第十楽章〈後編〉
私って、いったい何だったのかな。
何もわからなかった。
あれから後のこと、ほとんど記憶になくて。
感情に記憶を全て吹きとばされてしまったみたいだった。
ただ少しだけ、知ったのは、私だけが知らなかったこと、私だけが知らなかったということ。
変わらず頭はズキズキと痛むし、思うように身体だって動かせない。
布団の中で、もぞもぞと脚を動かしてみようにもなかなかうまくいかない。
…………布団。…布団?
…ここ、どこだ?
「う、わっ!?」
唐突に全ての記憶と現実が脳内に勢いよく戻ってきて思い切り目を覚ます。そうだ、私、さっき屋上で。そして、その、あと…。
しかし軋む身体を急に起こしたせいか、そこまで思い出したところで再び激しい頭痛に苛まれる。
「目を覚ましたようだな」
おもむろに瞼を押し上げると、そこに立ってたのは海の色をした、あの人。
白い布団、天井。ここは…医務室、だろうか。私と、彼女の姿以外は見えない。
「ア、リア、さん ……?」
そう呼ぶと、腕組をした彼女はふ、と小さく息を吐いた後で言う。私はアリアであってアリアではない、と。意味が解れなくて、朦朧とする頭を傾げてみる。
「……私、まだ、よく解っていないんです。何が起きたのか、何が、起きてる、のか」
「お前はどうせ、いずれ知ることになる。今無理に知る必要はない」
「ドミナントは私が居ていい場所なんでしょうか」
目の前にいる、知らない誰かに言葉を紡ぐ。彼女の表情は変わらない。
「それはお前が決めることだ。好きにすればいいだろう」
ただ、と続ける。彼女の顔を、目を、見れない。なぜだか、見ていられない。視線が下に落ちて拾えない。
「ただ、ドミナントはお前の思うような場所ではないはずだ。
本当はもう、全て解っているのだろう?」
「っやめてくださいよ!!」
癇癪をおこした子供みたいに言葉を跳ね返す。
「ドミナントが、…みんなが、っ私をだましてたとでも、言うんですか…!」
はた、と涙が落ちる。すん、と息が鳴る。
「今まで私がしてきたことは、
正義なんかじゃなくて、
争いの根源で、
誰かを傷つける由縁のもので…、
私はただ能力を使うだけの駒であった…と?」
そう、おっしゃるんですか?
あなたも。
涙に濡れた声は、不安定な発音しかできなかった。
「全てを聞いたんだな」
「………、はい」
頷く。するととつぜん、どん、と目の前にいるあの人に片手で肩を突かれて、起こしたばかりの私の身体は再びベッドに倒れ込む。
痛いな。下は柔らかい布だけなのに、痛い。
赤い瞳が私の赤を突き刺して貫けていく。
「お前は駒だ。
優秀で、
従順で、
聡明で、
利口な、
駒だ。」
「………あなたの、名前を教えてください」
私の赤を、彼女の赤に突き刺す。頼りなく、揺れている赤。
普段は指揮棒をもつこの手が、ぎゅう、とシーツに皺を作る。落ちていく涙は、染みを作る。
「セイレーンだ」
それだけ言って出て行かれると、私は再びひとりになった。