第十楽章〈後編〉
頭が変になりそうだった。こんな、冷静ぶっても、どうやっても冷や汗だけがだらだら垂れていく。教会がまた壊された、人々が倒れていく、気分が悪い、怒り、恐怖、混乱、混乱、混乱。
僕らの目の前で、人々は次々に倒れてく。辛うじて立っている者も見受けられたが、ほとんどがうずくまり、涙を流し、何かを叫び、倒れていく。僕も、脳天を何かで貫かれたかのような痛みを覚えた。
人々が倒れていく原因は、あの屋上にいるらしいセレナさんの能力関連で間違いないのだろう。延々とぶら下がったピッチで弦の音が何かを奏でてやまない。それはまさに洗脳のようで、長く聞いていたら気をおかしくしてしまいそうだった。一般国民にのみ物理的な大打撃を与えているあたり、僕ら能力者にはある程度効かないようにセーブを掛けているのだろうか。
…もちろん、僕らだってそこそこに気分は悪いわけだけど。
何処を見ても地獄絵図、だった。
色んなことが信じられなくて、そもそも現実味がなくて、頭が時間に追いつかなくて。だって、これ、どういうこと?
「ねぇ…シュー兄さん」
やっとのことでフォルテの喉から絞り出された音はあまりにも情けなく震えていた。
彼は、表情だけで返事をする。
「どういうこと、なの」
わからない、わからない、怖い、こわい、わかんない。
でも、混乱しきった僕の気も知らないで、冷静な声は単調に短調に急に話を始めた。
「今から話す内容をよく聞いておけ、メジア派」
この声、は、ドミナント副指揮官のもの、だったかな。わからないけど、多分。
音程の悪いバイオリンは気が付いたら演奏をやめていた。周りの人々は静かになって倒れたまま動かない。
「ほら、答え合わせだ、フォルテ」
シュー兄さんは、自嘲気味に小さく笑って言う。
彼に合わせて、僕も屋上の方に視線をやる。
「あぁ、そうだ。先に言っておくが、かのオルゴールなら壊れていないので安心しろ。変わらずこちらで保管を続けている。一部たりとも破損もしていない。」
その言葉に、少なからず安堵した自分が居た。拡声器は発音を続ける。
「アルフィーネ、シヴォルタ共にメジア派能力所持者全員がこの場に見事に集まってくれて感謝する。全く、うまく動きすぎて怖いくらいだがな。
…さて、前置きもこのくらいにして本題に入らせてもらおうか。まず、そうだな…二組織による国に在る教会の破壊、暴動、全面抗争、内乱。見るに堪えないほどの醜い争いでこそあったが、こちらの思惑通りの協力、感謝する。はは…、何を言っているか解らないとでも言いたげな顔だなぁ?まあ無理もないか。
今から話すのは今後の事だ。一度しか言うつもりは無いので聞き漏らしのないように。
この政府組織本部はドミナントが占拠している。ドミナント以外の一般国民の立ち入りは許さない。今現在この本部の建物の周囲には数多くの爆発物及び危険物が多く存在している。容易に近づくのは大変危ないだろうな、命が惜しかったら言う通りにじっとしておくと良いだろう。
…事務的な連絡はその程度か。利口に話を聞く点においては評価したいところだな」
占拠したって、どういうこと。僕の知っているドミナントは、政府直属のいい人たちの組織、だったはずなのに。何かが崩れていく。なんで、どうして。疑問符と恐怖感だけが溜まっていく。
拡声器を持った彼は言葉の後に、は、と惑う僕らを嘲るような声を漏らした。
その声以外の音が、すべて遮断されてしまったかのように聞こえない。
頭がくらくらする。
「…あぁそれと。もう気付いている奴もいるかもしれないが、先ほどこちらの手によって国内最後の教会が破壊された。そろそろアルフィーネ、シヴォルタ共に支障が出始めるころだろうな。……あぁ、こいつも、か」
そういって、彼はその足元の薄桃を流し見るような仕草をする。ソープ、ちゃん…?
支障って、なんのこと。
ふいに、周りの音が唐突に耳に戻ってくる。
「フローラさん、フローラさん!大丈夫ですか、ねぇ…!」
「…う…だ、いじょうぶ。…ただ、視界がぼやけて、目眩がするだけ、だか…ら…」
「それ、大丈夫って言いませんからぁ…っ!」
そう言って目に涙を浮かべるネリネの身体は、ぐらりと倒れ込んだフローラを必死に支えていた。フローラの視線はどこかぼんやりとしていて、今すぐにでも視界を失ってしまいそうに揺らめいている。
「お兄ちゃん、わかる?ねぇ、しっかりして、お兄ちゃん…!」
ふと声のする方を見ると、憎きアルフィーネの連中もこちらと同じような状況に陥っているのが見えた。…アルフィーネも、いたんだ。そういえばさっきドミナント副指揮官がそんなようなことを言っていたかもしれない。
思考が置いてきぼりになる。何、どういうこと。支障てなんだよ。頭がぐわんぐわん揺さぶられるような感覚に襲われる。
苦し紛れに顔をあげると、両組織の指揮官同士で何かを話しているのが伺えた。
これからどうするか、だとかそんな話をしているのが聞こえた。ぼんやりとそれを眺めていると、二人が話すのをやめてシュー兄さんがこちらに声を掛ける。
「いいか、とりあえずここから移動するぞ。俺たちに着いてきてくれ」
踏み出す前に一度屋上の方をもう一度見やる。
ドミナントの面々は既に消えていた。
