第十楽章〈前編〉
屋上にきてみると、結構遠くまで民衆が群がっているのが見渡せた。
ツィスティアさんによれば、この民衆はあのオルゴールを格納している教会を狙ったアルフィーネ勢力の暴動と、その暴動の予兆に気付いた(どうやらどこからか洩れた情報を知ったとかそういう感じ)らしいシヴォルタ勢力のアルフィーネ勢力に対する反乱…とでもいうべきか、そんなこんなでここまで大規模な騒ぎとなってしまったらしい。
もっとも、その政府本部に隣接されている教会は本来いかなる組織であろうと政府関係者以外が近づくことは許されない厳正な場所のため、今まではオルゴールに直接民衆が干渉するような事例はなく、そもそもそれ自体タブーとされていたわけだが…。
しかし、長引く戦争、災害なんかにとうとうしびれを切らしたアルフィーネ勢力が今このような動きを見せたという訳だ。
「ソプラノさん、大丈夫ですか?」
やけに心配するような色を見せながらセレナさんが私に声を掛ける。
「はい…。なんとか、落ち着きました。すみません、しっかりしなきゃいけない場面なのに…。ドミナントらしく、強くあらねばなりません、よね」
多少強がった発言になってしまったが、そういうとセレナさんは小さく安堵の息を漏らして頷いてくれた。
とはいえ、実際落ち着いているように見せているだけであまり心中穏やかではない。なに、危険物?爆弾?めちゃくちゃ、怖いんですけど…。
「それにしても、危険物…っていうか爆弾なんて、一体誰が仕掛けたんでしょう…?……しかも、たくさん」
「おそらく、政府の裏切者の仕業…でしょうか。結構な数を取り締まってきたつもりではいましたが、やはり完璧に取り除けてはいなかったんでしょう」
訊くと、セレナさんは酷く淡々とそう答えてくれた。こんな時でも落ち着きが乱れないなんて、本当に強い方だ。こういう人が、政府の組織であるドミナントにぴったりの人材と言えるのだろう。まぁ…たまにとんでもないことしてるけど。
それに比べたら、私なんて能力以外で役に立てる場面がほとんどないのではとさえ思う。私なんかが、この組織に居てよかったのだろうか。
「……なんて、そんなこと考えてる時点でダメダメだ、私。しっかり、ソプラノ・リシフォン…!」
そう自分に言い聞かせた所で思い出す。昨晩の、アリアさんの言葉。
『貴方は、優秀な指揮者です』
その言葉の真意は、まだまだ未熟な私には汲み取れない。そもそも真意なんてものはなく、言葉通りの意味なのかもしれないがそれすら私に推し量ることは不可能だった。
いつか、わかるかな。
爆発音がしたのは、そんなことを考えた約十三秒先の出来事だった。
「う…っ!!?」
その大きな音に思わず頭に激痛が走る。
爆発音のしたその一瞬だけ静寂を取り戻した民衆が再びどよめきだす。
なんだなんの爆発だ、こわいよお母さん、一体何が起きた、見えない退けてくれ、教会が爆破された、おいアルフィーネは一体何を考えている、オルゴールは無事なのか、様々な怒号や悲鳴が勢いを増して耳に飛び込んでくる。
え?ちょっと待って。
「教会が、爆破された…?」