第十一楽章「pregando」〈前編〉
どうにもぼんやりしてしまっていて、うっかり指揮官の話を聞くことすら忘れていた。…いや、忘れてたというよりかはもはや何もかも頭から抜け落ちていたというか。普段ならこういう時はヴァンあたりが声を掛けてくれたりする、……んだけど。
「ねぇお兄ちゃん、わかる?ねぇ…あれ、熱あるかなこれ……」
「ちょっと身体熱いっすね。…あとやっぱまだ気分悪そうっつーか…」
その彼はベンチに横たえられ、依然苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。そしてその隣のベンチには、やはり彼と似た表情で苦痛に苛まれるシヴォルタの金髪ちゃんもいた。それと、それに付き添うピンクちゃんも。
…あれ、そういえばソープは大丈夫だったのかな。あの子だって同じように苦しそうにしていたはずだ。ていうか本当に色んなことが混在しすぎて何もわかんないんだけど。
状況から察するに実はドミナントは多分僕らにとってよくない存在で、………いやそんなことあるのか?だってあの組織にはソープも、あいつも。
「なんで、こんなことになってるわけ…」
酷い頭痛に思わずため息も漏れる。僕も僕でさっきからずっと頭痛に苛まれているのだ。なんて、頭痛は能力の都合上いつものことだからよっぽど気になるかと言われれば案外そうでもないけど。
指揮官の二人は、まるで何かを知っているかのような顔つきだった。思えば最近のお父さんはどうにも教会破壊の件をすごく気にしていたし、前にソープとの電話を代わってほしいなんて言いだしたのもこの件と何か関係があったのかもしれない。…以前急な用事が入った、なんて(少なくとも僕には)バレバレな嘘を吐いてレヴィと担当を代わったのもそのせいだったり。
あぁもう、考えれば結構いろんなところに綻びは存在したんだきっと。なんで気付けなかった?僕は仮にも副指揮官だろ、もう少しあの人の力になれることはなかったのか?ずっと守られてばかりだ、いつも。
もしかしたら、同様にシヴォルタの指揮官も何かドミナント周辺のことを嗅ぎまわっていたのかもしれない。
そうでもなきゃあの二人があんな風に一緒に調査に出るはずがないんだ、お互い自分の敵の組織の指揮官だというのに。…シヴォルタは奴らについて上から何か聞いているんだろうか。せっかくの機会だ、情報があるなら多少は提供してもらいたい。
もちろん、あのシヴォルタに…なんて超不本意だけど。ただ、こればかりは仕方がない。意を決してシヴォルタのいる方に歩を進めた。すると、友好的な方のシヴォルタ副指揮官はなんの躊躇もなく僕に声を掛けてくる。僕は敵だってのに呑気だよな、全く。
「…あれ、アルフィーネの副指揮官さん。何かお困りかな?」
「どーも。…今回のドミナントの件について知ってることがあれば情報提供をしてくれないかな。どちらの指揮官も何かに気付いていたようだったから」
「ああ、それで。…なるほど、確かに僕らの指揮官も色々と調べものをしていたようだし僕自身少し聞いた話がある…もっとも、僕が知っている情報はごくわずかなんだけれどね。それでもよかったかい?」
もちろんそれで構わない、という旨を伝えようとしたところで止めが入る。まあ、なんとなくこうなる気はしていたけど。
「ちょっとメルさん待ってよ、僕らの敵にそんな重要そうな情報渡しちゃっていい訳!?…っていうか、その話僕らにだってしたことないんじゃないの?」
「あれ?もしかして指揮官、フォルテたちには……………」
考えるような素振りを見せた後で、黙っていたのか、と彼は付け加える。非友好的な方の副指揮官は相も変わらず不機嫌そうだ。それに相反するかのように表情の柔らかい彼はそうだな、と言った後でこう続けるのだ。
「それじゃあ今からここにいる全員で状況確認、情報交換をしようか!」
結局敵に情報渡すんじゃん、なんてもう片方の副指揮官は呆れたように呟いた。