさらさらなかったんだけど、気が立ってしまって仕方がなくて僕の方こそ全然冷静に考えられない、落ち着かないままだ。
そんな僕らを見かねてか、もう一人の副指揮官は困ったように眉を下げて笑いながら静かに声を紡ぐ。
「…かえって混乱させるような言い方をしてしまったね、ごめん。ただ、これから僕らはどちらの組織も彼らと対峙しなければならなくなる………可能性があるんだ、指揮官によればね。今彼らが状況の視察をしているのだって、一番の解決策を検討するための参考資料を得ることが目的なんだ。どうか分かってほしい」
諭すような彼の言葉は、不本意ながらもその通りでしかなかった。ドミナントが解らない。今の時点ではどうにもそれだけなのだ。
ソープは、あいつは、僕の敵なのか?それすら解らなくて。何も。何が最善なのか。敵なんてシヴォルタだけで十分なのに、なんて。
記憶の中では笑うあの子がもし敵だったら、僕は戦うことが出来るんだろうか。
どうか彼らが敵じゃありませんように、なんて叶わない願いだ、きっと。
日没が近いことを知らせる空の色は、奇妙なまでに赤と青を混ぜていた。