第十楽章〈前編〉
「教会が、爆破された…?」
今、なんて。なんて言いましたか。
恐る恐る立ち上がり、教会の方を見た。見ようとした。
でも、そこにはぐしゃぐしゃと崩れ落ち、もはや原型なんて判らないような教会しかなかった。
よろめく私の肩を掴み、セレナさんがしっかりとした口調で、私に声を掛ける。
「え、…あ……?」
「ソプラノさん。大丈夫、落ち着いてください。ともかく今は、これから民衆の暴動を止める作業に入らなくてはなりません。…そのためにも、ソプラノさん。あなたの指揮が必要なんです」
「で、も私は一度に一人、しか…」
「そこに関しては心配無用だ。俺の能力でお前の力を増幅させる。そうすれば同時に複数人を指揮することだって可能なはずだ」
「………でも……私なんて、…」
そう、私の指揮では一度に一人しか操作することが出来ない。
それなのに、…そんな大層なことが私に可能なのか?急に、そんなこと。
こんな状況を前にして、私は完全に足が竦んでしまっていた。
『貴方は、優秀な指揮者なのだから』
昨日のアリアさんの言葉が反芻される。
そうだ、私ならきっと出来る。可能なんだ。できる、私ならできるよ。
ソプラノ・リシフォンなら。
「やって、みます………!」
指揮棒を構える。ツィスティアさんが頷く。
いけ、ソプラノ・リシフォン。
私ならやれる。
意識を集中して。
ツィスティアさんの能力によって自身の感覚が高められているのが分かった。
出来る、大丈夫。
大きく息を吸い込み、指揮棒を振り上げ…__
「っ、いっ…ぁあ…っぐ、あ……っ!?」
激しい頭痛、呼吸困難。
いつものような指揮の感覚を得るよりも先に、それらが私の全てに噛み付いてくる。
苦しすぎて、指揮なんて出来なかった。腕が、脳みそが、動かない。
その痛みは、酷く纏わりついて、一ミリも離れてなんてくれなくて、
いつの間にかしゃがみ込んでしまっていたらしい私を、ツィスティアさんが見下ろす。
強く、何を見据えているかなんかは読めなくて、痛く冷たい、その眼差し。
「お前も、所詮はあちら側の人間なんだな。」
吐き捨てるような言い方だった。何かを捨てたようなその声は、痛く冷たく、どこかに突き刺さって取れそうにない。
言葉を、噛み砕くことが、出来ない。
「は………っえ、ぁ……?」
苦しい。息が出来ない。酸素が頭から、手から、指先から、指揮棒から、抜けていく感じがした。でも、それはたしかに、きちんとまだ生きていた。
「安心しろ、民衆なら俺らが片付けておく。セレナータ、用意はいいか」
「……。…いつでもどうぞ」
かた、づける…………?
セレナさんの、楽器が鳴るのが聞こえた。
それに伴って民衆が段々静かになっていくのも、判った。
彼女の音だけが、絶え間なく響いている。
酷く痛む身体を奮い立たせ、立ち上がる。
でも、正直そうして見たのは酷く最低な殺風景だった。
「セ、レナさん……?」
民衆は、みんなそのまま床に倒れ込むか、死んでしまうかのように苦しそうにしていた。
「殺しはしていないので安心しろ。こいつにそんな殺傷能力はないんでな」
「あ、…のツィスティアさん、……これは」
言葉が突っかかってしまって、うまく出てこない。
音は依然響き続けている。
ツィスティアさんが、拡声器を手に持つ。声を、出す。
「今から話す内容をよく聞いておけ、メジア派。」
拡声器はスピーカーとも連動しているのか、彼の声はよく響いた。
彼女の音と共にその声が酷く響いたことだけは、確かによく覚えていた。