第九楽章
「第一回!シヴォルタ片付け選手権―!!司会はこの組織の副指揮官、フォルテでお送りいたします!」
おお~、と三人揃って雑な相槌を打つ。
「………って、何言わせんだよ、ちょっと」
「…だってフォルテ、じゃんけん負けたでしょう?」
「こういうことには盛り上げ役が必要ですしっ!ね、センパイ!」
ネリネの声に、はは…と苦笑いで返す。
「まったくもう…。という訳で、今日指揮官から課せられている事柄は拠点の片付け!最近だいぶ散らかっているしね。シュー兄さんからは美味しいレストランの食券を貰ってる。夕飯はこれで食べて、とのこと。ただこのレストランは中部にあるんだ、そういう訳なのでなるべくお昼過ぎには拠点を出れるようにちゃっちゃと片付ける!」
「えっその食券、こないだ雑誌で取り上げられてた超有名な所じゃないですか!?うわ~、頑張りますね!」
ネリネは食券を見て目をきらきらと輝かせている。俺も美味しいものは好きだし、頑張ろうっと。
「…私、キッチン周りを片付けるわ。かすてらの整理がしたいの」
「じゃあわたしは娯楽室を!最近私物増やしちゃってましたし…」
「あ、じゃあメトロ。僕らで資料室片付けない?資料室はめちゃくちゃ汚いみたいだから二人で、って言われてるんだ」
「そういうことなら手伝うよ、任せて」
助かるよ、とフォルテはいう。資料室…確かにシューさん、散らかすことが多すぎてよくフォルテに怒られてたな。
フォルテの口ぶりからすると、おそらくまたしばらく片付けてないのだろう。
俺は、雑巾と小さめの箒を持って資料室へと向かった。
「えっと…、思ったより汚いね」
「本当酷いよね……。少しくらい自分で片付けてもらいたいんだけど」
まぁ、資料室の状態は言うまでもなく…という有様だった。
「とりあえず俺、そこの机の上片付けるね。プリントでごたついてるし」
「じゃあ僕は床に散乱した書物を片付ける。終わったら本棚やろうか」
そうしよう、という同意の意味で頷く。
…しかし、本当に汚いな。虫なんかがでてきたらちょっと嫌だな…。机の上には乱雑に積み上げられたプリントに、いつかの新聞の切り抜きやそれらをスクラップしたノートなんかが見受けられた。
「とりあえず大体似たような内容のプリントでまとめてみるか…」
軽く目を通して、なんとなくの判断ではあるが似たような内容の資料をまとめていく。淡々と、なるべく手早く。ここに並べられた資料は主に、シヴォルタという組織ができるよりも前…アルフィーネが出来たころ、つまり反メジア派が増えてきた頃に起きた事件や災害について記されたものだった。
以前ほんの一瞬だけ局部的に流行った疫病やそれによる死者数、不自然に発生した災害の規模、残虐で理不尽な事件。様々なことが事細かに記されている。本当に急だった。まるで突然、長い間ぴんと張られていたピアノ線がぷっつり切られてしまったかのようだった。それも、非常に不自然に、酷くわざとらしく。
と、そこで何やら気になる記事を見つけた。新聞の本当に一角の小さなコーナー…読者投稿の社説のような欄の切り抜きか何かだろうか。
『メジア神の才、マイナ神と同じくして生まれしもの。その全ての譜面が尽きし頃、片翼は全てを響かせるだろう』
「マイナ、神……?」
聞いたことのない名前だった。メジア神以外にもこの国で祀られた神がいた…ということなんだろうか。
「ちょっとメトロ、集中する方向間違えてない?」
うっかりその切り抜きをじっくり眺めてしばらく経っていたらしい。フォルテの声で我に返る。
「あ、うん…ごめん。ねぇフォルテ、マイナ…って名前、聞いたことある?」
フォルテは「マイナ…」と言葉を反芻する。
「いや?少なくとも僕の知り合いにはそんな名前居ないよ。この国じゃなかなか見ない名前だと思うけど」
「……やっぱそうだよね、ごめん。じゃあ…さ、この記事、読んだことってある?」
なんとなく突っかかったこの情報を誰かに共有したい気持ちに駆られ、フォルテにその記事を見せる。
「……マイナ、ってこの文にあるやつのことか。メジア神様以外の名前なんて聞いたことないね。………てか、その全ての譜面が尽きし頃…って何?」
「はは、だよね…」
やはり、聞きなじみなんて無い名前だった。この国では人名にも全く聞かない名前。
それなのに、なんでかいやに引っ掛かる気がした。
「知らない、…んだけどなぁ」
この国にメジア神以外の神が存在することに違和感があるから、だろうか。きっとそうなんだろうな、ということにした。
「あ、フォルテ、机の上片付いたからそっち手伝うよ」
「じゃあ本棚やろうか。さー、美味しいご飯のためにももう一踏ん張りだよメトロ!」
とりあえず目先のことに集中するためにも、どこかに感じたわだかまりは思い出すまで放っておくことにした。