第十楽章〈前編〉
「はぁ~楽しみだね~!ねっペトラは何食べる?」
「お姉ちゃんそれ昨日も訊かなかった?…僕は美味しいものならなんだっていいよ」
「そっか。そういえばそうだね。ごめんごめん」
そう言うと、お姉ちゃんはすぐにレヴィちゃんの方へと行ってしまった。よほど楽しみなんだろう。ここまで浮足立っているお姉ちゃんをみるのも中々に久しぶりな気がする。
ふと指揮官の方に目線をやる。
昨日、お兄ちゃんから言われて初めて気が付いたのだが、確かにどことなく考え込んでいるというか…お姉ちゃんとは対照的に、あまり明るくはない表情なのだ。元々感情を大きく出すタイプの人でもないんだろうが、それにしたって訳が違った。何かあるのだろうか。
「…ねぇお兄ちゃん。昨日…言ってた指揮官のことなんだけど。何か分かった?」
隣を歩いていた彼を見上げて訊いてみる。
「いや…これといったことは何も分からなかったんだ。…ただ」
「ただ?」と反芻する。
「昨日メロディアと仲の良いドミナントの子と話してたのが少しだけ聞こえたんだけど…。何か、ドミナントに関して気になることがあるような口ぶりだった。ひょっとしたらそのことかもしれない」
「…そっか。指揮官もいろいろ大変だね!」
おそらく僕らにはわからない事なんだろうな、と割り切ってしまうことにした。事実、今の僕らに判るようなことではないんだろう。
僕たちは今汽車を降りて駅から例のレストランへと向かっているところだった。
レストランは駅を降りてから少々歩いた先にある…のだが、そこで僕は何かしらの違和感に苛まれた。
「…ねぇなんか騒がしくない?」
お姉ちゃんも同様に何か異変を感じたのか、僕らに向かって言う。
「なんだろうね、僕もそう思うよ。…何かの暴動でも起きてるのかな」
「えぇーっ、そのせいでもしご飯が食べれなくなったらどうしてくれるんすか!」
「え、そこ…?」
中部地域は政府の本部があるためか、なかなか大きな暴動なんかは起きない…というか、起こしにくいはずなんだけど。それにしてはやけに騒がしく、どこかへ向かって走っていく人が多く見受けられるのだ。…たとえるなら、そう、何かの見物でもしに行くかのように。
「うーん、でもたしかに大きな事件でもあったら安全な食事は厳しいかもな……ね、お父さん。…おと、……指揮官?」
お姉ちゃんの声色が変わった。つられて僕とお兄ちゃんも指揮官の方を見る。
「ど、うしたの指揮官…?」
その表情は、まるで何か悪いことが起きたとでもいうような顔だった。
「…すまない、今日は少々行先を変更せざるを得ないな」
それはとても重々しく、…そして申し訳なさそうな声色だった。
じゃあどこに行くの、とお姉ちゃんがあくまで楽しそうな顔をして訊ねる。
「…政府組織本部だ。急ぐぞ」