第十一楽章「pregando」〈前編〉
俺たち二組織は、シューさん…とアルフィーネの指揮官に連れられて政府本部のある場所から少し離れた広場へと来ていた。急にテンポを上げられた状況の展開に当然頭がついてこられる訳もなく、心臓は未だ早鐘を打っている。
「ねぇシュー兄さん、っこれ…どういうことだよ!ドミナントは俺たちの戦争が終わるまでオルゴールを護衛する政府の組織なんじゃ、なかったの…っ!」
「残念だが、おそらくな。…とはいえ俺たちだって何もかも把握している訳じゃない。むしろ知らないことの方が多い…、わかるだろ?」
広場に出るなり、フォルテはそう啖呵を切りながら苦しげに表情を歪めた。フォルテが睨んだ先にいるのはきっとシューさんでも誰でもなくて、…それが本当に痛かった。
「フローラさん、ベンチ…座って。あ、寝る姿勢の方が楽ですかね…?」
「あり、がとう。…このままで、いいわ……ごめんなさい、迷惑、かけてしまって」
「そんな、わたしのことなんて気にしなくていいですよ!……一旦休んでください、大丈夫ですから」
そう言ってネリネはフローラに笑顔を向ける。
多分、彼女も無理してるんだろうな。もっとも、先ほどより多少マシになったとはいえ、依然として目眩などの視界不良に苛まれているフローラにそれが伝わることはないのかもしれないけれど。
「今から俺とスタッガルドで街の状況を軽く調査してくるから…とりあえずお前らは一度ここで待機していてくれ」
「っ待ってよ、僕も行く、僕だってシヴォルタの副指揮官だ!いいでしょう?」
「いや。…悪いな、フォルテ。それは許可できない。いくら副指揮官と言ったってお前はまだ齢16の青年だ。…それに、まだこの状況じゃどこに何が仕掛けられているかすらほとんど分からない。ドミナントの目的も不明瞭すぎる」
「それは…、そうかもしれないけど」
「だから、悪いが今はここで待っていてほしい。副指揮官としてメンバーのおもりは任せるよ」
フォルテは不服ながらも納得はしたようで、シューさんの言葉に小さく頷いてみせた。
「あの、指揮官は何時頃お戻りになりますか…?」
フローラの傍につきながらネリネが問う。
「ん?あー、そうだな…まぁ状況にもよるが、かかっても二時間以内で済ませるようにするよ。体調が心配なやつもいるしな」
「了解です!…気を付けてくださいね」
少し不安げに笑顔を向けるネリネに対してシューさんはもちろん、とだけ返す。
「では行こうか、シューツェ。…メロディア、アルフィーネのことは任せたぞ」
彼がそう言うと、二人の指揮官はこの場を後にした。
「へ……え、あぁ、うん。いってらっしゃい」
そしてそこからワンテンポ遅れてむこうの組織の副指揮官が返事をこぼす。まるで先程までの話をほとんど聞いていなかったかのようなその受け答えは、普段歯切れのいい返事をする彼女にしてはすこし珍しいような気がした。
でも、こんな状況なら案外それはおかしくないのかもしれない。
というのも、自分とて先ほどからずっと言葉を呑みこんだままなのだ。
だって何も追いついてこない。混乱している、たぶん。さっきのそれは一体どういうことなのか、僕の周りで何が起きているのか。何が合っていて、何が間違っている?どれが、とか、何が、とか。そればっかりで。
「大丈夫かい、メトロ」
そんな塞ぎ込んでしまった僕を覗き込むような姿勢で声を掛けてきたのは、この組織のもう一人の副指揮官であるメルさんだった。
「メルさ、ん。…えと、はい。まあ…」
「はは、ごめんごめん。大丈夫なんて訊かれてもはいとしか言えないよね。こんな状況なんだ、混乱するのも仕方ないよ。僕だってまだ何も追いついていないんだ」
だからまずは深呼吸でもしようか、なんて言って彼はすこし困ったように眉を下げて笑みを向ける。俺は、少なからずそれに救われたんだと思う。
「そ、うですよね。深呼吸…深呼吸……。」
「そうそう。その調子だよメトロ」
メルさんだって不安はあるはずなのに、彼は混乱の類の感情をまるで見せない。思えば、彼はいつかの日の汽車爆破の際にも俺に手を差し伸べてくれたっけ。まるでヒーローだ。
「大丈夫。きっとどこかに解決の糸口がある。僕たちはチームなんだ、一緒にそれを探しに行こう。…メトロなら、僕らなら出来るよ」
メルさんは諭すかのように、やさしく、つよく、言う。
そっか、そうだ。別に俺は、…僕は一人じゃない。同じ状況に置かれている仲間がいるんだ。一人じゃないってことを思い出せれば、案外僕は強気になれた。むしろ僕だって皆を支えたいんだ。力になりたい。
…それに、僕にはきっと知らなくちゃならないことがたくさんあるはずだ。彼がそこにいる理由を分からないままで彼らと戦うなんて、僕には出来ない。
しゃんとしないと。もちろんそれは、強がるって意味じゃなくて、胸を張って、前を向くって意味で。
あの後まったく動いてくれなかった表情筋がようやくほぐれて、僕はようやく少しだけ口角を上げた。変わらず微笑んでくれているメルさんに、はい、と返事をした。