第十楽章〈前編〉
けたたましくサイレンが鳴り響く。
民衆の怒号、罵声、主張、悲鳴、その他外部からの雑音は室内にいるにもかかわらず煩く、留まることを知らない。
騒ぎ立てる二つの勢力をよそに、政府内にも混乱が絶え間なく溢れ続けていた。
「どういうことだ、な…何故そこにまで民衆が迫っている!」
「おいあれ見ろ、どんどん民衆が集まっている!何が起きているんだ!」
「おいうるさいぞ静かにしろ!少しは落ち着けんのか!」
まぁ無理もないか。本来なら両組織とも干渉、接近することを許されていないはずの場所に民衆がいとも簡単に足を踏み入れようとしている訳なのだから。
混沌とした空気の中冷静を保ったままの彼、我らが副指揮官ツィスティアさんが拡声器を通して発声する。
「落ち着いて聞いてください。この政府組織本部内にも今現在全フロアに危険物が確認されています。屋上、もしくは外に早急に避難してください!」
一瞬だけしんとした空気が、突如として告げられた自分たちの置かれた状況に再びざわつき始める。
「外に出る場合、会議室前は爆弾が検知されていますので通らないようお気を付けください!」
民衆や国のことよりも自分の命が惜しい人がほとんどなのか、何人もいたはずの本部はすぐに静かになった。
「あ、の…セレナさん、私たちはどこに避難すれば…?」
目の前でへたり込む指揮棒の少女は年相応に怯えた顔で言う。
「そうですね…。私たちは民衆を落ち着けなくてはならないので…ツィスティアさん、屋上でいいですか」
「そこ以外にないだろう。全員、用意はいいか。今から俺らドミナントで民衆の誘導をする。問題が発生したのはすぐそこのオルゴールを格納していた教会。群がる民衆にスピーカーから指示を出せるのはここの屋上からだけだと考えていい。向かうぞ」
すっかり怯えきっている少女の手を取り立ち上がらせる。大丈夫ですよ、と声も掛けておく。実際、ここまで怯えられてしまうとなかなかに罪悪感が大きい。
「すみません、あの…アリア指揮官はどちらに?」
少女とは違いこちら側である黒髪の少年に小声で尋ねられる。
「そういえば…今朝、早くからお出かけになられていますね。急遽入った出張だと言っていました」
「そう、…ですか」
彼もまた、指揮官に黙ってこのようなことをするのにどこか罪悪感を覚えているのだろうか。ラルシェさんだって、良識のある人だ。そのくらい当たり前か、と思いなおす。
サイレンは依然けたたましく主張を続けている。さすがにうるさい、一定時間鳴ったら切れてしまえるように設定しておくべきだ。
少々の誤算をしてしまったな、なんて乾いた思考と楽器を手に屋上へと重たい足を進めた。