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第十楽章〈後編〉



「教会を、爆破…!?」

一体、誰が。誰がそんなことをしたっていうのだろうか。
そこら中に溢れ返った民衆もどよめいている。頬を冷や汗が伝って落ちた。赤のマフラーを口元まで引っ張って、深呼吸するように息を吐く。

そこに駆けつけたばかりの僕らは酷く混乱していた。お父さん…指揮官が急に政府組織本部に向かうだなんて言いだすものだからひょっとして何か起きた、起きるのかもしれないと勘付いてはいたし、それなりの緊張感だって用意していたつもりだった。でも、それでも、動揺した。…それに、なんでか知らないけど同じ場には憎きシヴォルタの面々まで揃っていやがるし。


よく見ると、政府組織本部の屋上には事態を治めるためかドミナントと思われる奴らの姿がうかがえた。薄桃のラベンダーを揺らすあの子も、もちろん。

教会が爆破されたのは、僕らが駆けつけてから少し経った頃。
なんだなんの爆発だ、こわいよお母さん、一体何が起きた、見えない退けてくれ、教会が爆破された、おいアルフィーネは一体何を考えている、オルゴールは無事なのか、様々な怒号や悲鳴が勢いを増して耳に飛び込んでくる。

僕は再び、かつて教会だったものに目を向けてみる。この国の教会を破壊することは、僕らアルフィーネにとって存在証明であり意志表示だ。たとえ教会を破壊したのが組織外の人物であったとしても、教会が壊されたこと自体に対してアルフィーネの僕は歓喜の声をあげるのがふつうなはずだ。そうなんだけど、そう…なんだけど。

なにか、違和感を覚えたんだ。いや、それを違和感と呼ぶべきではない気もするけど、なにか、引っ掛かる何かがそこにあった。疑問符ばかりが浮かんでは消えをひたすらに繰り返す。

なんで、なんでこんな引っ掛かるんだろ。
あの教会を壊すのは、あの教会に干渉することはタブーだったから?

いや、そうじゃ、ない。

何かが何かわからなくて、わかりたくて、メロディアは混乱を振り落とした頭をフル回転させる。破壊されたのは政府本部隣接の教会。かのオルゴールが格納されているというあの教会だ。この戦争において、あの教会への政府外からの干渉はタブーとされていたし、そこだけは確実に敵対二組織間でも守っていた。ともなると教会破壊の犯人は多分、アルフィーネ勢力の誰かと考えるのが妥当だろう。
と、ここまで整理してみても何かが何なのかなんてさっぱりで。

あの教会が崩れ落ちた姿を見て僕は、僕は何かを。何かを思い出したんだ。
それが何なのかと問われるとわからないんだけど。

そんな最中にもオルゴールは、メジア様は!なんてシヴォルタの怒号がいくつも頭上を抜けていく。

いや、そうじゃなくて。オルゴールじゃ、なくて。

「な、んだ…?なにか、なにかが…」

多分、だけど。教会には何かがあった…はず、だ。
まるでそれは、確かにそこに在ったものに意図的な蓋をされたかのような。
塗りつぶされた文字のところに何が書いてあったか思い出せない、みたいな。


不自然な、記憶。


なんてぐちゃぐちゃ思考を掻きまわしていると、僕の頭上にはスピーカーを通した冷たい声がからんと響いた。
でも実は、僕はその話をろくに聞けていない。


「今から話す内容をよく聞いておけ、メジア派。」

本部の屋上、フェンスの向こうに、指揮棒を掲げた直後うずくまる親友の姿を捉えてしまったから。
その姿をみて、ずっと昔、本当に幼い頃、耳にした話を(それはまるで走馬灯のように)思い出してしまったから。

ずっと昔。どこかの教会で信心深い誰かから、聞いたんだ。
あの時の、まだ穢く素直に信仰をしていたあの時の僕が、確かに聞いたんだ。





『イヴ』


今はもう全く呼ばれることもない方の名前を呼ぶ、風変わりな男だった。

『この国に在る13の教会は、それぞれが神の力を宿すと言われている』


この国の教会が全て無くなってしまえば、どうなる?


『君や誰かのもつその素晴らしい恩恵も、かの教会に依存するものかもしれない』

それがどういうことなのか、僕はきちんと思い出した。
隣では、ヴァンが苦しそうな呻き声をあげてそのまま崩れ落ちる。

あの、指揮棒の少女と同じ表情をして、崩れる。


『もしイヴの教会が壊れてしまったらその時には、』



「その器は故障する」


何かを思い出した僕は痛いくらい冷静で、自分でも不思議なくらい。

惨状だった。
頭が、くらくらする。

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